180、恋を応援!大作戦
最初にアンジェリーヌが私たちに気づき、それによってこちらに背中を向けていたリオネルが振り返った。
「っっ」
リオネルはリディに気づくと、瞳を見開きながら息を呑む。そしてあまり見たことがないほど、焦って顔色を悪くした。
好きな人に他の女性とのデートを見られたら、そうなるよね……リオネル、本当にごめん。
「あら、レーナ様たちもこのお店にいらしたのですね。私たちのデート! のお邪魔はなさらないよう、お願いいたしますわ〜」
空気の読めないアンジェリーヌが、おほほほと楽しそうにそんな言葉を口にした。リオネルはデートと言われてしまったことで、より顔色を悪くする。
そこでリディが動く。
「リオネル様、ご歓談のお邪魔をしてしまい大変申し訳ございません。レーナお嬢様、私たちは遠くのお席にいたしませんか?」
そう言ったリディにリオネルが悲しげな表情を浮かべたのを見て、私の心がキュッと痛くなった。
自分のことじゃないけど切なすぎる……!
ここはリディを連れてきた私が責任持って、この場をリオネルにとって良い方向に収めるべきだよね。幸運なことに私は公爵家子女なのだから、私のわがままが通らない場面はほとんどない。
「そ、そういえば私、アンジェリーヌにお話があるの。メロディとオレリアも交えて、四人で食事でもと思っていたところだったから、ちょうど良いわ。リディ、少しの間だけ護衛も兼ねてリオネルの相手をしていてくれないかしら? メロディ、オレリア、それがいいわよね?」
リオネルの表情とかから色々と察してほしい……!
そんな気持ちを込めて二人に視線を向けると、オレリアは頭にハテナが浮かんでいる様子だったけど、優秀なメロディは全てを理解してくれたのか笑みを浮かべて口を開いた。
「そうでしたわ。アンジェリーヌ様、少しお付き合いくださいませ。レーナ様からのご要望ですもの、まさかお断りはしませんわよね?」
「なっ、私はリオネル様と……!」
「リオネル様、少しアンジェリーヌ様をお借りしてもよろしいでしょうか?」
アンジェリーヌの反論は華麗にスルーしたメロディに、可愛らしい笑みで問いかけられたリオネルは、瞳をぱちぱちと瞬かせながら頷いた。
「あ、ああ、もちろん構わないよ」
そうしてメロディがアンジェリーヌを連れて行ってくれたところで、私はリオネルに耳打ちする。
「頑張って誤解を解いてね」
その言葉を聞いたリオネルは、色々と理解したのか頬を緩め、僅かに苦笑を浮かべた。
「レーナは結構無茶するな……でもありがとう。せっかくの機会だから頑張るよ」
リオネルから返ってきた言葉にグッと小さくガッツポーズを送り、私はオレリアと一緒にメロディとアンジェリーヌを追いかけた。
さて、なんのプランもなしにアンジェリーヌを連れてきちゃったけど、どうしようかな。
♢
「リ、リディ、席をどうぞ」
「……ありがとうございます。失礼いたします」
少し緊張している様子でリオネルが勧めた向かいの椅子に、リディは躊躇いながらも腰掛けた。リディは急展開に事態が把握できていないのか、困惑の表情だ。
「突然私と同席してもらうことになってごめんね」
「いえ、大変光栄です」
そう答えたリディの言葉から、少しの間だけ沈黙が場を支配する。
公爵家子息であるリオネルがこのような間を作り出すことは普通ならあり得ず、あまり顔に出ていなくともリオネルが緊張していることの表れだ。
「そ、そうだ、何か頼むかな? メニューを」
「ありがとうございます」
メニューを見ながら僅かに頬を緩ませたリディに、リオネルは自分の顔が熱くなるのを感じながら問いかけた。
「リディは、甘いものが好きなの……?」
「そうですね、好んでいます。ただ太らないよう、食べた後はいつも以上に鍛錬をしなければいけないのですが」
そう言って苦笑を浮かべたリディは、ハッと表情を引き締めた。
「申し訳ございません。このような場所だからか、つい気を抜いてしまい……」
「き、気にしないでくれ。その、今は仕事中じゃないのだから、自然体で話してくれて良いよ」
自然体なリディの姿が見られなくなるのは惜しくてリオネルが慌ててそう伝えると、リディは少しだけ悩んでから口元を綻ばせた。
「かしこまりました。ありがとうございます」
それからリディがスイーツとお茶を注文し、リオネルはすでに注文していたお茶に口を付け、二人の間にくすぐったい空気が流れる。
その主な原因は、緊張と喜びが隠せないリオネルの態度だ。
リディは仕えるべき主人であるリオネルのいつもと違う様子に、少し困惑して居心地が悪そうに体を動かした。
そんなリディの様子に気づき、リオネルが慌てて口を開く。
「そういえば、リディはなぜレーナたちと?」
「先ほどリゾット専門店で偶然お会いし、レーナお嬢様にお茶に誘っていただいたのです」
「そうだったんだ……リディはリゾットが好きなの?」
「リゾットというよりも、さまざまな飲食店を巡るのが好きですね。同じような料理でもお店ごとに味付けが違い、比べるのも楽しいです」
そう言って語るリディの表情は柔らかく緩んでいて、そんなリディにリオネルはドキドキしっぱなしだ。
そして意を決して、レーナが作り出したこの時間の一番の目的を達するため、ゆっくりと口を開く。
「私はこうして外食をする機会はほとんどないから、今度おすすめのお店を教えてもらえたら嬉しいな。……今日はたまたま父上に頼まれ、アンジェリーヌ嬢のエスコートをしていただけだったんだ」
一息に告げてからリオネルがチラッとリディの様子を窺うと、リディは全く気にしてないようにさらっとその言葉を流した。
「そうだったのですね」
リオネルは自分が全く意識されてないと改めて認識し悲しくなったが、まだまだこれからだと気合を入れる。
「わ、私は他に好きな人がいて……アンジェリーヌ嬢のエスコートのように、別の令嬢と食事を共にするのは、やはり誤解されてしまうだろうか」
思い切って好きな人がいると伝えたリオネルだったが、リディは動揺することなく顎に手を当てた。
「そうですね……アンジェリーヌ様とリオネル様はとてもお似合いだと思いましたので、もしかしたら誤解を生む可能性もあるかもしれません。ただリオネル様はとても素敵なお方です。お相手に誠実に伝えれば問題はないと思いますよ」
そう言って微笑んだリディの表情は、子供の微笑ましい恋愛を見守るようなものだ。それにリオネルは悔しくなり、固く決意した。
――早く成長してリディの背を超え、恋愛対象として意識してもらえるようになろう。
「アドバイスをありがとう。では私が相手に釣り合うようになった時には、誠実に気持ちを伝えることにする」
そう宣言したリオネルはかなり大人びた表情を浮かべていて、リディは僅かに瞳を見開いた。
「……それが良いと思います」
それからはリディのスイーツが運ばれてきて、リオネルもお茶を追加で注文し、二人はまだぎこちなさはありながらも、穏やかに雑談を楽しんだ。