181、アンジェリーヌとの和解?
リオネルとリディを二人きりにして遠くの席に腰掛けた私たちは、不満たらたらなアンジェリーヌと向き合っていた。
話があるって言った手前、何か言わないとだよね。
「話ってなんなのよ! ――レーナ様、私の邪魔をなさりたいのですか? リオネル様を狙っているのは知っていますけど、こういうやり方は褒められたものじゃないと思いますわ」
顔を怒りに染めながら、アンジェリーヌは私を睨みつける。別にリオネルが取られちゃうからって、邪魔してるわけじゃないんだけど……
「アンジェリーヌはリオネルの婚約者となりたいのよね?」
日頃から目の敵にされるのが面倒になってたし、どうせならここではっきりさせておこうと思って問いかけると、アンジェリーヌは怒っているからか素直に認めた。
「そうですわ。身分も容姿も性格も頭も良いとなれば、婚約者になりたいと願うのは当然でしょう? たとえレーナ様にダメだと言われても引かないですよ!」
「いや、別にダメだとは言わないわ」
今回はさすがにリオネルに申し訳ないことをしたから、結果的にアンジェリーヌの邪魔をする形になっちゃったけど、別に私は絶対にリオネルとリディをくっつけようなんて思ってない。
過激すぎなければ恋愛は自由だと思うし、アンジェリーヌのアプローチを止めようとも思っていない。
「そ、そうですの……?」
アンジェリーヌは私がダメと言わないのがかなり意外だったようで、瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「ええ。ただ一つだけ言いたいのは……自分が選ばれるために他人を落とそうとするのは、高位貴族の令嬢として相応しくないということね」
そう伝えるとアンジェリーヌは自分の行いを客観視はできているようで、居心地悪そうに視線を下げた。
「それは、その……」
「なんで私に対して当たりが強いの?」
もうストレートに聞いちゃえと質問すると、アンジェリーヌは躊躇いながらも口を開く。
「わ、私が勝てているところがないと思うと、つい厳しい物言いが……」
「それは侯爵家の子女として大きな問題ね」
「そ、そんなの分かってますわ……!」
悔しそうに涙目で叫ぶアンジェリーヌを見ていると、なんだか毒気が抜かれてしまった。
「ではこれからはメロディを手本にすると良いわ。とても可愛くて、その方がリオネルにも高評価でしょう」
リオネルに高評価という言葉を聞き、アンジェリーヌはガバッと顔を上げた。
「そうなのですか……?」
「ええ、リオネルは積極的すぎる子はあまり好きじゃなさそうだもの。アンジェリーヌの言動は、自分で自分の首を絞めているわね。たまに嫌われるためにやってるのかとも思ったほどよ」
その言葉を聞いて、アンジェリーヌは愕然とした表情で固まった。
今までの言動が本当にリオネルの婚約者になりたいという気持ちからだと考えると、不器用にもほどがあるね……アンジェリーヌ、見た目は完全に貴族家子女だけど、実は貴族に向いてないんじゃないのかな。
「それから一つ誤解があるみたいだから言っておくけど、私はリオネルの婚約者の座を狙っていないわ。リオネルはもう兄妹だもの」
さらに追加した情報に、アンジェリーヌは頭でも痛くなったのかこめかみ辺りに手を当てて目を閉じてしまう。
アンジェリーヌはそこで動かなくなったのでメロディとオレリアに視線を向けると、メロディはとても綺麗だけど底が知れない笑みをアンジェリーヌに向けていて、オレリアはかなり突っ込んだ話題におろおろと戸惑っている様子だ。
そんな中でアンジェリーヌがゆっくりと瞳を開くと、ポツリと小さな声で告げた。
「リオネル様は、私のことを……」
「迷惑だと思っているのではないかしら」
思わず今までの鬱憤もありはっきり伝えてしまうと、アンジェリーヌはキッと鋭い視線を向けていたけど、すぐにそれは弱々しくなり、次第に涙が浮かんできた。
そして一言。
「もう、学院に行きたくありませんわ……」
そう呟くアンジェリーヌに、メロディはニコニコと綺麗な笑みを浮かべながら告げる。
「ではお屋敷にこもっていればよろしいかと。無理は良くありませんわ。自らの心の声を大切にしなくては」
アンジェリーヌを気遣っているような言葉だけど、もう学院に来なくていいという副音声が聞こえる気がする。
メロディって顔に出ないからよく分からないけど、かなり怒ってたんだね。
「うぅ……っ」
メロディの言葉の意味を読み取ったらしいアンジェリーヌは、呻き声か泣き声か分からない声を発すると顔を俯かせて額を机に載せた。
そんなアンジェリーヌを見ていると、私は少しだけ同情心が芽生えてしまう。
今まで面倒な絡まれ方は何度もしたけど、別に実害があったわけでもないからね……
「――アンジェリーヌ、学院生活は始まったばかりなのだから、これから挽回すれば良いと思うわ。確かに私たちは貴族で家のことを考える必要があるけれど、もっと素直に学院を楽しめば良いのよ。婚約者なんてまだ早いわ」
私が日頃から本心で思ってることを伝えると、アンジェリーヌは困惑の表情を浮かべながら顔を上げた。
「……学院は家のために通う場所ですわ」
「自分のためでもあるでしょう? 知識を得たり、友達を作ったり」
「友達……」
それからアンジェリーヌは無言で机と見つめあっていたけど、しばらくしてゆっくりと顔を上げると、私からチラチラと視線を逸らしながら口を開いた。
「ちゅ、忠告してくださり、感謝申し上げますわ……」
「お役に立てたなら良かったわ」
アンジェリーヌの言葉に当たり障りなくそう返すと、アンジェリーヌは一気に顔を赤くして席から勢いよく立ち上がる。
「べっ、別に、レーナ様の言葉を鵜呑みにするわけではありませんから!」
そう叫んだアンジェリーヌはまだ混乱しているのか、この場の居心地が悪くなったのか、最後に一言だけ叫んでお店を出て行く。
「きゅ、急用を思い出しましたので、失礼しますわ!」
そんなアンジェリーヌを見送った私たち三人は、ほぼ同時に深く息を吐き出した。
「とりあえず、丸く収まったかしら」
私のその言葉に、メロディが少し不満げに口を開いた。
「レーナ様はお優しすぎます。もっと追い詰められましたのに」
「わ、私はこれで良かったと思います……緊張しました」
「追い詰めすぎて恨まれても面倒でしょ?」
メロディに対して苦笑しつつそう告げると、確かにとメロディは頷いてくれて、オレリアは何度も同意するように首を縦に振ってくれた。
そうして思わぬ騒動が終わったところで、何気なくリオネルたちの方に視線を向けると……二人は楽しそうに話をしているようだった。
それを見て私は達成感を覚え、自然と頬が緩んだ。