175、ちゃっかりダスティンさん
カディオ団長はシュゼットの抗議を華麗にスルーして、笑顔で口を開いた。
「レーナ、次は実戦で魔法を使う訓練を行う。いくつか訓練方法があるのだが、今日はいちばん基礎的な訓練だ。今騎士たちが準備している的を魔物に見立て、三人一組で連携を確認する」
そう言って団長が視線を向けた先を見てみると、藁のような植物を乾燥させ固めたものが、幾つも設置されているようだ。
パッと見の感想としては……大きな米俵かな。ただ米俵よりも背が高くて、私の背丈くらいは余裕である。
「レーナには二人の剣士が前衛を務める組で、後衛に魔法師として入って欲しい」
「分かったわ。剣士の方は……」
「私とシュゼットだ」
団長のその言葉に、シュゼットはニッと楽しげに口角を上げた。
「レーナと連携して戦えるなんて楽しみだ」
「私も二人と一緒なら心強いわ」
それから二人に誘導されて一つの的の前に向かうと、団長が訓練場全体に声を響かせるようにした。
「始めっ!」
「はっ!」
――ルーちゃん、あの的に壊さない程度の風の刃をぶつけて! 周りには影響がないようにね!
始まったらまずは魔法での先制攻撃だと聞いていたので、ルーちゃんに頼んで二人には絶対に当たらないよう配慮して魔法を放った。
すると植物がギュッと強く固められていた的は、中程まで深く切り裂かれる。やっぱり攻撃魔法は、思ってたより強くなるかも。
私とルーちゃんによる魔法が的を切り裂いてすぐに、シュゼットが剣で敵の胴体を軽く切り裂くようにしながら向こう側へ走り抜け、そこに団長が強く剣を振り下ろした。
これは型の練習という側面もあるらしく、魔物の攻撃想定は決まっているそうだ。
「レーナ!」
団長の攻撃で少し動きを止めた魔物にとどめを刺す役は私で、気合を入れてルーちゃんに呼びかけた。
――ルーちゃん、あの的に石弾を飛ばして! 後ろに通り抜けないようにね!
そのお願いを聞いてルーちゃんは楽しそうに私の周りを飛び回ると、両手で抱えるぐらいの大きな石弾を的にぶつけた。
確かに後ろに通り抜けてはいないけど……的を完全に潰してるよ。
「ごめん。大きさの指定を忘れていたわ」
団長とシュゼットに謝ると、実戦練習は初めてだから仕方がないと笑顔で言ってくれた。
優しくてありがたいけど、次の時にはちゃんとミスをしないように頑張ろう。
攻撃魔法の時には大きさと強さは絶対に指定する。そう自分に言い聞かせた。
それからも何回か同じような連携を行い、魔法の訓練が終わりとなったところで、私は訓練場を後にすることになった。
騎士さんたち全員に挨拶をして、最後に団長とシュゼットの下に向かう。ダスティンさんは少し離れたところで待機してくれている。
「団長、シュゼット、今日は本当にありがとう」
「こちらこそありがとな。団員たちへの良い刺激になった」
「凄く楽しかったな。早くレーナとゲートへの遠征に行きたい」
「そうだな、早めに上へと話を通しておこう。……最近はゲートの出現が前よりも多くなってきているから、近いうちにレーナに出動してもらう時が来るかもしれない」
そう言った団長は、真剣な表情だ。
ゲートの出現回数が多いって大丈夫なのかな……魔物が現れるゲートは私たちにとってかなりの脅威だから心配になる。
そう不安に思っていたら、シュゼットが明るい笑顔で私の肩を軽く叩いた。
「少し多い時は昔からあるから大丈夫だ。それよりもレーナ、ゲートに行くにはノークに乗れないとだぞ?」
「そうなのね。それでは練習しないといけないわ」
最初にスラム街でノークを見た時からずっと気になっていたけど、ついにここまで近くで見る機会がなかったんだよね。ノークに乗れるんだ……かなり楽しみかも。
「今度はノークに乗る練習もしよう」
「ええ、よろしくね」
そこで会話が終わり、また次回と最後の挨拶をしようとしたところで、ダスティンさんが口を開いた。
「そうだ、カディオ団長。レーナのゲート遠征には、私も魔法検証の責任者として同行するからそのつもりでいてくれ」
「で、殿下も来られるのですか!?」
「ああ、私は自分の身は守れるし、ノークにも乗れるので気にする必要はない」
カディオ団長はダスティンさんが来るということにかなり驚いてるみたいだけど、ダスティンさんの中で同行は決定しているらしい。
……魔法検証の責任者としてなんて言ってるけど、多分お目当ては魔物素材だよね。
そっとダスティンさんの表情を見上げると、表情はほとんど変わってないけど、どこか楽しそうな雰囲気を感じ取れた。
「……ダスティン様、実戦ではあまり検証はできないと思いますが」
多分王族であるダスティンさんが同行するとなると、カディオ団長の心労が増すんだろうなと思ってそう言ってみたけど、ダスティンさんにはすぐ首を横に振られてしまった。
「いや、実戦だからこその精霊の動きがあるだろう。私はそれをしっかりと見届けよう」
「……そうですか。ではよろしくお願いいたします」
カディオ団長、ごめんなさい。
心の中でそう謝りつつ、ダスティンさんがいてくれた方が心強いのは確かだし、魔道具研究のことになると頑固なことはよく分かっているので、早々に説得は諦めた。
カディオ団長とシュゼットに視線を戻すと、団長はどこか遠い目をしている。
「では二人とも、これからもよろしくね」
「ああ、また魔法研究院と魔法の訓練でな!」
「……ゲートへの遠征のことは任せてほしい。決まり次第に連絡しよう」
今度カディオ団長の好きなものでもたくさん差し入れようと心の中で決めて、初回の攻撃魔法の訓練は終わりとなった。