148、入学式の朝
今日はノルバンディス学院の入学式が行われる日だ。私は朝早くからパメラを中心とした侍女たちに身だしなみを整えてもらい、完璧な公爵家の子女に変身した。
色々とおしゃれな変更を施した制服は、実際に着てみるととても可愛くて綺麗だ。
「お嬢様、とてもお似合いです」
「そうかな……ありがとう」
パメラの賞賛に照れながらその場でくるんと回ってみると、スカートがふんわりと広がって、なんだか気分が上がる。
やっぱり制服って良いよね。公爵家に来てからはたくさんのドレスを着させてもらっているけど、制服は少し特別だ。
「お嬢様、ノルバンディス学院内に不届き者はいないと思いますが、私たちは近くでお守りできませんのでお気をつけください」
「とてもお可愛らしくて心配です。いざという時には、不届き者を吹き飛ばしてください!」
レジーヌが心配の声を発した直後に、ヴァネッサが瞳を輝かせながら拳を握りしめた。
「ヴァネッサ、吹き飛ばしちゃって良いの?」
苦笑しながら声を掛けると、ヴァネッサは笑顔で頷いてくれる。
「もちろんでございます。正当防衛です」
「お嬢様、もちろん御身を守られることが一番ですが、過剰防衛にはお気をつけください」
ヴァネッサの言葉に、パメラが冷静な一言を付け加えてくれた。
「やっぱりそうだよね。気をつけるよ」
実は精霊魔法の検証を一度は終えたこともあり、専属の三人には私の実力を知っておいてもらおうと、一通りの精霊魔法を見せたのだ。
するとヴァネッサはその強さに瞳を輝かせ、レジーヌは主人よりも強くあらねばと鍛錬を増やし、パメラは私の実力に安心しながらも力加減を間違わないようにと心配してくれた。
「実際のところ、どのくらいなら正当防衛の範囲内だと思う?」
「そうですね……相手を無力化はするけれど、軽傷以下の怪我しか与えないというのが一番の理想ではないかと思います」
無力化するけど軽傷に抑えるのか……それなら風魔法で近くの壁に押し付けて拘束するのが一番かな。風ならよほど強いものにしなければ、大怪我を負わせてしまうことはないだろう。
……まあそもそも、公爵家の子女である私が物理的な危害を加えられる可能性は低いと思うけど。創造神様の加護を得たことも広まってるんだもんね。
危害を加えられるのよりも、私の力を欲した人たちに攫われる可能性を気にした方が良いのかも。その場合はまた対処法が変わってくるだろうし。
「お嬢様、そろそろお時間ですので、エントランスに向かわれた方が良いかと思います」
色々と考えていたらパメラに声をかけられ、皆を連れて屋敷のエントランスに向かった。エントランスに着いて少しだけ待っていると、すぐにリオネルがやってくる。
これからは毎日リオネルと一緒にリューカ車に乗り、ノルバンディス学院まで向かう予定だ。
「リオネル、おはよう」
「レーナ、おはよう。制服が似合っているね」
「リオネルこそ。凄くかっこいいよ」
白いズボンに黒のジャケットの制服は、赤みがかった茶髪であるリオネルの髪色と合わさると、カッコ良さが増して見える。この見た目で性格は穏やかで優しい、さらには公爵家の嫡男なんて……うん、モテないわけがないね。
「どうかした?」
「ううん、なんでもないよ。さっそく行こうか」
「そうしよう。入学式に遅れては大変だ」
二人でリューカ車に乗り込むと、護衛が数人だけ共に付いてくる形で、リューカ車はゆっくりと動き出した。
ちなみに護衛は一緒に車の中に乗るのではなく、御者の隣に一人と後ろの立って乗れる部分に一人の、計二人が付いてくるらしい。今回はレジーヌが後ろに乗ってくれていた。
「今日は入学式の後にクラス分けの発表があって、昼食を挟んで午後には各クラスで自己紹介をし合うんだったよね?」
「そうだよ。今日はクラスの中で誰と仲良くするかを、それぞれが判断する場になるかな」
うわぁ……そう聞くと凄く憂鬱になる。でも貴族の子息子女が通う学校なんだから、大切なことだよね。
「リオネル、色々と迷惑をかけるかもしれないけどよろしくね」
「もちろん、分からないことは私に振ってくれれば良いよ」
「ありがとう……!」
なんだかリオネルが輝いて見えるよ。リオネル、本当に賢くて良い子すぎる。どうやったらこんな子に育つのか、お養父様とお養母様に聞きたいぐらいだ。
「そういえば、レーナはこっち方面に来たのは今日が初めてなんじゃない?」
「……確かに。ノルバンディス学院がある場所はなんとなく聞いてたけど、実際に来たことはないね」
ノルバンディス学院は公爵家の屋敷からそこまで近くなく、王宮から少し離れた場所にあるのだ。広い敷地を確保できるのがそこだけだったからと聞いたことがある。
「リクタール魔法研究院は、ノルバンディス学院に向かう道中にあるんだよね?」
「そうだよ。多分もうすぐ見えてくるんじゃないかな」
窓の外に視線を向けたリオネルに釣られて街並みを見回してみると、まだ少し遠いところに大きな建物があるのが見えた。
「もしかして、あれがリクタール魔法研究院?」
「えっと……ああ、そうだよ。いつ見ても綺麗だな」
「びっくりしたよ……」
リクタール魔法研究院には、遠目からでも分かるほどに精霊が集まっているのだ。ぼんやりとした四色に照らされた建物は、なんだか幻想的で美しい。
「なんであんなことになってるんだろう」
「徹底的に精霊が好む環境を敷地内に作り出してるらしいけど、私も入ったことはないから本当のところは分からないな。レーナが入学したら教えて欲しい」
「それはもちろん」
リクタール魔法研究院に所属することに関しては、面倒だなという気持ちが大半だったけど、少しだけ楽しみになったかもしれない。
地球にはなかった景色だからなのか、精霊がたくさん集まる光景は幻想的で好きなのだ。
それからもリューカ車に揺られていると、しばらくして無事にノルバンディス学院へと到着した。