書籍発売記念SS サプライズ大作戦 前編
※レーナがまだスラム街にいる時のお話です。
「レーナ、行くよー!」
「まだ食べてるのか?」
今はちょうどお昼時で、私は畑仕事から帰ってきて、お昼ご飯用に焼いておいた焼きポーツを食べているところだ。
午後はエミリーとフィルと三人で森に採取に行く約束をしていたけど、二人はもう準備が終わったらしい。
今日はお兄ちゃんとハイノは仕事が忙しいらしいので、採取に行くのは三人だけだ。
「もうちょっと待ってー!」
返事をしてまだ半分ほど残っていたポーツを口の中に詰め込んでから、籠など必要なものを急いで準備して、二人の下に駆けて向かった。
「ごめん、待たせて」
「大丈夫だよ。じゃあ行こっか」
「俺が先導するぜ!」
年上二人がいなくて妙に張り切っているフィルがずんずんと歩き出したので、私とエミリーはそんなフィルの様子に顔を見合わせて笑い合いつつ、フィルの背中を追った。
「そういえばハイノのやつ、仕事で重要な役目を任せてもらえるようになったんだってな。この前言ってたぞ」
森まで半分ほどを歩いたところで、フィルが私たちを振り返ってそんなことを言った。
「そうなんだ。知らなかった」
「重要な役目だなんて凄いね。……二人とも、ちょっと来て」
フィルの話を聞いて何かを思いついたのか、エミリーが私たちを呼んだので、立ち止まって三人で顔を近づける。
「どうしたんだ?」
「いいこと思いついちゃったの。今日は珍しく三人だけで採取だし、ハイノにお祝いで何かをプレゼントするのはどう? 例えば……果物でカミュとか」
「おおっ、それいいな!」
フィルは一瞬にして楽しそうに顔を明るくした。私も反対意見はないので、もちろん頷く。
「カミュ、見つかるかな」
「今の時期なら探せばあると思うんだよね。一房全部あげたら喜ぶと思わない?」
「絶対喜ぶな! よしっ、全力で探すぞっ」
拳を握りしめてやる気満々なフィルに釣られて、私とエミリーも瞳に力を宿して頷いた。
それから少しでも探す時間を確保するために足早に森へ向かい、いつもの採取ルートに入った。
「フィル、カミュじゃなくて他のものも見落とさないでよ?」
先頭を歩くフィルの速度は明らかにカミュのみを探している速度だったので声をかけると、「おうっ」と返事はあるもののスピードは変わらない。
フィル、よっぽど楽しんでるね。
いつもはちょっと面倒な感じのフィルが無邪気に楽しんでるところを見ると、なんだかんだ可愛いと思ってしまう。やっぱり子供って可愛いよね……私もその子供なんだけどさ。
「あっ、糸になる植物があったよ。フィル、ちょっと待って」
エミリーが立ち止まったところで、フィルもやっと歩みを止めた。
そうしていつも通りの採取をしつつ、カミュを探すためにいつもより少し早いペースで森の奥へと向かっていると――私たちはついにカミュを発見した。
しかし手の届かない高い場所に生っていて、さらには少しだけ谷のようになっている斜面の近くだ。いつもなら絶対に採らない場所だけど、フィルは諦めきれないのかじっとカミュを見上げている。
「フィル、あれは危ないからやめた方が良いよ」
「レーナの言う通りだよ。木に登るにしても、まだ若い木みたいだから枝がしっかりしてないと思うし」
私とエミリーで危険だと訴えるけど、フィルはやっぱり諦められないらしい。
「分かってるけど……他にカミュはなさそうだろ?」
「そうだけど、他のプレゼントでも良いんじゃない?」
「いや、ハイノはカミュが好きだから、絶対それが一番喜ぶ」
フィルって思ってた以上に仲間思いというか、ハイノが好きなんだね。ここまで言われると、反対するのにも罪悪感が湧いてくる。
「あそこから登って、隣の木に移ればいけるかもしれない」
しばらく悩んだ末にフィルが指差しながら示したルートは、確かに私たちぐらいの体格ならいけるかもしれないというものだった。
「危なそうだったら、すぐに引き返してね……?」
不安げな表情でエミリーが伝えると、フィルは自信ありげな笑みを浮かべながら頷いた。
そして躊躇いなく、木に足をかける。
ハラハラしながら無意識に両手をギュッと握りしめ、フィルの動きをじっと見つめていると、フィルは順調に木を登っていき予定通り隣の木に移った。
そしてさらに上を目指し、カミュに手が届いたところで慎重に採取をする。
無事に採取できてフィルが背負っている籠にカミュを入れたところで、私が少し安心してほっと息を吐くと――
――その瞬間に、フィルの体が突然傾いた。
それと同時にバリバリッという枝が裂けて折れる音、フィルが地面に落ちる鈍い音、さらには運悪く近くにあった斜面を滑り落ちる音が聞こえてくる。
私とエミリーはあまりにも一瞬の出来事に、動くこともできなかった。
明日は後編を更新しますので、読みにきていただけたら嬉しいです!
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よろしくお願いいたします!