142、ロペス商会について
最初は最近流行っているものや人気のお店など、当たり障りのない会話でお茶会は進んでいった。しかし時間が経つにつれて皆も慣れてきて気持ちが緩んだのか、遠慮なく色々なことを質問される。
「お姉様は、平民だった時にどのような生活をしていたのですか?」
「私は毎日仕事かな。平民は働ける歳になったら、基本的には毎日朝から夜まで仕事をするの。休みの日は市場っていう屋台がたくさん並んでいる場所に買い物に行ったり、自宅で料理をしたりもするかな」
「本当に仕事をするのですね」
アリアンヌは学んでいた情報が正しいと知って、驚いているようだ。リオネルも興味深そうに頷いている。
「レーナはどのような仕事をしていたの?」
「私は商会で裏方だよ。ロペス商会っていう名前なんだけど、知ってる?」
「いや、聞いたことはないかな……」
やっぱりロペス商会は、まだ貴族社会では知られてないのかな。
――そういえば、私が養子になって商会を呼べるようになったら、ロペス商会を呼ぶって約束したんだった。今度呼べるのかどうかパメラに聞いてみよう。
そんなことを考えていたら、リオネルとアリアンヌが思わぬことを口にした。
「今度うちに呼んでみようか」
「お兄様、それはとても良い案ですわ。お姉様のお仕事仲間ということでしょう? 気になるわ」
「商会を呼ぶの? お姉さまがいたところ?」
エルヴィールも嬉しそうに笑っている。
「ええ、そうよ。会ってみたいでしょう?」
「うん!」
「では呼びましょう。いつが良いかしら」
「私はいつなら空いていたかな……」
それからはリオネルとアリアンヌが中心となり、そろそろノルバンディス学院への入学もあるということで、約一週間後にロペス商会をオードラン公爵家の屋敷に呼ぶことで決定となってしまった。
ギャスパー様、一週間の猶予があれば公爵家に突然呼ばれても大丈夫でしょうか……急な呼び出しになってしまって本当にすみません!
心の中でそう謝りつつ、二人が決めた日程に了承するため頷いた。
「一週間後が楽しみですわ」
「私も楽しみ! ロペス商会は、どんなものが売ってるの?」
「そうね……基本的には高級食品かな。ただあくまでも平民目線での高級品だから、皆にとってはいつも食べている食品かも」
そんな私の言葉に、リオネルが顎に手を当てて驚きの言葉を口にした。
「食品ならば、料理長にも同席させたら良いかもしれないな。もし質が良いものならば、我が家でも定期的に仕入れたいから」
「確かにそうですわね。食品の質は仕入れルートによりますから、思わぬ高品質の食材があるかもしれません」
「では料理長にも話をしておこう」
「お兄様、よろしくお願いいたします」
まさか、料理長が同席することになっちゃったよ……でもギャスパー様からしたら、これは大チャンスだよね。ロペス商会で売っていたものが貴族社会に通用するほどの品質かは分からないけど、なんとかギャスパー様には頑張って欲しい。
それからはロペス商会の話が終わり、また別の話でお茶会は盛り上がった。そしてアリアンヌとエルヴィールが花を見るために席を外したそのタイミングで、リオネルが何気なく衝撃的な言葉を口にする。
「そういえば、レーナは平民街に恋人はいなかった?」
その質問が予想外すぎて、お茶を手に持ったまま固まってしまった。まさかこのタイミングで、恋愛の話になるとは思わなかった。
「なんで、そんなことを……」
「いや、もしいたのなら申し訳ないなと思ったから」
「申し訳ないって、どういうこと?」
「多分レーナは私の婚約者となるだろう?」
「――え、そうなの!?」
次に放たれたもっと衝撃的な言葉に、お茶のカップをガチャっと音を立てて置き、その場に立ち上がってしまう。お嬢様らしさは衝撃で完全に消え去ったよ。
だって、婚約なんて……私とリオネルが? 本当に?
もうそれって決定事項なのかな。確かにリオネルが同級生だって聞いた時は、もしかしたらその可能性もあるかもとは少し思ったけど……あくまでも可能性は低いって認識だった。
だって私は創造神様の加護を得ているとはいえ、スラム生まれの平民だ。
「父上からは何も聞いていないけれど、可能性は高いと思ってる」
「そうなんだ……」
お養父様のことや貴族社会をよく知るリオネルがそう思ってるなら、私が思っている以上に婚約となる可能性が高いのかもしれない。
「私では嫌か?」
私が黙り込んでしまったからか、リオネルは窺うような眼差しで私の顔を覗き込んだ。その瞳を見て、なんて答えれば良いのか分からず、立ち上がっていた椅子に再度腰掛ける。
嫌だとは思ってないけど……嬉しいという気持ちは、あまり湧いてこない。リオネルは少し接しただけでも穏やかで優しい性格だと分かるし、さらには公爵家の嫡男だし、確実に優良物件なんだけど……
「……まだ、分からないかな。リオネルとは会ったばかりだし」
「確かにそれもそうか」
「――リオネルは、もし私を婚約者にって言われたらそれで良いの? 恋人はいないとしても、好きな人とか」
私の気持ちはなんだかぐちゃぐちゃでまとまりそうになかったので、リオネルに話を振ることにした。
すると今まで通りの微笑みで「問題ないよ」と返されるのだろうという予想に反して、リオネルの表情は少しだけ寂しそうに陰った。