149、ノルバンディス学院の入学式
正門で軽い検査を受けて中に入ると、目の前に広がっていたのは思わずテンションが上がる光景だった。
瀬名風花時代に見てた、お嬢様学校みたい……!
あの漫画やアニメでよく見ていたやつだ。大きくて綺麗な石造りの建物に、綺麗に整えられた庭園が広がっていて、その庭園の真ん中にある広い通路は石畳。そして通路の真ん中には噴水まである。
自分がこの場にいることが、なんだか凄く嬉しい。別にこの作りはこの国で特別じゃないどころか、大多数の貴族家の屋敷と似たような作りなんだけど、学校がその作りになっていると特別に感じてしまう。
「では行こうか」
「うん。早く行こう……!」
リオネルと一緒に校舎に向けて通路を進んでいくと、周囲にいる生徒たちから視線を向けられていることに気がついた。
やっぱりリオネルの隣にいることもそうだけど、何よりも私のそばに浮かぶ金色の精霊、ルーちゃんがいるからだろう。
「目立ってるね……」
「これは仕方がないな。レーナもすぐに慣れるよ」
「うん。リオネルは堂々としてて凄いよ」
やっぱり、さすが公爵家の嫡男だ。視線になんて気づいてないかのように振る舞っている。
噴水を超えて校舎の入り口から中に入ると、そこには職員なのだろう男性がいて、入学式が行われる会場の場所を教えてくれた。
入学式は大ホールで行われるらしく、校舎とは渡り廊下で繋がっている別の建物だ。
大きな入り口を抜けてホールの中に入ると、そこはとても華やかな場所だった。入学式というよりもパーティー会場のようだ。
「オードラン公爵家のリオネル様とレーナ様ですね。お席へご案内いたします」
「ありがとう」
貴族の子息子女と、一部の裕福な商家の子供たちしかいないからか、職員の皆さんは入学者の顔と名前を覚えているようだ。
私たちは職員の女性によって、壇上に近いテーブルへと案内された。
「そういえば、入学式ってどんなことをするのか知ってる?」
席に着いて落ち着いたところで、さり気なく周囲を見回しながらリオネルに問いかけた。
入学式は日本で何度も体験したものと同じだと思い込んでたけど、この感じだと突然パーティーが始まってもおかしくなさそうだ。
「確か学院長による挨拶と、教授の軽い紹介、それから学院の説明とクラス発表だったはずだよ」
「そっか、そうなんだ」
良かったぁ……突然ダンスが始まったりすることはないみたい。それだけで安心する。
「私たちが何かをすることはないんだね」
「それはないと思う。ただ結構な長時間だって話は聞いたけど」
「……そこは頑張るよ」
やっぱりどの世界でも、入学式みたいな式典はちょっと退屈に感じる長さなのかな。
それからもリオネルと、優雅さを意識しながらもいつも通り話をしていると、壇上に一人の男性が上がった。副学長らしいその男性の言葉で、入学式が開始される。
「まずは学長からの挨拶です」
その言葉によって壇上に上がったのは、シルバーヘアを丁寧にまとめた清潔感のある男性だった。顔の雰囲気からして四十代ぐらいだと思うけど、かなりカッコいい。こんな先生がいたら、絶対に大人気だろうなと誰もが思うような容姿だ。
やっぱり貴族が通う学校は、トップからして雰囲気が違うんだね。
学長の挨拶は定型文のような今日を祝う言葉、そして無事に入学の日を迎えた私たちへの祝いの言葉、これからの三年間をどう過ごしてほしいかの激励の言葉など、ありきたりな内容だったけど、不思議と聞いていて飽きなかったしなぜか引き込まれた。
こういうのが貴族社会で必要な話術なのかな……今の私に最も足りない部分だ。
「学長、かっこいい人だね」
壇上から降りていくのを見送りながらポツリと呟くと、リオネルが微妙な表情で私に視線を向けた。
「レーナは学長について話を聞いてないの?」
「学長について? うん、特に何も聞いてないけど……」
「優先順位が低いから後回しにされたのか……ちょうど良い機会だから教えておくけど、学長は女性関係にはかなりだらしない人だよ。レーナが学長と会う機会はないだろうけど、一応気を付けておいて」
女性関係にだらしない……なんだかさっきまで感じていた入学への高揚感みたいなものが、一気に萎んだ気がする。
「結婚はしてないってこと?」
「いや、もちろんしてるよ。今は息子に譲ってるけど、伯爵位を持つ人だったから」
そこから聞いたリオネルの話をまとめると、学長は元伯爵で二十歳の時に政略結婚で妻を娶った。しかしそれだけでは飽き足らず、愛人を五人も作り、正式に認められていない愛人以外の女性も何人もいるらしい。
とても優秀な人で、女性関係にだらしないとは言ってもトラブルを起こしたことは一度もないらしく、悪い人ではないみたいなんだけど……あんまり近づかない方が良いことは確かだね。
まあ話に聞いてる限り、子供には興味がなさそうだから大丈夫だと思うけど。
「学長にどうしても会わないといけない時は、リオネルにも声をかけるね」
「うん、できればそうした方が良いかな」
そんな話をしていると、今度は教授紹介の時間になったようで、壇上にずらりと個性豊かな先生たちが並んだ。
その中の一人に……ダスティンさんがいた。