159、いつものダスティンさん
魔道具の爆発に最大限の警戒をしながらダスティンさんに手を貸していると、ダスティンさんがふと何かを思い出したように口を開き、私にチラッと視線を向けた。
「そういえばレーナに話があったんだ。次の魔法の検証はノルバンディス学院の休日で良いか? 休日の一日目だ」
休日……は今のところ予定はなかったはずだよね。
「大丈夫です。私としても休日の方がありがたいです。学院の後に検証は大変なので」
「分かった。では次の休日で決まりとしよう。次は検証の後に騎士団と魔法の訓練もする予定となっているので、そのつもりでいてくれ。攻撃魔法の練習だ」
攻撃魔法の練習、騎士団とやらせてもらえるんだ……それはちょっと楽しみかも。騎士団の訓練の様子なんて絶対にカッコ良いよね。
そうだ、ノークも近くで見られるかな。リューカはそこかしこにいるけど、ノークは全く見る機会がないんだよね。
「楽しみにしています。動きやすい服装が良いでしょうか」
「そうだな……レーナは魔法を使うだけなのであまり動くことはないだろうが、ドレスは騎士団の訓練場ではかなり浮くだろう。少し騎士に合わせた方が良いかもしれない」
「分かりました。侍女に伝えておきます」
私がそう答えたら、ダスティンさんがふと私のことを上から下まで一瞥した。
「そういえば、制服姿は初めて見たな」
「あっ、確かにそうですね。検証の時にはドレスですもんね。この制服、とても気に入っているんです」
「そうだな、似合っている」
「本当ですか! ありがとうございます」
ダスティンさんはお世辞を言う人じゃないから、こう言ってくれるってことは本当に似合ってるはずだ。自分でもちょっとイケてるんじゃないかと思ってたから嬉しい。
「レーナ、そこをもう少し強く抑えてくれ」
「はい。これで良いですか?」
「問題ない」
留め具は最後の一つになったみたいだ。ダスティンさんの言う通り、爆発はせずに作業が終えられそうかな。
そう思って安心した瞬間――作りかけの魔道具から、突然異音が発された。
私はその音を聞いた瞬間に、ほぼ条件反射で後ろに飛び退る。異音と不規則な振動、これがある時には大抵失敗するのだ。
「……っっ!」
ダスティンさんも察知したのか素早く動き出し、近くにある巨大な盾みたいなものを、魔道具と私たちとの間に設置した。
するとその瞬間、ボンッという爆発音を響かせ、洗浄の魔道具となるはずだったものが黒い泡をぶちまける。
私は逃げていたので被害を免れ、ダスティンさんも被害は少なかったようだ。メロディとオレリアもかなり驚いているのか瞳を見開き固まっているけど、離れていたので被害はないらしい。
「……ダスティン教授?」
真剣な表情を浮かべて失敗の理由を考察し始めたダスティンさんに、私は責める色を載せて声を掛けた。
「この段階での失敗はないと、仰っていませんでしたか?」
「……予想外だ。なぜこの失敗が起こったと思う?」
「今は考察の前に片づけだと思います。学院の研究室をこんなにすぐ汚してしまって良いんですか?」
私のその言葉にダスティンさんは僅かに視線を逸らしたので、良いとは言い切れないみたいだ。
というかメロディとオレリア、絶対に衝撃を受けてるよね。心臓に負担とか掛かってないかな……爆発なんて人生で初めて見ただろうし。
いや、普通は爆発なんて人生で一度も見る機会はないか。
「メロディ、オレリア、大丈夫かしら?」
「はい……大丈夫ですわ」
「私も驚きましたが……問題、ありません」
二人は未だ驚きを隠せない様子ながらも、私の問いかけに頷いてくれた。
「驚かせてすまないな。……申し訳ないが軽く掃除をしてしまうので、あと少し待っていて欲しい」
「か、かしこまりました。私たちのことは気にせず研究をされてください」
「ありがとう。レーナ、この桶に水を出してくれ」
「分かりました」
私は当たり前のように掃除に駆り出されるようだ。まあ慣れてるし、元々手伝うつもりだったから良いんだけど。
「泡は異空間に収納しちゃいますか? とりあえずの保管ということで」
「そうだな。では私が集めるので収納を頼む。レーナは作業台や素材を綺麗にして欲しい」
「はい。この布借りますね」
それから私とダスティンさんで手分けして掃除をしたところで、十分ほどで研究室はとりあえず見られる状態になった。何度も片付けをしてきたので、この技術が一番上がっている気がする。
「待たせて本当に申し訳なかった。君たちは……」
やっとダスティンさんがソファーに腰掛けたところで、遅すぎる自己紹介がされることになった。
「私はグーベルタン伯爵が娘、メロディでございます」
「わ、私は、ミュッセ子爵が娘、オレリアでございます」
「メロディとオレリアだな。私はダスティン・アレンドールだ。よろしく頼む。今日は研究室への所属の件だったか?」
「はい。しかし私たちはレーナ様に頼んで、見学に来させていただきました。レーナ様とは同じクラスでして」
落ち着いたらしいメロディがいつもの調子を取り戻しながらそう答えると、ダスティンさんはそうかと一言告げて私に視線を向けた。
この可愛いメロディを見てなんの反応もしないって、ダスティンさんって本当に女性に興味ないんだね……私の方が反応してる気がする。
「レーナは私の研究室に入るのか?」
「そのつもりです。ダスティン教授から、魔法の検証時に聞いた話が面白そうでしたので。今日の講義も楽しかったです」
「そうか、それは良かった。では研究室の入室届を書いて欲しい」
そう言って渡された紙は、入りたい研究室の名前と教授の名前、さらには私の名前とクラスなど簡単な情報を書くだけのものだった。