144、離れに泊まる日
リオネルたちとお茶会をした次の日の夕方。私は公爵家に来て初めて、離れに泊まるために準備をしていた。今日は夕食も離れで皆と作って食べる予定なので、凄く楽しみだ。
「お嬢様、私たちは離れの入り口に控えておりますので、何かありましたらすぐにお声がけください」
「ありがとう。助かるよ」
「当然のことでございます」
パメラが私の着替えなど一式を鞄に詰め、荷物を全て持ってくれる。
「じゃあ行こうか」
「かしこまりました」
スキップしたくなる気持ちを抑えて離れまでの道をお淑やかに歩き、渡り廊下に入ったところで、先にある離れの入り口が開いているのが見えた。
あれは……お父さんかな。
「レーナ!」
私の姿に気づいたお父さんは、面白いほどに顔を輝かせて名前を呼んでくれる。もしかして、ずっと扉を開けてこっちを見てたのかな。お父さんならやりかねない。
重すぎる娘愛に苦笑が浮かぶけど、それ以上に嬉しくて離れに向かう足を早めた。
「お父さん、出迎えありがとう」
「当然だろ? さあ、早く中に入れ。皆様、レーナのことは少しの間お預かりいたします」
お父さんが綺麗な敬語と礼でパメラたちに声を掛けると、皆も同じく礼をして「よろしくお願いします」と口を揃えた。
「じゃあ皆、また明日ね」
「はい。レーナ様、良い時間を過ごされることを願っております」
「こちらの離れは私たちが守り抜きますゆえ、ご心配なく過ごされてください」
「パメラ、ヴァネッサ、レジーヌ、ありがとう」
皆に手を振ってから離れに入りドアを閉めたところで、お父さんが私の頭に手を当ててぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜた。
「レーナ、久しぶりだな!」
「ちょっとお父さん、せっかく整えてもらってたのに」
「レーナ、いらっしゃい」
「あんまり変わらないな」
「お母さん、お兄ちゃんも久しぶり。こんなに短期間で変わらないよ」
私のその言葉に、皆がそれもそうだと笑みを浮かべる。
なんだかとても心が安らぐな……やっぱり家族皆といると、一番気が抜ける。
「もう少しレーナと会えるかと思ったが、同じ屋敷にいるのに全く会えないな」
「本当だよね。お父さんは庭師見習いだっけ?」
私がソファーに腰掛けると、皆もソファーに集まってきた。私の隣はお兄ちゃんで、向かいにお母さんとお父さんだ。
「おう、そうだぞ。ラルスが料理人見習いで、母さんがメイドだ」
「私はメイドと言っても、見習いの立場だけどね」
「皆はどんな仕事をしてるの?」
「俺は食材の下拵えをしてるぞ」
お兄ちゃんが力こぶを作るようにして拳を握り締めると、お母さんがそんなお兄ちゃんに苦笑を浮かべつつ声を掛けた。
「まだ食材を洗ってるだけでしょう?」
「なっ……母さん、それも立派な下拵えだからな!」
「まだ包丁は持たせてもらえないんだよな」
「そうなんだよ……まあすぐに一品ぐらい任せてもらえるようになるぜ」
そう言ったお兄ちゃんは明るい笑顔だ。とりあえず、楽しく仕事をしてるみたいで良かった。
「お母さんとお父さんはどうなの?」
「私はまだ仕事を教えてもらっているところね。いろんな物品の扱い方などよ」
「父さんは一人の庭師に付いて荷物持ちだな」
「私の生活圏内とは被らなそう?」
「そうね……レーナと仕事中に会うことはなさそうよ」
「父さんも公爵家の方々がいらっしゃらないところを整備するからな」
確かにそうだよね。庭師は特に私たちから願わない限り、姿を見ることはない仕事だろう。メイドだって侍女に昇格しない限りは、裏方の雑用だよね。
「しばらくはここで会うだけになるね」
「そうね。でもお母さんはその方が良いわ。レーナに仕事をしているところを見られるのは、なんだか緊張するもの」
「それ分かるな」
「そうか? 父さんはレーナと会えたら嬉しいぞ」
お父さんのその言葉に皆で笑い合い、それからもたくさんの話をした。そしてお腹が空いてきたところで、一緒に料理をして夜ご飯だ。
「お母さんの料理、久しぶりだね」
「公爵家の料理人さんたちには及ばないでしょうけど」
「ううん、お母さんの料理にはお母さんの料理の良さがあるんだよ」
とてもシンプルな野菜の炒め物と焼きポーツの肉巻きだけど、懐かしくて凄く美味しい気がする。日本人がなんだかんだ白米と味噌汁が好きなんだって言う、あれと同じような感じだ。
「美味しい」
「ふふっ、良かったわ。……そういえば、レーナは色々と大変なの?」
「うーん、大変だけど楽しいこともあるかな。凄く良くしてもらってるから嫌なことはないよ。忙しいけどね」
「そうか、それなら良かったな」
「うん。今日ここで皆と話をしたから、また明日から頑張れそう」
私のその言葉に皆は優しい笑みを浮かべてくれて、お兄ちゃんは焼きポーツの肉巻きを少しだけ分けてくれた。
そうしてそれからも楽しくて穏やかで心安らぐ時間を過ごし、私はここ最近の疲れを全て癒して、また公爵家の令嬢としての生活に戻った。
いつも読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
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書籍だけの書き下ろしなどもありますので、よろしくお願いします!
蒼井美紗