157、魔道具の講義
ダスティンさんは私と数秒間だけ見つめ合うと、ほんの僅かに笑みを浮かべて私から視線を逸らした。そして教卓に持っていた書類を置くと、教室中をゆっくりと見回す。
クラスメイトはダスティンさんが来る前は騒いでいたけど、姿を見せてからはピタッとお喋りをやめたようだ。やっぱりこの辺は、さすが貴族家の子息子女だよね。
「私はダスティン・アレンドールだ。学院内ではダスティン教授と呼ぶように。専門は魔道具理論だ。皆に興味を持ってもらえたら嬉しく思う」
そう簡単な挨拶をすると、無駄な話はせずに、すぐ講義内容に関する話に移った。これから毎回使う教材や、今日の講義に必要なプリントが配られる。
「その教材は毎回持ってきてくれ。プリントは必要に応じて各自保管して欲しい」
まずは教材を開いてみると、こっちは魔物の種類とその素材の性質などについてまとめられているものだった。教材というよりも、辞典みたいな感じだ。
そしてプリントにまとめられているのは、魔道具の作り方に関する基礎の基礎だ。さすがに私は全て知っていることで、このぐらいの講義なら楽に付いていけそうで少し安心できる。
というかこの内容から始まるってことは、魔道具作成についてはほとんど学ばず学院に来る人がほとんどなんだね。
「今日は魔道具というものがどのようなものなのか、皆にしっかりと理解してもらいたいと思っている。皆は貴族家や大商会などの生まれのため、幼少期から魔道具には慣れ親しんでいるだろう。普段使用しているものということで、その仕組みや作り方にも興味を持ってもらいたい」
そう言ったダスティンさんは、私たちにプリントを見るように指示をして、まずは魔道具で一番大切な肝となる、魔石について説明を始めた。
「魔石は効果が単純な魔道具ならば、そのまま手を加えずに使う。しかし複雑な効果を発させるためには、魔石に呪文を刻み込むという技術もある。魔石は一つだけ使うと想定通りの効果が発されるが、二つ以上を組み合わせると思わぬ作用をもたらすことがあり、二つ以上を使用するのは難易度が高い」
そこで言葉を切ったダスティンさんは、少しだけ悩んでからポツリと小さな声を零した。
「……魔石の組み合わせによる失敗は私もよく起こしていて、時には水が変質して膨張し、変な緑色の液体を頭から被ったことも……」
あぁ……あの洗浄の魔道具を失敗した時か。あれは凄く片付けが大変だった。
ダスティンさんは失敗を語ることで親近感を得ようとしたようだけど、皆からの反応がなかったため恥ずかしくなったのか、「ごほんっ」とわざとらしく咳払いをすると、何事もなかったかのように話を本筋に戻した。
失敗談で笑ってもらうには……まださすがに早いよね。ダスティンさん、意外と学院の教授の仕事に前向きみたいだ。
「魔道具は空気中にある魔力を魔石を通して使用するのだが、精霊魔法よりも圧倒的に効率が良くなるという性質がある。また魔石の大きさによってどれほど保つのかが変わってくる。基本的には大きい方が丈夫で長持ちだ――」
それからもダスティンさんの講義は淡々と続いていき、一回の講義でかなりの情報量が与えられ、チャイムが鳴ったことで終わりとなった。
「では、今回はここまでとする。次回までに今日の内容を復習してきてくれ。そのうち実践の講義もする予定なので、そのつもりで知識を深めるように」
最後にそう言って教室中を見回すと、ダスティンさんは最後まで笑顔は見せずに教室を後にした。ダスティンさんが出て行った後の教室内には、なんだか疲労感が漂っている。
「レーナ様、オレリア、最初の講義が終わりましたね」
「ええ、お疲れ様」
「お二人は全てを、理解できましたか? 私は途中から、訳が分からなくなってしまって……」
そう言ったオレリアに、メロディも可愛らしい苦笑を浮かべつつ頷いた。
「私もいくつか難しい箇所があったわ。レーナ様はどうでしたか?」
「私は今日の講義内容に関しては理解できたわ。魔道具作成には興味があって、以前から学んでいたの。分からなかった部分は教えるわ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「とても助かります……!」
「その代わり、私が苦手な講義では教えてもらえるかしら」
私のその提案に、メロディとオレリアは快く頷いてくれた。これで理解し切れていない分野に関する講義でも、二人に教えてもらえばなんとかなるかも。
「それにしても第二王子殿下は、とても真面目なお方でしたね。そして付いていくのが大変なほどに、賢いお方だということが分かりました」
「はい……私ではとても釣り合わないと、改めて実感いたしました」
メロディとオレリアのそんな会話を聞いて、私は思わず苦笑を浮かべてしまう。確かにダスティンさんは、特に魔道具に対しては知識が深い人だ。他の部分に関しても知識豊富だし、頭の回転が早い。
前に瀬名風花の頭脳だったら絶対に付いていけなかったって、思ったことがあるんだよね……レーナの優秀な頭脳には感謝だ。
「オレリア、付いていけないなんて今から諦めてはダメよ。一緒に勉強を頑張りましょう?」
「……は、はいっ!」
可愛らしく首を傾げたメロディに誘われ、オレリアは僅かに顔を赤くして頷いている。
「レーナ様もよろしくお願いいたします」
「ええ、もちろんよ」
それからはダスティンさんの話も終わり、私たちは次の講義の話をしながら教授が来るのを待った。そして次の講義、昼食、午後の講義と初日の学院生活を精一杯こなし、すぐに放課後だ。
「転生少女は救世を望まれる〜平穏を目指した私は世界の重要人物だったようです〜」
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