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16、家族への報告

 家に駆け足で帰ったら、家の前に設置してあるテーブルに腰掛けたお母さんが、怖い顔で私を迎えてくれた。


「レ〜ナ〜、どこに寄り道してたの! 仕事はたくさんあるんだからサボっちゃダメじゃない!」


 うぅ……やっぱり怒ってる。いつもなら真剣に畑仕事をしてるか、家で手仕事をしてる時間だもんね……


「ごめんなさい……でもサボってたわけじゃないの。お仕事を手に入れてきたんだよ?」

「仕事を手に入れてきたって、どういうこと?」


 私がしおらしく謝りながら仕事を得たことを伝えると、お母さんは思わぬ言葉に怒りが消えたのか、不思議そうに首を傾げた。


「市場にたくさんお店があるでしょ? あのお店の一つで雇ってもらえることになったの。日が一番高い時間から日が沈む少し前までで、銅貨一枚くれるんだって」

「……レーナ、嘘はよくないわよ」

「嘘じゃないって! 本当に雇ってくれたんだから。ジャックさんって人でね、ロペス商会のお店なんだって」


 私が具体的な名前を出したことで適当なことを言ってるわけじゃないと信じてくれたのか、お母さんは真剣な表情を浮かべて壊れた靴を直していた手を止めた。


「でも、市場のお店はスラムの人間なんて雇ってくれないでしょう? それにレーナみたいな子供は尚更よ」


 やっぱり普通はそうなんだ……私はジャックさんとギャスパー様の懐の深さに救われたね。


「それが運良く雇ってくれたんだよ。あのね、私……実は計算が得意なの。それで使えるからって雇ってくれるんだって」

「計算って、お金を数えることよね?」

「そう。お母さんがお店で買い物をする時に損しないようにって、色々と教えてくれたでしょ? 自分では気づいてなかったけど、他の人よりも計算が早くて正確なんだって。才能があるって言われたの」


 変に思われないように色々ぼかしつつそんな説明をしたら、お母さんは途端に表情を明るくした。


「お店の人が、あなたに才能があるって言ったの!?」

「そう言われたよ。だから雇ってくれるって」

「まあまあまあまあ、なんてことなの。レーナ凄いじゃない! まさかそんな才能があったなんて。一日で銅貨一枚もらえるんだっけ?」

「うん。日が高い時間から沈む少し前までだって」

「お昼ご飯から夜ご飯の間だけで銅貨一枚も! 子供にそんなにくれるなんて凄いわ。レーナ、明日お母さんも挨拶に行くわね!」


 お母さんは自分の子供に才能があってお金を稼げるって事実を認識したのか、椅子から立ち上がって「どうしましょう」と嬉しそうにウロウロしている。好意的に受け止めてもらえて良かった。


「お母さん、明日からはお昼ご飯後のお家の仕事、できなくなるけど良いの?」

「もちろん良いわよ! そこはお母さんが頑張るわ!」

「お母さん、ありがとう」

「アクセルとラルスにも話をしないとね。これから忙しくなるわよ。明日はアクセルにも一緒にお店に行ってもらおうかしら?」

「うーん、どうなんだろう。お父さんは仕事があるなら良いんじゃない? 今度時間がある時でも」

「そうね、そうしましょう」


 お母さんはテーブルの上に広げていたものを手早く片付けると、私が着ている服を上から下までじっくりと眺めた。


「お店で働くには古すぎるかしら? この前トイレに落ちた服よね?」

「うん。やっぱりダメかな?」

「そうね……もう一つの服があるわよね。そっちを綺麗に直しましょう。あら、レーナの髪の毛なんだか綺麗じゃない?」

「ジャックさんが整髪料と櫛で綺麗にしてくれたの。お店で働くなら綺麗な方が良いからって」


 私のその言葉を聞いて髪の毛に触れたお母さんは、羨ましそうな表情で私の髪を眺めた。


「凄いわね〜」

「整髪料を付けたら、すぐ綺麗になったんだよ」

「街の中には素敵なものがたくさんあるのね」


 やっぱりお母さんもスラムに暮らしてるから色々と諦めてるだけで、綺麗になりたいとか快適な暮らしがしたいとか、そういう望みはあるのかな。


 ……お金を貯められたら、ジャックさんに街の中で櫛を買ってきてもらうように頼んでみるのもありかも。あっ、そういえば今度街の中に行けるかもしれないんだっけ。ならその時にお土産として買って来ようかな。


「レーナ、服を直すから手伝いなさい。確かこの前に作った糸があったわよね」

「うん。持ってくるよ」

「お願いね」


 それから私は張り切ったお母さんと共に、服の解れを綺麗に直したり、シミになっている部分に綺麗な布を貼り付けたり、落ちる汚れは頑張って洗って落としたりと服を整えるのに精を出した。

 そのおかげでお父さんとお兄ちゃんが帰ってくる頃には、スラム街では上等な部類に入る綺麗な服が仕上がっていた。


「上出来ね」

「うん。凄く綺麗だよ」

「これを着てお仕事頑張りなさい」

「お母さん、ありがとう!」


 私はお母さんの優しさが嬉しくて、思わずギュッと抱きついた。するとお母さんは優しい手つきで私の頭を撫でてくれる。


「レーナは大きくなったわね」

「そう? まだまだこれから成長するよ?」

「楽しみだわ。さて、そろそろ夕食の準備をしましょうか」

「うん!」


 エミリーや他の女の子たち、さらにはおばさんたちにまで髪の毛を褒められながら夕食の準備をこなし、ちょうど出来上がった頃にお父さんとお兄ちゃんが帰ってきた。


「今日も美味しそうだな」


 変わり映えのしない焼きポーツのみの夕食なのに、お父さんは満面の笑みだ。


「今日は最高の出来よ。レーナにとても嬉しいことがあったの」

「……結婚じゃないよな?」

「何言ってるのよ。レーナはまだ十歳よ。結婚は早くてもあと数年は先じゃない」


 お父さんは結婚という言葉を愕然とした表情で呟き、それをお母さんが否定したことで表情を緩めた。お父さんって典型的な親バカだったんだね……結婚する時は泣かれて大変そうだ。


「確かにそうだったな。じゃあ何の話だ?」

「実はね」


 それから焼きポーツを食べながらお母さんが私の仕事のことを話すと、お父さんとお兄ちゃんは私が思ってる以上に喜んでくれた。


「凄いなレーナ! さすが俺の娘だ!」

「レーナはそんな才能があったんだな。仕事は大変だと思うけど頑張れよ」

「うん。お父さん、お兄ちゃん、ありがとう」

「そのジャックさんって人はどんな人なんだ?」


 お父さんのその問いに、私はジャックさんのことを思い浮かべる。


「二十四歳の男の人で、髪は長くて後ろで縛ってるよ。凄く優しくて身分で差別とかしないし、あと意外とかっこいいかな」

「……かっこいい、だと?」

「うん。ちゃんとしたらモテるんじゃないかなーって、思った、んだけど……」


 私は途中でお父さんの機嫌が急降下してるのに気づき、慌ててジャックさんの話題を止めた。しかしすでに遅かったらしい。お父さんは半目で市場がある方向を睨んでいる。お父さん、光花に照らされた横顔が怖いよ。


「そいつのことが好きなのか?」

「いやいや、そんなんじゃないから。ジャックさんは二十四歳だよ? 私はまだ十歳だから子供だとしか思われてないよ」

「……レーナの魅力が分からんなんて、目が悪いんじゃないのか」


 ――――お父さん、面倒くさっ! あれ、お父さんってこんなに親バカだったっけ。


「アクセル、ちょっと黙ってなさい。ジャックさんだったかしら? まだ子供のレーナを雇ってくれるんだから良い人じゃない」

「そうだよ父さん。娘の交友関係に口を出す父親は嫌われるんだって聞いたけど」


 お父さんはお母さんとお兄ちゃんのその言葉で、ずーんと落ち込んでしまった。ちょっと可哀想な気がするけど……静かになったから良いか。


「とりあえず明日はお母さんが一緒に行ってくれるらしいから、お父さんも暇な時に見にきてね。お兄ちゃんも」

「ああ、時間を作ってすぐ見に行くよ」

「ということだからアクセル、明日は家のことができないかもしれないから早めに帰ってきてね」


 そうして私が仕事を得たことの家族への報告は、面倒くさいお父さんを誕生させて終わりとなった。明日からの仕事が楽しみだな。

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