145、ダスティンさんの眼鏡
今日はダスティンさんと約束をした、精霊魔法の検証を行う日だ。私は約束の時間まで私室で勉強に励み、リューカ車に乗って王宮に向かった。
「レーナ様、お待ちしておりました」
王宮に着くと約束通りクレールさんが迎えに来てくれていて、私は騎士団の訓練場まで案内された。
パメラ、ヴァネッサ、レジーヌには訓練場の出入り口で待機してもらい、中に入るのは私とクレールさんだけだ。
「あっ、ダスティンさん」
訓練場に入るとすぐの場所にダスティンさんがいて、そこにはテーブルと椅子が設置されている。ちなみにこの訓練場は、体育館のような感じで室内だ。しかし地面だけは土なので、体育館というよりも小規模な球場? みたいな感じかもしれない。
「レーナ、来たな」
「おはようございます。――クレールさんも、お久しぶりです」
さっきまではパメラたちがいて声を掛けられなかったので振り返ると、クレールさんはなんだか嬉しそうな表情で私に頭を下げてくれた。
「お久しぶりです。レーナさん、この度はダスティン様が王宮に戻られるきっかけを作ってくださり、ありがとうございました」
「いえ、意図したものではないですから」
やっぱりクレールさんはダスティンさんの近くにいれるようになって、喜んでたんだね。
「それでも感謝しております。しかし、レーナさんは大変でしたね」
「そうなんです。創造神様の加護を得たときには驚きました」
「本日は特別な精霊魔法が見られることを、楽しみにしております」
そこで私とクレールさんの会話が途切れ、ダスティンさんが一枚の紙を持って私の下にやってきた。
「レーナ、さっそく検証を始めても良いか?」
「もちろんです……って」
「どうしたんだ?」
私がダスティンさんの顔を凝視して固まったからか、ダスティンさんは訝しげに眉間に皺を寄せた。
「ダ、ダスティンさん、眼鏡はどうしたんですか?」
そう、いつも掛けていたメガネがなかったのだ。それがないだけで、かなり印象が変わる。具体的には取っ付きにくさが少しだけ和らぐ感じだ。
「ああ、あれは伊達メガネだったのだ。変装目的のな」
「そうだったんですね……あれ、でもこの間はまだ着けてましたよね」
「もう眼鏡があるのに慣れてしまったから、これからも着けようと思っていた。しかし兄上がない方が良いとうるさくてな……仕方なく外すことにしたんだ」
ベルトラン様が……確かに気持ちは分かる。眼鏡がない方がほんのちょっとだけ優しい雰囲気になってるもんね。それに美形なのが際立つ気がする。
こうして改めて見ると、ダスティンさんってかなり顔が整ってるよね。ほぼ無表情だから、氷の貴公子とかって呼ばれそうな感じ。
「顔に何か付いているか?」
「いえ、整ってるなと思っていただけです」
「……そうか? それならばレーナだろう」
「え、ダスティンさん、私の顔を整ってるって思ってたんですね」
意外な言葉に驚くと、ダスティンさんは呆れた様子で口を開いた。
「その容姿を整っていないと判断する者はいないだろう」
「それを言ったら、ダスティンさんも同じだと思いますけど」
「いや、私は整っていると言われたことなどほとんどないぞ」
「それは無表情だからですよ。笑顔なら絶対にいろんな人から言われるはずです」
両頬に指を当てて口角を上げるようなジェスチャーをすると、ダスティンさんは嫌そうな表情で首を横に振った。
「別に容姿を褒められなくとも構わない」
「……確かにそうですよね」
ダスティンさんが喜ぶはずなかった。
「レーナ、そんな話は良いから早く検証をするぞ」
「分かりました。まずは何からやるんですか?」
「とりあえずこの紙を見てくれ。検証したいことを色々と列挙してきた。まずやりたいのは一番上の、魔法の発動条件についてだ」
紙を覗き込んでみると、そこには心で願ったことをどこまで精霊が拾ってくれるのか、そんな内容のことが書かれていた。
「確かに……これは重要な点ですね。今まで深く考えていませんでした」
私が心の中で思ったことを全て精霊が形にしてくれるとしたら、かなり怖いよね。例えば――――いや、考えるのはやめておいた方が良いのかも。
「今まで意図せずに魔法が発動したことはあるか?」
「いえ、今のところはありません。ただ忙しくて何かを願うようなこともなかったですし……」
「分かった。では色々と検証をしてみよう。まずは……そうだな、そこにいる虫が嫌いで駆除したいと心の中で唱えてみてくれ。ただしその時に精霊のことは意識しないように」
「分かりました。やってみます」
――虫がいるの嫌だな。
まずはそれだけを考えてみたけど、特に何も起こらなかった。じゃあ次は。
――この場からいなくなって欲しいな。
「うわっ!」
いなくなって欲しいと考えた瞬間、金色の精霊がふわっといつもより素早く飛んで、次の瞬間には虫が燃えて炭になっていた。