160、研究室への所属
「ペンはこれを使うと良い」
「ありがとうございます」
すぐに書いてダスティンさんに入室届を手渡すと、ダスティンさんはそれを受け取り、サインをサラサラっと書き加えた。そのサインは平民街で使っていたものとは違い、そんなところまで変えているんだと少し驚く。
「これで手続きは終わりだ。私の研究室の活動は毎日放課後に行う予定なので、一週間で学院がある八日間のうち、半数の四日以上は参加するようにしてほしい。ただ私も王宮での仕事などがあるため、活動が休みの日は事前に知らせよう。レーナもできれば参加する日を、前の週に知らせてくれるとありがたい」
基本は毎日ここで研究をするってことだよね。さすがダスティンさん、教授っていう立場を最大限に活用しようとしてるよ。
「かしこまりました。何かボードのようなものに、一週間の予定を書くようにしませんか?」
「確かにその方が分かりやすいな。では後ほど準備をしておく。今週はどれほど顔を出せそうだ?」
「そうですね……」
とりあえず数日後に控えている、ロペス商会を屋敷に呼ぶ日はすぐに帰らないといけない。
それからリクタール魔法研究院にも顔を出したいんだよね……休みの日に行くと一日が潰れそうだから、できれば放課後に。今週の終わり頃には一度、魔法研究院にも顔を出そうかな。
その辺を加味して研究室に顔を出せる日を伝えると、ダスティンさんはそれをメモして顔を上げた。
「研究室ではひたすら新しい魔道具開発をするので、レーナも何かアイデアがあれば持ってきて欲しい。ただ最初は魔道具の仕組みを詳しく覚えることや、素材となる魔物素材や魔石に関する知識を吸収してもらうことになるだろう。……そうだ、研究室に入った者には教材を渡し、それを元にした試験を行い、合格した者から魔道具開発に参加できるようにするのが良いかもしれないな」
ダスティンさんは私に説明している途中でそんなことを言い出し、教材を頭の中で選定しているのか難しい表情で顎に手を当てた。
厳しすぎないかとも思うけど……案外良い案なのかもしれない。多分この研究室はダスティンさん目当ての人たちがたくさん入るだろうし、その人たち全員に魔道具研究に参加してもらっていたら、進む研究も進まなそうだ。
少し難しめの試験にすれば、いずれ本気の人だけが残る気がする。
そういえば、結局メロディとオレリアは研究室に入らないのかな。ふとそんなことを思い二人に視線を向けると、二人はなんだか遠い場所を見つめていた。
「メロディ、オレリア、大丈夫かしら」
「ええ、何も問題はありませんわ」
メロディがそう答えてくれたので、大丈夫だろうと判断して先ほど浮かんできた質問をする。
「二人は研究室に所属するの?」
「……いえ、私はもう少し考えたく思っております」
「わ、私も、他の研究室も考えてみたいです……」
「そうなのね」
メロディはダスティンさんとお近づきになりたいと言ってたから、見学と言いつつ入るんだと思ってたのに。
どうしたのかな……研究に失敗してたダスティンさんに幻滅したとか?
でも今日はさっと爆発を防いでたし、発生したのも泡だったから、変なドロドロの液体を頭から被ったりはしてないのに。
そんなことを考えながら二人の様子をぼーっと眺めていると、教材を決めたのかダスティンさんが居住まいを正して口を開いた。
「ではレーナに伝えることはそれぐらいだな。二人はどうする? せっかくここまで来てくれたのだから、入らないにせよ研究内容を聞いていくか?」
「はい、よろしくお願いいたします」
それからはダスティンさんが、今研究している魔道具に関する説明をして、メロディとオレリアの頭上にはてなマークが浮かんでいる幻覚が見え始めたところで、私たちは研究室を後にすることになった。
「ではダスティン教授、これからよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく。次の休みに行う精霊魔法の検証も忘れずにな」
「かしこまりました」
「メロディとオレリアもまた興味があれば来ると良い」
「はい。本日は見学させていただきありがとうございました」
「とてもタメになりました。ありがとう、ございました」
研究室を後にすると意外と時間が経っていたので、私たちは帰宅しようと学院の正門に向かった。そこにはリューカ車を停めておける広場があり、迎えに来た使用人たちはそこで主人を待つのだ。
「あっ、私の家の車はすでにあるようだわ」
一番分かりやすいところに停めてあったので、すぐに見つけることができた。二人に別れの挨拶をしようと視線を向けると、二人もこちらに笑顔を向けてくれる。
「レーナ様、本日はありがとうございました。また明日、お会いできることを楽しみにしております」
「明日からもよろしく、お願いいたします。本日はレーナ様のおかげで、とても楽しかったです」
「私も二人のおかげでとても楽しい一日だったわ。これからも友人としてよろしくね」
そうして二人と別れた私は、学院初日を終えた達成感に包まれながら、リューカ車に揺られた。