140、ダスティンさんのこれから
魔法の検証が行われる日を楽しみに思っていると、ダスティンさんがふと何かを思い出したような様子で口を開いた。
「そうだレーナ、こういう私的な場以外では私に敬称をつけないわけにはいかないと思うが、絶対に第二王子殿下とは呼ばないように」
「……なんでですか?」
「殿下と呼ばれるのは嫌なんだ。また王位継承がどうとか、うるさく言ってくる貴族が絶対にいるからな」
ああ……確かにいそうだね。それが嫌で、クレールさんにもダスティン様って呼ぶようにと言ってたんだっけ。
「ダスティン様と呼びますね」
「そうしてくれ。――私はノルバンディス学院の魔道具講師もすることになったので、その時にはダスティン教授だな」
「え、そうなんですか!?」
サラッと告げられた内容が驚きの事実だった。ダスティンさんが学院で教授をやるんだね……ちょっと、いやかなり嬉しいかも。そして学院への入学に対して感じていた不安が、一気に消えた気がする。
ダスティンさんがいるって聞くと、なぜか大丈夫だと思えるんだよね……
「その授業は私も受けるのでしょうか」
「受けるはずだ。全学年に対してだからな」
「ではダスティンさんの授業、楽しみにしていますね」
笑顔でそう伝えると、ダスティンさんは嫌そうな様子で眉間に皺を寄せた。
「……楽しみにはしていなくて良い」
「授業、乗り気じゃないんですか?」
「それはそうだろう。私だぞ? 大勢の前で話をする教授という立場が向いていると思うか?」
「確かに……あまり向いてはいなそうです」
基本的に無表情だし、生徒たちに怖がられる可能性もありそうだ。ずっと表舞台に出てこなかった王子様となれば、注目の的だろうし……ダスティンさんって、注目を浴びるの好きじゃないよね。
「ご令嬢方にも人気になるのでしょうか」
思わずそんな言葉が溢れ落ちた。病弱で引きこもりだったとはいえ王子様だし、妻の立場を狙う人はたくさんいそうだ。ちょっと怖いけど顔は整ってるし、歳もまだ二十代前半だったはず。
「……嫌なことを言うな」
「美しいご令嬢方に声を掛けられたら、嬉しくないのですか?」
「あれは美しいご令嬢というよりも、肉食獣だろう」
そう言うダスティンさんは、本当に嫌そうな表情だ。
この話はあんまり続けない方が良いかな……私としても、ダスティンさんが他のご令嬢と仲良くしているのを想像するのは……少しだけ、嫌だ。
ダスティンさんが特定の相手を作ってしまったら、私と会える時間は一気に減るだろう。それは寂しいし、少し心細い。
もう少し私がこの貴族社会に慣れるまでは、せめてたまには会える立場でいて欲しい。
「そうだレーナ、一つ伝えておきたいことがあるんだ」
私とダスティンさんが黙ったところでベルトラン様が声を掛けてくださったので、私はそちらに視線を向けた。
「なんでしょうか」
「二人が平民街でも関わりがあったことを、陛下は全て知っておられる。したがってこれから陛下と接する時には、それを前提にすると良い」
「知っておられるのですね。かしこまりました」
陛下が全てを把握してくれているのは、心強いな。色々と不安もあるけど、国のトップがここまで私の味方でいてくれているのは本当にありがたいことだよね。
「そうだレーナ、魔道具の研究は学院で続けることになるから、レーナは私の研究室に所属してほしい。またアドバイスを頼んでも良いか?」
「研究室なんてものがあるのですか?」
「ああ、学院の教授はそれぞれの専門分野を研究する役目もあるんだ。その研究室には、生徒が自由に所属できる」
「そうなのですね。ではすぐに所属します」
ダスティンさんに必要だと言われて嬉しくて、頬が緩むのを感じながら頷いた。
「ありがとう。せっかくだから飛行の魔道具の完成を目指そうと思っている」
「飛行の魔道具……まだまだ先は長そうでしたもんね。洗浄の魔道具と染色の魔道具の改良はどうするんですか?」
飛行の魔道具は失敗続きでまだ成功の糸口が見えていなく、洗浄と染色の魔道具はとりあえず完成しているけど、もっと使い勝手が良いものに改良するための研究は続けていた。
「とりあえず、その二つは後回しにすることに決めた。学院ではさまざまな素材を自由に取り寄せられるし、まずは飛行の魔道具だ」
「おおっ、それは凄いですね。では素材がなくてできなかった研究をやりましょう!」
「そのつもりだ」
私の言葉に頷いたダスティンさんは、なんだか楽しそうな笑顔だ。やっぱりダスティンさんは魔道具が好きだよね。
「……そういえばダスティンさんって、学院には通ってなかったんですよね?」
「そうだな。学院に通う歳の頃は離れと平民街にいた」
「やっぱりそうなんですね……では、せっかくですから学園生活を楽しみましょう」
学校での思い出がないなんて寂しいと思ってそんな言葉を口にすると、ダスティンさんは驚いたように瞳を見開いた。
「……どうしたんですか?」
「いや、学院を楽しむなど考えてもいなかったと……」
「そうなんですか? どうせなら楽しんだほうが良いじゃないですか。まあダスティンさんは生徒ではないので、普通の学院生活とは違うと思いますが……」
教授って忙しくて楽しむ時間なんてないのかな。でもイベントとかがあれば、責任者的な立ち位置として教授や職員が参加するイメージだ。
「そうだな……楽しむか。それも良いかもしれないな」
「そうですよ」
僅かに微笑んだダスティンさんの表情を見て、私もなんだか嬉しくなって笑みを浮かべた。
それからもダスティンさんとベルトラン様と雑談を楽しんでいると、陛下とお養父様が戻って来て、顔合わせは終わりとなった。