153、自己紹介
「では私から挨拶をさせていただきます。私はオードラン公爵家の嫡男である、リオネル・オードランです」
まずは目の前にいるノヴィエ教授に向けてそう挨拶をすると、リオネルは後ろを振り返ってクラスメイトたちに視線を向けた。
「公爵家の人間だが、学院では身分の高低を気にせず皆と仲良くしたいと思っている。これからよろしく頼む。ノヴィエ教授も、よろしくお願いいたします」
最後にまた教授に視線を戻して礼をしたリオネルは、優雅でスマートに椅子へと腰掛け直した。やっぱりリオネルって凄いよね……こういう時の言動は完璧だ。
「リオネルさん、ありがとうございます。では次にレーナさん、お願いしますね」
「かしこまりました。私はレーナ・オードランと申します。これから三年間よろしくお願いいたします」
リオネルを真似てまずはノヴィエ教授に挨拶をしてから、後ろを振り返ってクラスメイトを見回した。
私に向ける皆の視線は……好意的なものというよりも、好奇心が隠し切れてないものが多数って感じかな。
「皆も知っている通り、私は創造神様の加護を賜り、オードラン公爵であるお養父様の娘になったわ。少し特殊な立場だけれど、皆と違うところは精霊の色ぐらいだから、ぜひ仲良くしてね」
なんとかお嬢様の仮面をつけて挨拶を終えてから、また前を向いて椅子に腰掛けた。
ふぅ……とりあえず第一関門突破かな。自己紹介は無難に終われたと思う。
「ありがとうございます。では次は、アンジェリーヌさんお願いしますね」
「かしこまりました」
アンジェリーヌと呼ばれた女の子は……リオネルの右隣に腰掛けていた、黒髪のロングヘアが特徴的な女の子だった。
「私はアンジェリーヌ・マルブランシュですわ。マルブランシュ侯爵家に生まれ、高位貴族として幼少期から自覚を持ち、自分を磨いてまいりました。ノルバンディス学院では、より知識を深めたいと思っております。趣味は刺繍でして、お休みの日には東屋でお茶を楽しみながら刺繍をするのが日課ですの。また新しいドレスを考えるのも得意でして、高位貴族の子女として流行を真似るのではなく作り出すために、日々考えておりますわ。最近流行っているドレスの形は皆さんご存知だと思いますが――」
アンジェリーヌはかなりお喋りなようで、全く止まることなく笑顔で優雅に、自分のことを話し続けた。
さらに私のことをあまりよく思っていないのか、話の端々で私に視線を向けて、蔑みがこもった笑みを向けてくる。
幼少期からって話は、ずっと平民として生きてきた私への当てつけだろう。刺繍や流行を作るって話も、私にはできないと踏んでのことだよね。
そこには全く手を出せてないから、私のことを下げたいのなら話題選びは完璧だけど……ちょっと悔しい。
はぁ、やっぱりこういう子もいるよね。いくら創造神様の加護を得たとは言っても、元平民の少女が突然公爵家の娘になるのは、受け入れられない人がいるのは分かる。
でもこういう子とも、できれば仲良くなれたら良いんだけど。特にマルブランシュ侯爵家は高位貴族だし、オードラン公爵家との関係性は悪くなかったはずだ。仲が良いわけではないけど、挨拶はする程度の関係っていうのかな。
「では皆さん、これからよろしくお願いしますね」
「はい、アンジェリーヌさん、ありがとうございます。では次は――」
それから皆の自己紹介は問題なく進み、最後の一人が席に着いたところで、ノヴィエ教授が両手を頬の横で合わせた。
「皆さん、ありがとうございました。もう名前は覚えられたでしょうか」
名前ね……高位の貴族はできる限り覚えようと頑張ったけど、さすがに次から次へと挨拶されたら四、五人が限界だった。
「ではこれからの時間は、交流の時間とします。近くのクラスメイトとお話ししてみてくださいね。私も教室を回りますから、ぜひ話しかけてください」
交流の時間……ここがこれからの学院生活のために大切となるだろう。せめて席が近い人たちとは仲良くなっておきたい。
とりあえずさっきの自己紹介で、私の周囲にいる子たちの貴族家は仲良くなっても問題なさそうだったから、心配はいらない。
「レーナ様、先ほどもご挨拶させていただきましたが、改めてよろしくお願いいたします」
「ええ、よろしくね。メロディと仲良くなれて良かったわ」
「私もレーナ様とお話しできて、とても嬉しく思っています。……あなたにも話しかけて良いかしら? 先ほどから緊張しているようだけれど、大丈夫?」
私に対してふんわりと可愛く微笑んだメロディは、私の後ろの席に腰掛けている女の子に声を掛けた。
この子はさっきの自己紹介で、相当緊張していたのかほぼ聞こえない小声で挨拶をすると、すぐに座ってしまった子だ。
「だ、だ、大丈夫、です……」
また蚊の鳴くような声が聞こえてきた。後ろを振り返ると、女の子は肩をすくめて顔を俯かせている。金髪のボブヘアが可愛い子だ。