164、メイカを試食
「色々と聞いてしまってごめんね。皆、今日をとても楽しみにしていたんだ」
リオネルがギャスパー様たちに苦笑しつつそう伝え、背筋を伸ばして口を開いた。
「私たちの挨拶がまだだったね。私はリオネル・オードラン。レーナとは同い年だよ」
その挨拶を聞いて、アリアンヌがハッと背筋を伸ばして楽しそうに緩んでいた表情を引き締めた。はしゃいでしまい、まだ名乗ってもいないことに気づいたらしい。
「……こほんっ、私はアリアンヌ・オードランよ」
「私はね、エルヴィール・オードラン!」
アリアンヌの後にエルヴィールが元気よく名乗ったところで、ロペス商会の四人が一斉に頭を下げた。
「改めまして、よろしくお願いいたします」
そうしてやっとお互いの挨拶が終わったところで、ロペス商会の皆にとっては本題である、商品の話に移ることになった。
ギャスパー様にソファーを勧め、他の三人はソファーの後ろで立ち上がったところで、リオネルが公爵子息らしい優雅な微笑みを浮かべながら話を切り出した。
「それで、ロペス商会ではどのような品物を扱っているのかな? レーナからは食品だと聞いたけど」
その言葉にギャスパー様が三人に合図をすると、部屋に運び込まれていた多数の木箱が次々と開けられていった。中には選りすぐりの商品が詰められているらしい。
「本日は我が商会自慢の品々をお持ちいたしました。ロペス商会ではこだわりの製法で作られたブランドの生鮮品や高級な調味料、さらには他国から輸入している珍しい食品などを取り揃えております」
木箱の中を覗いてみると、どれもロペス商会で見たことがある商品ばかりだった。ただラインナップはかなり高級寄りで、店頭には見本しか並べず、在庫は倉庫に丁寧に保管されていたものばかりだ。
「そちらの黄色くて丸いものは何かしら? 私は見たことがないわ」
アリアンヌが示した木箱の中身を何気なく見てみると、そこには懐かしい果物が入っていた。
これ、メイカだ。ダスティンさんと魔物素材の買い付けに行った村で作られていた、ご当地果物。ギャスパー様は仕入れられそうなら売ってみるって言ってたけど、ちゃんと仕入れルートを確保してたんだね。
そういえばメイカは水の月の終わり頃に収穫だって話だったから、ちょうど今の時期が一番手に入れるのに適してるのかも。
「そちらは王都から少し離れた村で栽培されている果物でして、まだ王都にはほとんど入ってきていない、新しいものでございます。切り分けて中の果肉を召し上がっていただくのですが、瑞々しくさっぱりとした甘さが特徴的で、当商会イチオシとなっております」
「一つ食べてみたいな。後で代金は支払うから、試食をしてもいいかな?」
リオネルはメイカに興味を持ったようで、少しだけ身を乗り出しながらそう問いかけた。
「もちろんでございます」
「では料理人を呼ぼう」
それからリオネルの侍従によって、すぐに応接室へとワゴンが運び込まれた。ワゴンの上には調理器具がいくつも載っている。そしてそのワゴンと共にやってきたのは、オードラン公爵家の料理長だ。
「料理長が来てくれたんだ」
「はい。まだ王都には入ってきていない、新たな果物と聞いては私が最適かと考えました」
料理長はそう言って慇懃に礼をしたけど、瞳がキラキラと輝いているのを隠しきれていなかった。
料理長、新しい果物に興味があるんだね。
「ではこちらを一つ、お納めください」
「ありがとうございます」
ギャスパー様の言葉に従ってジャックさんがメイカを料理長に手渡し、メイカを受け取った料理長はワゴンの上に置いて興味深げに四方から眺めた。
「こちらはどのようにカットをすれば良いのでしょうか」
「私がご説明させていただきます」
それからギャスパー様の説明に従って料理長がメイカを切り分けている間に、リオネルが私に視線を向けた。
「レーナは食べたことがあるの?」
「ええ、あるわ」
「そうなのですか? 似ている果物はありますの?」
私の返答にアリアンヌも話に入ってきて、そんな質問をされる。メイカに似ている味の果物……そう言われても難しい。
スイカってあんまり似た系統のものがないよね。あの独特のざらつき具合と瑞々しさと甘さと。強いて言えば梨に近いかな……とも思うけど、この世界でまだ梨に似た果物には出会えてない。
「あまり思いつかないわ。メイカの美味しさは、メイカでしか味わえないかも」
「そうなのですね。ますます気になります」
「早く食べたいね!」
エルヴィールが可愛らしくそう言って皆で和んでいると、料理長から声が掛かった。
「皆様、カットが終わりました。どうぞお召し上がりください」
メイカは食べやすいように皮から切り離され、一口サイズになっていた。お皿に五つずつ綺麗に乗せられ、フォークが添えられている。
皮付きで切り分けてかぶりつくメイカも、こうなると一気に高級感が漂うね。
「ありがとう。ではいただこうか」
リオネルがフォークに刺して口に運んだのを見て、私たちも同じようにメイカを口に入れた。しゃくしゃくと咀嚼すると、その度に甘くて美味しい果汁が出てきて、幸せな気持ちになる。
やっぱりこの瑞々しさと爽やかさ、さらには果肉の感じはメイカ特有だ。
「やっぱり美味しい」
思わず素でそう呟くと、三人がすぐに同意してくれた。
「うん。これは確かに美味しい」
「甘くて瑞々しくて、とても美味しいわ。これは永遠に食べ続けられるわね……」
「私これ、すっごく好き!」
三人の大絶賛の声に、ギャスパー様は安心したような笑顔で、他の三人も嬉しそうに少し口端を緩めている。
「料理長も食べてみると良いよ。これは毎年時期になったら仕入れたいな」
「ありがとうございます。では……」
料理長は口に入れたメイカをじっくりと咀嚼すると、瞳を輝かせながらもう一つ口に運んだ。