158、ダスティンさんの研究室へ
放課後になったところで、さっそくダスティンさんの研究室に行こうと席を立ち、メロディとオレリアに挨拶をするため二人の方に視線を向けた。
すると私から声を掛けるより前に、メロディに声を掛けられる。
「レーナ様、放課後は何かご予定がおありですか? もし空いていましたら、参加したい研究室について少しお話をと思ったのですが……」
「誘ってくれてありがとう。しかし私はもう、参加する研究室を決めているの。今日はその研究室にさっそく向かおうと思っていて……」
申し訳ないと思いながらそう伝えると、メロディはぱちぱちと瞳を瞬かせてから首を傾げた。
「どの研究室に所属されるのですか?」
「魔道具研究会よ。魔道具には興味があって、深く学びたいと思っているの」
「それって……第二王子殿下の研究室でしょうか? 私もお供させていただけませんか? 所属するかは分かりませんが、見学をさせていただきたいです」
表情を明るくしながらそう言ったメロディの言葉を断る理由はなく、私は少しだけ躊躇いながらも頷いた。
ダスティンさんと昔からの知り合いだと、バレないように気をつけないと。
「オレリアも一緒に行くかしら。何か用事はある?」
メロディと一緒に行くならオレリアも誘わないとと思って後ろを振り返ると、オレリアは少しだけ悩みながらも頷いてくれた。
「ご迷惑でないのであれば、ご一緒させていただきたいです……」
「では一緒に行きましょう」
両手を顔の横で合わせて微笑んだメロディの言葉に、オレリアは安心したように頬を緩めた。
それから私はリオネルにまた屋敷でと挨拶をして、二人と一緒に教室を出た。ちなみに帰りはリオネルと違うリューカ車で帰ることになっているので、帰宅時間を合わせる必要はない。
「教授方の研究室がある場所は、教室から少し遠いのですね」
「そうね。特にダスティン様の研究室は、新任だから遠いみたいよ」
「第二王子殿下なのに、端なのですね……」
そう言ったオレリアの不思議そうな表情に、私は苦笑を浮かべつつ口を開いた。
「ダスティン様は、あまり王族としての配慮を求めるような方ではないと思うわ」
というよりも、ダスティンさんは端の方が目立たなくて良いと思ってそうだ。
「素晴らしいお方なのですね」
「真面目で謙虚なお方ですね……!」
メロディとオレリアのダスティンさんへの評価に、苦笑を浮かべるしかできない。何だか違う気がするけど……まあ良い評価をわざわざ否定する必要はないよね。
「そうだわ。ダスティン様は学院で、ダスティン教授と呼んでほしいと仰っていたの。研究室ではそう呼びましょう」
「そうなのですね。かしこまりました」
「殿下以外の呼び方は少し緊張しますが……確かに学院では、そちらの方が正しいですね」
「ええ、その方が良いと思うわ」
私のその言葉に二人が頷いたところで、ダスティンさんの研究室前に辿り着いた。
「ダスティン教授、少しお時間よろしいでしょうか。研究室の所属に関してお話があります。一年のレーナ・オードランと申します」
私が扉をノックして声を掛けると、中からすぐにダスティンさんの声が届く。しかしその声は、どこか余裕がないような様子だった。
「入って良いぞ……っ」
本当に大丈夫なのかと不安に思いつつ、ゆっくりと扉を開くと……そこには工房でよく見た光景が広がっていた。
つまり、ダスティンさんが魔道具研究に手が離せなくなっている様子だ。そしてそこかしこに物が散乱していて、研究に失敗したような形跡も窺える。
「ダスティンさ……教授」
いつも通りの光景すぎて思わず素で呼びかけそうになってしまい、辛うじてここが学院だということを思い出した。
「……大丈夫でしょうか?」
私の問いかけにこちらに視線を向けたダスティンさんは、メロディとオレリアを視界に入れて、一瞬だけ僅かに動揺を見せながらもすぐに頷いた。
「ああ、中に入ってくれ。ただ少し待っていて欲しい」
「分かりました。失礼します」
「ソファーに座っていてくれ」
その言葉に従ってソファーに腰掛けたけど、ダスティンさんの様子がかなり大変そうで気になってしまう。今やってるのって……洗浄の魔道具の改良だよね。
いくつの魔石を使ってるのか分からないけど、また爆発とかしないのだろうか。
「……あの、ダスティン教授、手は必要でしょうか?」
恐る恐る問いかけると、ダスティンさんは少しだけ悩む様子を見せながら頷いた。
「私たちも……」
「な、何かできるならば……」
私に続いてメロディとオレリアも立ち上がったけど、それにはダスティンさんが首を横に振る。
「レーナだけで大丈夫だ。レーナには……検証の時に魔道具研究に関する話もしたことがあるからな」
ダスティンさんはそんなふうに理由付けすると、私をいつもの立ち位置に呼んだ。そして小声で口を開く。
「そこを持っていてくれ。あと向こうに置いてある素材を持ってきて欲しい」
「分かりました。あの……これって魔石はいくつ使ってるんですか?」
二人に聞こえないように小さく問いかけると、ダスティンさんは少しだけ気まずそうに視線を逸らしてから「三つだ」と呟いた。
「それ、爆発とか……」
「――それはしないはずだ。多分、大丈夫だ」
「全く信用できません」
私のその言葉を聞くと、ダスティンさんは私のことを半眼で見つめてから渡した素材を受け取った。
「とりあえずここだけ付けたら止めておくから、そこまでなら問題ないはずだ」
「でも、もう魔石は付けてるんですよね?」
「付けているが、魔石が作用するには魔物素材も大切で、現状だとまだ取り付けた数が少ないから問題ないだろう」
魔道具の講義のようにそう言い切ったダスティンさんは、手で押さえていた部分に魔物の牙から作った留め具を打ち込み始めた。
私はとりあえずダスティンさんのことを信じつつ、今まで何度も失敗している場面を見てきているので、いつでも逃げられるように構えておくのは忘れない。
今までは作業着に着替えてたから良かったけど、制服を汚してしまうのはさすがに嫌だ。