155、レーナの魔法と侯爵令嬢
皆の視線が私に集まっていることを確認してから、ルーちゃんに心の中で呼びかけた。
――ルーちゃん、両手で持てるぐらいの大きさで水球を作ってくれる? 私の前に。
そう願った瞬間に水球が作り出され、教室中からどよめきが起こった。やっぱり詠唱なしという部分に驚くんだろう。
――ルーちゃん、次は水球を凍らせて。そしたら次は火魔法で溶かして。次は水球はそのままキープで、土魔法で水球の水が入り切る大きさの器を作って欲しい。
次々と精霊魔法を発動させると、クラスメイトの表情がどんどん驚きに染まっていく。なんだかちょっと、楽しくなってきたかも。
――ルーちゃん、水球は静かに器に入れてくれる? そして皆に気持ちいいそよ風を。
教室中をさーっと、思わず目を細めたくなるような心地よい風が通り過ぎたところで、私はとりあえず魔法の行使を止めた。
「こんな感じでどうかしら?」
「……す、す、すげぇ! 本当に凄いです! 四柱の女神様の魔法、全部使えるって噂は本当だったのですね!」
テオドールが瞳をキラキラと輝かせながら、椅子からガタッと立ち上がった。するとそんなテオドールに続き、教室中から驚きの声が上がる。
「全部使えるどころじゃなくて、あまりにも正確すぎないか……?」
「水球を器に入れるなんて、水が溢れないことが奇跡よ」
「凍らせるのって、凄く難しかったはずでは……」
「あの器も、精緻に見えるが……」
皆のそんな声で教室中が賑やかになる中、テオドールがまた口を開いた。
「レーナ様、創造神様独自の精霊魔法もあると聞いたのですが、それは……」
やっぱりそこも気になるよね……でもあれは魔力の消費量が多いし、見てすぐに凄さが分かるものはあんまりないのだ。
見せるとしたら、異空間収納かな。
「では異空間収納という魔法を見せようかしら。これは異空間にどこからでも自由に干渉し、物を収納しておけるというものなの」
何を収納するのが良いかな……分かりやすく大きいものが良いだろう。小さなものだと異空間に収納したのか、服の袖にでも隠したのかが判断できないと思うから。
「私が先ほどまで座っていた椅子を収納するわね。よく見ておいて」
――ルーちゃん、私が座ってた椅子を異空間に収納して。
その願いを唱えた直後、椅子はパッと一瞬にしてどこかに消え去った。
「なっ……き、消えた!?」
「私の目がおかしいのかしら……」
「い、いえ、私の目にも消えたように見えましたわ」
皆が驚いている中で、今度は自分の真横に椅子を出現させる。
「今度はあっちに現れたぞ!」
「本当に凄いな……」
「このように、自由に物を出し入れできるわ。テオドール、これで良いかしら?」
「じゅ、十分です……! とても素晴らしい精霊魔法を見せてくださり、誠にありがとうございます!」
最初に私の精霊魔法を見たいと言い出したテオドールがそう言って深く頭を下げたので、そこで私のちょっとした精霊魔法ショーは終わりとなった。
椅子を持ち上げて自分の席に戻ろうとすると、慌ててテオドールがやってきて椅子を持ち上げてくれる。
「俺に任せてください! 腕っぷしだけには自信があるんで」
「ありがとう。テオドールは騎士を目指しているの?」
「はい。俺は次男ですから。それに勉強とか頭を使う仕事は向いてなくて……」
……うん、それはこの短時間で分かったよ。絶対に騎士の方が向いてると思う。
「騎士になれると良いわね」
「ありがとうございます……! 頑張ります!」
そうして私が席に戻ると、ノヴィエ教授もまた教室を巡り始め、交流の時間が再開となった。またメロディとオレリアと話をしようかな……そう思っていたら、リオネルの右隣の席である、アンジェリーヌと視線が絡まった。
さっきの自己紹介であり得ないほど長く話をしていて、私を嫌っているようだったので名前を覚えていた子だ。家はマルブランシュ侯爵家。
「リオネル様……私、怖いです」
アンジェリーヌはまたしても私を睨みつけるように見つめると、一瞬にしてその剣呑さを甘えるような様子に変化させ、リオネルの腕を横からそっと掴んで引いた。
「……何かな?」
リオネルは貴族らしい笑みを貼り付けたまま、アンジェリーヌに視線を向ける。するとアンジェリーヌは瞳を涙で潤ませ、上目遣いでリオネルに少し近づいた。
「創造神様のご加護を賜わられたことは素晴らしいけれど、未知の精霊魔法には恐怖を感じてしまいます。詠唱もなしに強い魔法を発動できてしまうのでしょう……?」
アンジェリーヌはそう言うと、リオネルだけでなく教室全体にさりげなく視線を巡らせた。そして私にだけは、周囲には分からないようにほんの一瞬だけ、剣呑な視線を向ける。
この子、凄く器用だね。悪感情を向けられてるんだけど、少しだけ感心してしまった。この技術だけは、まさに貴族家のご令嬢という感じだ。
でもなんでこんなに敵視されてるんだろう。平民が公爵家の娘になったのが気に入らないってだけなのかな……そう考えたところで、アンジェリーヌがリオネルの腕をまだ掴んでいるのが視界に入り、なんとなく理由が分かってしまった。
多分だけど、リオネルを狙っているのだろう。一番のライバルとなった私が気に食わないとか、少しでも印象を悪くしたいとか、そんな安易な考えからの行動なのかもしれない。
「レーナはアンジェリーヌが考えているようなことはしないから大丈夫。だよね、レーナ?」
リオネルもアンジェリーヌの行動原理が分かったのか、苦笑しつつ私にそう問いかけてくれた。
「もちろんよ。私の力はこの国のために、そして私や私と親しい人のために使うと決めているの」
「だそうだよ」
私の言葉を聞いたリオネルはそう言ってアンジェリーヌに微笑みを向けると、さりげなく掴まれていた腕を離した。
アンジェリーヌはそう返されては受け入れるしかないようで、微妙な表情を浮かべて頷いている。
「……わ、分かりました。それなら安心ですわ。おほほほほ」
侯爵家の子女だし、できれば仲良くしたいと思ってたんだけど……アンジェリーヌは難しいかもしれないね。とりあえず目標は、これ以上は関係を悪化させないことにしよう。
私がそんな決意をしていると後ろからメロディに声を掛けられ、それからは予定通りメロディ、オレリアと話をして交流を深めた。
学院入学初日としては……頑張った方だよね。そう自分を褒めながら、明日のことについて話をしているノヴィエ教授の話に耳を傾けた。