14、仕事ゲット!
次の日も昨日と同じように昼の時間を有効活用して市場に向かうと、私に気付いたジャックさんが明るい表情で声をかけてくれた。
「レーナ、やっと来たか!」
「ジャックさんおはよう! どうだった……?」
「雇って良いって言われたぞ! 昨日本店に売り上げの報告に行って、ついでにレーナのことを伝えようと思ったらちょうどギャスパー様がいてよ、俺の話を聞いてくれたんだ。そしたら面白そうだから雇っていいってさ!」
ジャックさんは自分のことのように嬉しそうに報告してくれる。この人めちゃくちゃ良い人じゃん……私は声をかけた人選が間違っていなかったことを実感して、よくやったと心の中で自分を褒めた。
「ジャックさん、本当にありがとう。どういう契約になったのか聞いても良い?」
「ああ、契約書をもらって来たんだ」
そう言ってジャックさんが懐から取り出した紙には、所狭しと文字が書かれている。この世界でこんなにたくさんの文字を初めて見た……!
「もしかして、ジャックさんって文字を読めるの!?」
「ああ、商会で雇われた時に教えてもらえたからな。だからこれは俺が読み上げてやるぞ」
「ありがとう! あと申し訳ないんだけど……私に文字を教えてくれない? 空いてる時間だけで良いから、お願い!」
私はこの国の文字をほとんど読めないのだ。市場で使う数字や、一部の商品の名前がなんとなく判別できる程度にしか読めない。誰かに文字を教えてもらいたいとは思ってても、誰も扱える人がいなかったんだよね……ジャックさんは救世主だ。昨日は老けてるとか思ってごめん。今はめちゃくちゃ輝いて見えるよ……!
「レーナは文字を習いたかったのか」
「うん! 少しずつで良いから、教えてくれたら嬉しい」
「まあ、時間がある時になら良いぞ。俺も人に教えたらより深く理解できるようになるしな」
「ジャックさん……本当にありがとう!」
私が感動で瞳を潤ませながら感謝すると、ジャックさんは少しだけ頬を赤くして照れたように頭を掻いた。
「いいってことよ」
「本当にありがとう。あとさ、ジャックさんって丁寧な言葉? 例えばギャスパー様と話すときに使う言葉とか、そういうのって使いこなせる?」
「敬語のことか? それはもちろん使えるけど」
「敬語! それも教えてほしいの。お願いします!」
思わずガバッと頭を下げてお願いすると、ジャックさんはギョッとしたように目を剥いて、それから慌てて私の頭を上げさせた。
「そんな頭なんて下げるなよ。というか、そんなのどこで覚えたんだ?」
「あっ、えっと……門で兵士の人がやってて」
「それは貴族様でも来てたんだろ。俺にやったら目立つからやめてくれ」
「分かった。気をつけるよ」
頭を下げるのはそこまで一般的にやる動作じゃないのかな。貴族様にってことは、身分差がかなりある時だけなのかも。あんまり頭は下げないようにしよう。
「それで敬語を教えるんだったな。別にそれも構わねぇよ。それにしてもレーナはスラム生まれスラム育ちなんだろ?」
「そうだよ」
「それでここまで情報を集めて向上心があるのはすげぇな」
「ありがとう。自分で動かないと環境を変えられないからね」
私が拳を握りしめてこれから頑張ろうと気合を入れていると、ジャックさんは私の頭を優しく撫でてくれた。
「じゃあ俺も頑張って教えてやるよ。それで今は契約書を俺が読むので良いか?」
「うん。お願いします」
それからお客さんを捌きながら空いた時間で契約書を読んでもらったところによると、とりあえず私の勤務は毎日六の刻から八の刻までらしい。そして給料は一日で銅貨一枚だそうだ。
「ジャックさん、六の刻って具体的にはいつ?」
「あ、そういえばスラムには時計がないんだったな。鐘も聞こえないし時間を知らねぇのか」
私はジャックさんのその反応を聞いて、この国にも時計があるんだーと感動していた。学ばないといけないことがたくさんあるね……凄い、わくわくする。
「それも教えてくれる?」
「まあ良いけど……何も知らねぇやつに教えるのは大変だな。とりあえず後で時間があるときに教えるから、今日は勘弁してくれ。とりあえず六の刻は日が一番高い時だ。そこから七の刻、八の刻って時間は過ぎて、九の刻が日が沈むぐらいの時間だな。だからお前は日が沈むより一刻前に仕事が終わりになる」
うぅ……日本の時間感覚とかなり違うみたいだ。これは慣れるまで大変そうかも。とりあえずお昼から夕方までは仕事って覚えておこう。仕事の開始に遅れなければ良いよね。
「じゃあ明日から日が一番高い時間にはお店に来るよ」
「ああ、そうしてくれ。給料は毎日俺が手渡しすることになってるから、帰りに渡すぞ」
「ありがとう。銅貨一枚だよね」
ポーツ一つの現物支給でも良いって伝えたことから考えたら、銅貨一枚はかなりありがたい金額だろう。毎日それだけもらえたら十日で小銀貨一枚になる。うちの生活が楽になるよね……お母さんとお父さんは喜んでくれるかな。
「じゃあ最後に契約書にサインだけ書いてほしいんだが、お前の名前の書き方を教えるから、それを真似してここに書いてくれるか?」
「もちろん!」
私は自分の名前の文字が分かるんだと嬉しくなり、食い気味に頷いた。するとジャックさんは苦笑しつつ、あの黒い板に短い文字を書いた。私には模様にしか見えないけど……これがレーナって意味なのか。
「これだ。このペンを使ってここに書いてくれ」
「うん」
ペンはインクを付けて書くタイプのもので、この契約のために商会から借りてきたんだそうだ。私は絶対に壊さないようにと注意して、久しぶりの文字を書いた。
「……これで良い?」
「ああ、凄いな。なんで最初からそんなに上手くペンが持てるんだ……?」
「上手かった? まあ、たまたまだよ。それよりもこれで契約完了だよね!」
「おう、今日からは同僚だな」
そっか……同僚か。ヤバい、嬉しすぎる。スラム街から抜け出す第一歩を確実に踏み出せた気がする。これから頑張ろう!
「ジャックさん、これからよろしくね」
「ああ、こちらこそよろしくな」
私は優しい笑みを浮かべてくれているジャックさんと、固く握手を交わした。