147、検証の続き
休憩室は訓練場を出て少し歩いた場所にあり、事前に準備されていたからか、どちらの部屋にも同じ大きさのテーブルが一つあるだけだった。
その中にダスティンさんと私、それからクレールさんの三人で入る。
「どんな魔法を使って検証しますか?」
「今回は冷却魔法を使ってもらう。事前に私がここと全く同じ条件の部屋で冷却魔法を使い、何度魔法を使うと魔力が枯渇するのかを調べたのだ。それとも比較したい」
「そうなのですね。分かりました」
事前に比較対象になる検証をしてくれていたなんて、やっぱりダスティンさんは研究好きだよね。
「冷やすのはテーブル上に準備してあるベルリだ。一つずつ凍らせていき、魔力が枯渇した時点で凍らせることができた数を調べる。ちなみに私は十五個だった」
「この狭い部屋で十五個も凍らせられるのは凄いですね」
さすがダスティンさん、精霊魔法が得意だよね。私がこれをどこまで超えられるのか……想像ができない。
「呪文はダスティンさんが使っているものを教えてもらえるのでしょうか」
「もちろんだ。しかしこちらの部屋ではまず、詠唱はなしでやってもらう。さっそく頼めるか?」
「はい、やってみます。――ルーちゃん、ベルリを一つだけ凍らせてくれる?」
私のその呼びかけに、ルーちゃんは楽しそうにふわふわと浮かんでベルリに近づくと、ベルリは一瞬で凍った。
「もう一つだけ凍らせてくれる?」
その呼びかけにも、一瞬で答えてくれた。
それからも一つずつベルリを凍らせてもらい、百個準備されていたベルリがなくなるんじゃないか。そんな心配が脳裏を掠めたその時、ルーちゃんがさっきまでとは違う反応を見せた。
ベルリに近づいたけれど今までのようには凍らず、何だか申し訳なさそうな、元気がない様子で私の目の前にやって来たのだ。
「もう魔力がない?」
その問いかけに、ルーちゃんは私の周囲をぐるりと飛び回った。これは肯定の意味なのかな。
「ダスティンさん、魔力が尽きたようです」
「みたいだな……それにしても九十一個とは、信じられん」
「私もかなり驚きました。最初は準備しすぎじゃないかと思っていたのですが……」
ダスティンさんは眉間に皺を寄せた難しい表情で凍ったベルリと記録用紙、そして私とルーちゃんを順に見つめ、まずは検証の続きをしようと思ったのか休憩室のドアを開けた。
「もう一つの部屋に行こう」
「そうですね。まずは検証を終わらせてしまいましょう」
次の休憩室はすぐ近くにあり、そこにもベルリが百個準備されていた。ダスティンさんに呪文を教えてもらい、毎回それを唱えてベルリを凍らせていく。
結構長い詠唱だから、何度も唱えるのは割と大変だ。魔力が枯渇する前に私の喉が枯れそう。心の中で唱えるだけで答えてくれるルーちゃんは、本当に優秀だ。
そんなことを考えつつひたすら詠唱していると、九十一個目のベルリを凍らせてもらおうと詠唱したところで、ルーちゃんが動きを止めた。今回は九十個が記録みたいだ。
「これは、詠唱のあるなしは関係がないってことですよね?」
「そうなるな。一つぐらいは部屋の密閉度などで誤差だろう」
この検証結果には少しホッとして、体の力を抜いた。もしここで詠唱した方が魔力の消費量が抑えられると分かれば、私も詠唱の勉強を本気でしなければいけないところだったのだ。
詠唱がなくても魔力消費量が増えることがないなら、今後も覚える必要はない。まあ、いずれ時間に余裕ができたら勉強したいとは思ってるんだけどね。その時の楽しみにとっておこう。
「レーナの精霊魔法は他の者より五倍、下手したら十倍ほど魔力の消費効率が良く、それは詠唱無しの場合でも変わらないということだな」
ダスティンさんは検証結果と考察を書いているのか、テーブルで熱心にペンを走らせている。紙を見つめる瞳は何だか楽しげだ。
それからも私たちは、異空間収納で素材が変質するかどうかの確認や、身体強化と付与魔法の程度に関する検証、それから治癒魔法の有用性についてなど、さまざまな検証を行い、気づいたら夕方になっていた。
「ではレーナ、続きはまた今度にしよう。次の検証では攻撃魔法の練習をする時間も取るので、そのつもりでいてくれ。公爵家では練習をする時間はないだろう?」
「はい。時間をとっていただけるとありがたいです」
攻撃魔法はいざという時にしか使うつもりはないけど、自衛手段として咄嗟に使えるようにしておきたい。
「次回の検証の日程はどうするか……さすがに入学前にはもう時間が取れないか?」
「そうですね……勉強も追い込みをしたいですし、できればもう少し余裕ができてからにしていただけるとありがたいです」
「分かった。では次の検証の日程についてはレーナが学院に入学後、改めて伝えることにしよう。学院で直接話す機会はあるだろうが、難しければ公爵家に手紙を出す」
「分かりました。よろしくお願いします」
学院での生活がどうなるのかは入学してみないと分からないけど、ダスティンさんとのんびり話す時間があるような、楽しい学院生活だったら良いな。
「そういえば、ダスティンさんは入学式には出席するんですか?」
「ああ、出席するようにと言われている。教授席にいるだろうな」
「そうなのですね。ついにダスティン教授と呼ばれるように……」
何気なく発したその言葉に、ダスティンさんは眉間に皺を寄せながらも曖昧に頷いた。
「そうだな。全く慣れないし違和感しかないが、学院ではそう呼ぶようにしてくれ。ただ他の場では止めてほしい」
「分かりました」
嫌そうなダスティンさんの表情に苦笑しつつ頷くと、少しだけ眉間の皺は解消された。ダスティンさんって笑顔の方向に表情筋が動くことは稀だけど、嫌そうな表情には簡単に動くよね。
そんなことを考えてしまい、口角が上がりそうになったのを抑えるため頬に力を入れた。
「では学院でもよろしくお願いします」
「ああ、よろしくな」
そうして精霊魔法の初回の検証は終わりとなり、私は待ってくれていた皆と共に、オードラン公爵家の屋敷に戻った。