146、精霊魔法の検証
「……これは、大変だな」
ダスティンさんが、炭になった虫を凝視しながらポツリと呟いた。
「どうすれば良いのでしょうか。自分がこんなに怖い存在だったなんて……」
問いかける声が、少し震えてしまう。だって虫にこれが適用されるってことは、私が嫌いだと思った人間にも適用される可能性があるよね……?
急に地面が消え落ちていくような感覚に陥り、思わず近くにいたダスティンさんの服の裾を掴んだ。するとダスティンさんは私の手を掴み、真剣な表情で口を開く。
「レーナ、精霊と心を通わせるんだ。ただ願うだけでは、発動しないようにしなければならない。例えば何かしらの言葉を条件にして、その後に願ったもののみを叶えてもらうというのはどうだ?」
「そんなこと、できるのでしょうか……」
「できなければ、レーナは危険人物と判断されてしまうかもしれない。私でも精霊との意思疎通が少しはできるのだから、レーナならばできるはずだ」
ダスティンさんのその言葉に決意を固め、私はゆっくりと頷いた。
「やってみます」
金色の精霊に視線を向けると、いつも通り何の意思もないようにふわふわと浮いている。
「精霊さん、私はレーナです」
とりあえず挨拶からと声を掛けてみたけど、精霊はいつもと変わらずふわふわ浮いているだけだ。でも……いつもよりちょっと嬉しそう?
「いつも魔法の発動、ありがとうございます。今日はお願いがあって、魔法の発動時の条件を決めたくて……」
その言葉を伝えた瞬間、精霊が私の目の前にやってきた。金色の精霊がキラキラと光り輝きながら、私の瞳を覗き込んでいる……気がする。
「えっと……何が良いかな」
何のキーワードが良いだろう。覚えやすくて使いやすいやつが良いから、精霊に名前でも付けようかな。金から連想してゴールド、ゴーちゃん? いや……ルーちゃんの方が可愛いかも。
「あなたの名前を決めたいんだけど、ルーちゃんで良いかな?」
そう問いかけた瞬間、精霊が私の周りを一周してまた目の前に止まった。これは……喜んでるよね。
「ルーちゃんって呼んだ後に願ったことだけ叶えてくれる?」
「――意思疎通ができているのか?」
私たちの様子を見ていたダスティンさんのその言葉に、私は曖昧に頷いた。
「多分……ちょっとやってみますね。ルーちゃん、水の球を私の手のひらの上に出してくれる?」
そう言って右手を前に突き出すと、一瞬後には大きくて綺麗な水球が現れた。
「おおっ、ルーちゃんありがとう」
その水球を少し遠くの地面に落としてから、今度は名前を呼ばずに声を掛けてみる。
「私の目の前に水球を出して」
今度は――何も起きない。
「ルーちゃん! 凄いね!」
本当に言葉が通じるなんて……そう驚いていると、ダスティンさんも瞳を見開き私とルーちゃんを交互に見つめていた。クレールさんも珍しく、驚きを露わにしている。
「ダスティンさん、できました」
「……できたな。まさか本当にできるとは……」
「これって凄いことなんでしょうか? ダスティンさんと精霊の間で行われる意思疎通より高度なレベルですか?」
「かなり高度だな……先ほどのやりとりを見ている限り、この金色の精霊はレーナの言葉を全て理解しているようだった。普通はそんなことなどあり得ない」
やっぱり金色の精霊だから特別なのかな。創造神様の色を纏った精霊ということで。
「これってマズい事態でしょうか?」
「いや、意思疎通ができずに魔法の発動をレーナが制御しきれないよりはよほど良い。だが騒ぎにはなるだろうな。特に精霊を研究している者たちの間では」
確かにそういう人たちにとって、私とルーちゃんはかなり興味を惹かれる存在だよね。でもその程度なら仕方がない。危険人物だと判断されるよりはマシだ。
「とりあえず、先ほど起こったことを全て記録しておきたいので、色々と質問しても良いか?」
「もちろんです」
それからは研究者となったダスティンさんに私とルーちゃんのことを事細かに聞かれ、ダスティンさんがメモしている紙が三枚目に突入したところで、やっと聞き取りは終わった。
「これで良いだろう。では、次の検証に移ろう」
「分かりました。次は……詠唱した場合の魔力消費量が変化するかについての検証ですか?」
紙を覗き込みながら問いかけると、ダスティンさんは大きく頷き荷物をまとめ始めた。
「そうだな。この検証は全く同じ大きさの狭い部屋を二つ使い、魔法を何度発動したら魔力が枯渇するのかについて調べようと思っている。少し移動するぞ。王宮にある小さな休憩室を準備しているのだ」
「分かりました」