167、リクタール魔法研究院
ロペス商会の皆がオードラン公爵家の屋敷に来てくれてから数日後。今週の学院への通学最終日の放課後に、私はリクタール魔法研究院に向かっていた。
初めて向かう場所に少し緊張しながらリューカ車に揺られていると、すぐに研究院が見えてくる。いつも通りにたくさんの精霊が集まっていて、なんだか幻想的な場所だ。
「そういえば、リクタール研究院ってどのぐらいの人が所属してるの?」
ふと気になって、私の隣に腰掛けているパメラに声を掛けてみた。リクタール魔法研究院は学校というよりも研究機関という面が強く、決まりもほとんどないので侍女や護衛が一緒に中で行動できるのだ。
だから私はパメラ、レジーヌ、ヴァネッサの三人にノルバンディス学院まで迎えにきてもらって、三人を連れて研究院にやってきた。
さすがに一人は心細いからね……同年代の人がいるのかも分からないし、リオネルもいなければダスティンさんもいない。リクタール研究院に知り合いは皆無だ。
「そこまで多くの人は所属しておりません。ノルバンディス学院と、優秀な平民が通うルーノ学園、この二つの教育機関で精霊魔法に関する稀有な才能が明らかになった方が、推薦を受けて入学します。ただ基本的には数年ほど精霊魔法についてを学び卒業するのですが、研究員として雇われて残る者もいるので、研究員を数に入れると結構な人数がいるかもしれません。純粋に生徒という立場の方は、数十人ではないかと」
リクタール魔法研究院って、すっごく自由で緩い大学みたいな感じなのかな。しかも専門分野に特化した。いや、そう考えると大学っていうよりも専門学校?
でも専門学校は、研究するところってイメージはないか。
「私は一応生徒として所属するんだよね?」
「はい。しかしお嬢様は精霊魔法を学ぶ必要はありませんので、研究員の方々のお手伝いをすることになると思います。卒業はノルバンディス学院と同時にという予定です」
「そうなんだ。じゃあ週に一度でも、これから結構ここにも来ることになるね」
一人は仲良くなれる人がいたら良いな。というか、何の研究の手伝いをするんだろう。楽しそうな研究なら嬉しいけど。
そんなことを考えているうちに、リューカ車はリクタール魔法研究院の敷地内に入っていった。
「校舎の前に一人女性が見えるけど、私の迎えに出てくれてるのかな」
「……多分そうだと思いますが、リクタール魔法研究院の内情に関しては私たちも詳しくなく、曖昧な返答しかできずに申し訳ございません」
「そうだよね。気にしないで」
皆と女性のことを気にしながらリューカ車に揺られ、止まったところでまずはレジーヌとヴァネッサが降りてくれた。そして女性と少し言葉を交わすと、私に降りて大丈夫だと合図をしてくれる。
「お嬢様、どうぞ」
レジーヌが設置してくれたステップを使って降りると、校舎の前に待機していた女性がニカっと明るい笑みを浮かべてくれた。
「いつ来るかって待ってたんだよ! レーナ様、リクタール魔法研究院へようこそ!」
女性はかなり豪快な性格のようで、手を腰に当てて胸を張りながら、大きな声でそう伝えてくれる。赤髪のポニーテイルが印象的な、結構背が高い女性だ。
細身ではなく筋肉が付いているようで、研究者というよりは運動をしている人の体格に見える。ただとても綺麗な人で、第一印象は明るく元気な美人って感じかな。服装は私服の上に白衣のようなものを着ていて、そこだけいかにも研究者という風貌だ。
「は、初めまして。レーナ・オードランと申します。あなたは……」
女性の勢いに負けそうになりつつ、なんとかお嬢様を思い出して、綺麗な笑みを浮かべながら挨拶をした。すると女性は元気よく挨拶を返してくれる。
「私はシュゼット・トゥシャールって言うんだ。よろしくね!」
シュゼット・トゥシャール? その名前をどこかで聞いたことがある気がして、脳内の記憶を探った。確か皆と話をしている時に……そうだ、レジーヌが憧れの人だと言っていた。
第一騎士団の副団長だって話を……え、それなら何でこんなところにいるんだろう。同姓同名?
混乱してひたすらトゥシャール様を見上げていると、私の混乱が分かったのか、笑みに僅かな苦笑を乗せて説明してくれた。
「もしかして、私が第一騎士団の副団長だって知ってたりする?」
「はい……やはりそうなのですか?」
「正解だよ。騎士としての勤務後に、週に数回だけ研究員として働いてるんだ」
まさか、騎士に副業ができるなんて。驚いて言葉が出てこない。そもそも騎士ってかなり大変な仕事だよね? その後に研究をするなんて体力が凄いし、何よりもそこまでして研究をしようっていう熱意も凄い。
よっぽど精霊魔法が好きなのかな。
「凄いですね……」
「ははっ、好きでやってることだから別に凄くはないさ。じゃあ挨拶はこの辺にして、さっそく中を案内してもいいか?」
「もちろんです。よろしくお願いしますね。えっと……トゥシャール様とお呼びすれば?」
「そんな堅苦しくなくていいよ。シュゼットって呼んでほしい。別に敬語もいらないよ。確かに研究員と生徒って立場だけど、レーナ様は公爵家で創造神様の加護持ちなんだから。逆に私がもっと丁寧に接したほうがいいか」
おお……貴族でこうやってはっきり言ってくれる人に初めて会ったかも。凄く付き合いやすくてありがたい。
貴族社会は元々の決まりに則って、さらには微妙な関係性とその場の雰囲気で話し方も変えないといけないから、大変で面倒なのだ。
「ではシュゼットと呼ぶわね。私のこともレーナで、話し方も今のままで良いわ」
「本当か? じゃあレーナ、今日はよろしくな」
そうしてシュゼットに案内されて、リクタール魔法研究院の校舎内に入った。
書籍版の発売日である11/10が迫ってきておりますが、発売前に皆様にお知らせがございます!
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(ツギクルブックス様の公式サイトに、コンビニ限定書き下ろしSSを注文するというところがありますので、そこでご購入方法も分かるかと思います!)
SSでは雨の日のスラム街の様子を書き下ろしました。スラムのリアルな生活やレーナたち家族の日常を垣間見れるお話となっておりますので、ぜひご購入いただけますと嬉しいです!
また書籍の方もよろしくお願いいたします!
書き下ろし番外編や、書籍をご購入くださった方しか読めない特典のショートストーリーなどもございます。
ぜひ予約等をしていただけますと嬉しいです!本屋派の方は発売日までもう少しお待ちください!
蒼井美紗