179、リゾットと思わぬ出会い
リューカ車に乗ってしばらく進むと、最近の流行りというのが一目で分かる、新築特有の綺麗さがまだ残るお店が見えてきた。
新規客も入りやすいようになのかテラス席も設置されていて、外からでも中の様子が分かる開放的なレストランだ。
「とても良い香りね」
リューカ車から降りてすぐに、お腹が鳴りそうになる良い匂いが漂ってきた。
「本当ですね。楽しみですわ」
「たくさんの種類があるみたいですよ」
三人で店内に入り、一応護衛のしやすさも考えて中の席を選んだ。お店の中ほどにある壁際の席だ。
「いらっしゃいませ。こちらメニューでございます。決まりましたらお呼びください」
「はい。ありがとう」
皆でメニューに目を向けて、その豊富さに瞳を輝かせた。
リゾットだけで十種類以上ある……!
中心となる味付けがいくつかあり、その中で具材の違いがあるみたいだ。ミリテがベースとなったトマト味のリゾットや、ミルクで煮込んだリゾット、その他にも香辛料をたくさん組み合わせたもの、野菜の旨みを楽しむ塩味のものなど多種多様だ。
「私はミリテのリゾットで、ハルーツの胸肉と旬の野菜にしようかしら」
「美味しそうですわ。では私は……ミルクリゾットでロームとハーブのリゾットにいたします」
メロディが選んだのは、白身魚のハーブミルクリゾットだ。どんな味なのか想像できないけど、ミルクと白身魚とハーブが合わないわけないよね。
「私はこちらのリートのレッドリゾットにします」
おおっ、オレリアはチャレンジャーだね。リートは猪みたいな動物で、いわゆるジビエだ。そしてレッドっていうのは、辛い料理によく付けられている言葉。
「オレリアは辛いものが食べられるの?」
メロディの問いかけに、オレリアは楽しそうに口角を上げながら頷いた。
「実は結構好きなんです」
「まあ、そうなのね。レーナ様はどうですか?」
「私は……あまり辛いものって試したことがないわ」
「では私のリゾットを少しお分けしましょうか?」
「良いの? では少しいただくわ。私のリゾットも少し分けるわね。もちろんメロディにも」
そうして皆でお互いのリゾットも食べてみる約束をしながら楽しく待っていると、店員さんが料理を運んできてくれた。
「お待たせいたしました」
お皿に盛られたリゾットは、熱々のようで湯気を発している。
「美味しそうね……!」
ラスタの料理となると、ついついテンションが上がってしまう。やっぱり日本人の部分が抜けないよね。
スプーンで少し掬って、熱いのでふーふーと冷やしてから口に運ぶと、口の中に芳醇なミリテの美味しさがまず広がった。その後に塩味や旨味、ラスタの甘み、そしてハルーツの胸肉の美味しさも広がってくる。
「幸せ……」
心から溢れ出たその言葉に、メロディとオレリアも頬を緩めながら頷いてくれた。
「美味しいですわ。私はあまりリゾットを食べてこなかったのですけれど、これからは好きなものになりそうです」
「私もです……!」
それから二人のリゾットも一口ずつもらい私も二人にリゾットを分けて、そうしてまた違う美味しさを堪能して、心も体も温まる夕食となった。
「このお店はまた来たいわ」
「ではまたお出かけしませんか?」
可愛らしく小首を傾げるメロディの問いかけに頷いていると、ふと視界の端に気になる人影が映った。食事を終えたのか、カウンターの席から立ち上がった人物だ。
なんとなく気になってそちらに視線を向けると……バチっと視線が絡まり合う。
「あっ、リディ?」
そこにいたのはリディ・ラルエットだった。オードラン公爵家の兵士で、リオネルの想い人だ。
「レーナお嬢様、ご滞在に気付かず申し訳ございません」
リディは私たちに気づくと一瞬だけ驚いたように瞳を見開き、すぐにテーブルまで来てくれた。服装は私服なので今日は非番みたいだ。
「いえ、結構賑やかなお店だもの、仕方がないわ。それに今日は非番なのでしょう?」
「寛大なお言葉、感謝いたします」
真面目なリディは非番なのにビシッとしたいつもの態度で、思わず苦笑が漏れてしまう。
リオネルの想い人だし仲良くなりたいなとは思ってたんだけど、今までほとんど接する機会もなかったんだよね。たまに声を掛けても、非番でもこの調子のリディは私と雑談なんてしてくれないし。
「あっ」
「どうかなさいましたか?」
良いことを思いついて、思わず声が漏れてしまった。
「リディ、この後予定はある? 正直に答えて良いわ」
「いえ、特にはございませんが……どこかのカフェにでも行き、甘いものを食べようかと思っていたぐらいです」
「そうなのね! ではそのカフェ、私たちと一緒に行くのはどうかしら? 私、リディと仲良くなりたかったの」
リディと仲を深めるなら仕事中じゃない今が最大のチャンスと提案すると、リディは少し困惑している様子だ。
「私がお嬢様と同席するのは、身の丈に合わぬ栄誉ですので……」
「そんなことないわ。だってリディは伯爵家出身でしょう? もちろんリディがそう言われても気後れしてしまうならば、強制はしないけれど……」
それからリディは少し悩み、まだ躊躇いながらも頷いてくれた。
「では、同席させていただきます」
「本当! ありがとう……!」
ちょっと無理矢理感も否めなくてリディには申し訳ないけど、せっかくのこの機会は活用させてもらおう。リディがリオネルのことをどう思っているのか聞きたかったのだ。
「メロディ、オレリア、二人はリディの同席は良いかしら」
「もちろんです。うちも伯爵家ですから、断る理由はございません。リディ様、私はメロディ・グーベルタンと申します。よろしくお願いいたします」
「わ、私はオレリア・ミュッセです。子爵家なのですが……よろしくお願いいたします」
二人の挨拶に、リディは貴族子女らしい柔らかい礼と笑みを浮かべた。
「リディ・ラルエットです。よろしくお願いいたします。オードラン公爵家にて兵士をしております」
リディっていつもはカッコよくて美人だけど、こうして笑うと可愛いんだね……これはリオネルがこのリディを見たら、また惚れ直しそうだ。
「ではさっそく移動しましょう。リディ、今日はオードラン公爵家の兵士ではなく、伯爵家子女のリディ・ラルエットとして話してほしいわ」
椅子から立ち上がりながらそう伝えると、リディは少しだけ躊躇ってから、また柔らかい笑みを浮かべて頷いてくれた。
「かしこまりました」
リディも含めた四人でリューカ車に乗り、最近人気だというお洒落なカフェに向かう。日本で言うケーキと似たようなスイーツであるメーリクの、豪華で可愛いバージョンがあるのだそうだ。
リディとどんな話をしようかとわくわくしながら店内に入って、店員さんに案内されながら店の奥に向かうと――そこに見知った顔が二つあった。
「なんでここに……」
リオネルとアンジェリーヌだ。
まさかこんな時間までデートが続いてたなんて。それも二人が行く予定のお店はここじゃなかったはずだから、途中で移動したのだろう。
なんて運が悪い。そう思いながらリディの顔をちらっと見上げると、バッチリと二人を視界に収めていた。