137、王宮へ
オードラン公爵家で生活を始めてから数日が経過した。この数日はとにかくこの暮らしに慣れようと積極的に屋敷の中を動き回り、さらにはノルバンディス学院へ入学のため、基礎知識の習得に力を入れた。
かなり忙しい日々だったけど、パメラたちの尽力もありなんとか疲労を翌日に持ち越すことなく過ごせている。
「レーナお嬢様、そろそろお時間ですのでエントランスに参りましょう」
「もうそんな時間?」
読んでいた教材から顔を上げて時計に目を向けると、確かに出発予定時刻まであと少しだった。
今日は王宮で改めて陛下と王太子殿下、そしてダスティンさんと顔合わせがあるのだ。少し緊張しているけど、ダスティンさんと久しぶりに会えるということで楽しみでもある。
「パメラ、乱れているところがないか確認してくれる?」
「もちろんでございます」
身嗜みを完璧に整えて、私室から屋敷のエントランスに向かった。するとそこにはすでにお養父様が待ってくれていて、お養母様も見送りに来てくれていた。
「お待たせいたしました」
「いや、私たちも今来たところだから大丈夫だ」
「レーナ、王宮では萎縮せずに堂々とするのよ」
「はい。お養母様をお手本に、公爵家の子女らしく振る舞ってきます」
ここ数日でなんとか身につけた付け焼き刃の微笑みと礼をすると、お養母様はそんな私を見てにっこりと微笑んでくれた。
「ぎこちなさはあるけれど、形にはなっているわ」
「本当ですか! ありがとうございます」
「あら、もう崩れたわよ」
あっ、やってしまった……お嬢様を装っても、ついつい素が出るんだよね。
レーナとして十二年間過ごしてきたものを変えるのならまだ楽だったかもしれないけど、私にはそこに二十年以上の庶民としての経験があるので、長年の癖を変えるのはかなり大変なのだ。
「気をつけます」
姿勢と表情を正して神妙に口を開くと、お養母様はそんな私を見て合格を出すように頷いてくれた。
「ではレーナ、そろそろ行くぞ。ヴィオレーヌ、行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ」
「お養母様、行って参ります」
「レーナも行ってらっしゃい」
それからリューカ車に揺られること数分で、目的の場所に到着した。今日は王宮のいわゆる正面玄関から入るのではなく、もう少し目立たない裏口から入るのだ。
正面の玄関は一般的に利用されることはなく、何か特別な時にのみ開かれるらしい。
「レーナ、今日の顔合わせは陛下からの要望で開かれるものだ。陛下はレーナがどのような人物なのかお知りになりたいらしいので、聞かれたことには正直に答えると良い」
車から降りる前に、お養父様は真剣な表情でそう忠告してくれた。今日の顔合わせの真の目的は、私とダスティンさんに接点を持たせることだと思うんだけど、対外的には陛下が願ったことになってるんだね。
「分かりました。本日は陛下の他に王太子殿下と第二王子殿下もご同席されるのですよね」
「そうだ。第二王子殿下については知っているか?」
「はい。今日の予定が決まってすぐに、フィス夫人が教えてくださいました」
その話を聞いた限りだと、ダスティンさんは体が弱く病気がちで、今までは離れで魔道具研究をしながら療養していた……ということになっていた。
病気がやっと治って元気になり、王族としての職務に復帰したのだそうだ。
現実とは随分と違うけど、まあそんなものだよね。私はダスティンさんの真実を知らないことになってるんだし、対外的には今日が初対面なんだから失敗しないようにしないと。
ちなみにダスティンさんが平民街で暮らしていたことや、私とダスティンさんに関わりがあったことは、お養父様も知らないみたい。
知ってるのは本当に少数で、陛下や王太子殿下、そしてその周囲の信頼できる人たちだけなのだと思う。
「ドアをお開けいたします」
外から声が聞こえてきて車のドアが開かれ、私とお養父様は案内に従って王宮内に入った。ちなみにパメラ、ヴァネッサ、レジーヌは一緒に来ている。
王宮内に入れる護衛は基本的に一人だけみたいなので、レジーヌがリューカ車で待機となり、後ろに付いているのはパメラとヴァネッサだ。
「こちらのお部屋でお待ちいただけますでしょうか」
「分かった。案内ありがとう」
指定の応接室はとても広くて豪華な部屋で、中にはまだ陛下たちはいらっしゃらなかった。私とお養父様で下座に腰掛け、三人がやってくるのを待つ。
それから数分で、部屋のドアがノックされた。
「陛下ならびに王太子殿下、第二王子殿下がお越しです」
お養父様の指示で侍従がドアを開けると、なんだかオーラが凄い三人が部屋の中に入ってきた。私とお養父様は、もちろんソファーから立ち上がって正式な礼をして待機している。
「楽にしてくれ」
三人が向かいのソファーに腰掛けたところで陛下がそう告げ、私たちはまたソファーに戻った。