132、服の仕立て
「お嬢様、そろそろ仕立て屋が到着いたしますので、教材は片付けてもよろしいでしょうか」
その言葉で王国の始まりに飛んでいた意識が、現在のここに戻ってきた。王国史、思っていた以上に読むのが楽しくて熱中してたよ。
「もうそんなに時間が経ったんだ」
「はい。とても熱心に読まれていましたよ」
「読み始めたら意外と面白くて。……パメラ、お手洗いに行く時間はあるかな」
「もちろんでございます」
それから仕立て屋を迎え入れる準備を済ませて、私が上座となるソファーに腰かけ直したところで、部屋のドアがノックされた。
「レーナお嬢様、仕立て屋が到着しました」
ドアの外からそんな声が聞こえて、私がヴァネッサとレジーヌに頷いて見せると、二人がドアを開けてくれる。
中に入ってきたのは、五人の女性たちだ。
「レーナお嬢様、この度はルーン服飾店をお呼びたてくださり、誠にありがとうございます」
五人の女性は私から少し離れたところに足を止めて頭を下げると、真ん中にいる他よりも一歩前に出ている女性が口を開いた。この人が今日の代表なのかな。
「こちらこそ、急な呼びかけに応じてくれてありがとう。私はレーナ・オードランよ。今日は学院の制服から私服、室内着、夜着までたくさん仕立てたいと思っているから、よろしくね」
「かしこまりました。お嬢様のご要望にできる限りお応えできるよう、力を尽くさせていただきます」
「楽しみにしているわ。ではどうぞ、そちらに腰掛けて」
「ありがとうございます。失礼いたします」
なんとかお嬢様らしくを意識して最初の挨拶を終え、代表の女性がソファーに座ったところで、パメラが口を開いてくれた。
「先ほどお嬢様も仰りましたが、本日はノルバンディス学院の制服を三セット、風の月に相応しい私服を十数着、室内着を数着、そして夜着を数着ほど仕立てる予定です。まずは学院の制服からお願いいたします」
「かしこまりました。ではまず、お嬢様の採寸をしてもよろしいでしょうか? その間にお持ちした服や布を並べさせていただきます」
「分かりました。では採寸はあちらに衝立を立てて行います」
パメラが主導となり仕立て屋の女性たちが衝立を設置してくれたところで、私は採寸をされることになった。
仕立て屋の女性が二人にパメラ、それからヴァネッサが一緒に来てくれる。
「レーナお嬢様、御身に触れさせていただきます」
「ええ、よろしくね」
「かしこまりました。お嬢様は力を抜いて、まっすぐ立たれているようお願いいたします」
そこからは思わず感嘆の声を溢してしまうほどに手際が良かった。仕立て屋の女性二人が息の合った連携を見せ、私の服を素早く脱がせて採寸をしていく。
採寸も体に触れる部分は最小限に、そして不快感をできる限り感じさせないようにと配慮してくれているのが分かる。
やっぱりどの分野でもプロの仕事は凄いな。そう思っているうちに、また服を着付けられて採寸は終了した。
「お嬢様、これにて採寸は終了です。ご協力ありがとうございました」
「こちらこそ、手際よくしてくれてありがとう」
二人の女性に笑顔で感謝を伝えて、パメラとヴァネッサと共にソファーに戻ると、ソファーの周りはさっきまでと様子が異なっていた。
テーブルの上には多種多様な布が置かれ、さらには服のデザイン画なのか紙束も置かれている。また見本なのだろう完成している服もたくさん吊り下げられていた。
「とても綺麗な布ね」
ソファーに腰掛けて目の前にあった布に目を奪われたのでそう呟くと、仕立て屋の代表である女性がにっこりと笑みを深めた。
「そちらは特殊な植物を使っている布でして、光が当たることでキラキラと輝くのが特徴です。まだ一般販売はしておりませんが、お嬢様にお似合いになるのではないかと思い、お持ちしました」
「ありがとう。とても素敵な布だわ」
凄く商売上手だよね……こう言われたら、貴族子女としては買うのが正解なのだろう。
「ではこちらの布で服を仕立てましょう。パメラ、どのような服が良いかしら」
「はい。こちらのように華やかな布ですと、やはり私服の中でも外出着や訪問着となるドレスが良いでしょう」
「そうね。ではこちらの布を全身に使ったドレスと、胸元や袖にだけ使用したドレスを数着仕立てましょう」
私のその言葉を聞いて、仕立て屋の女性は笑顔のまま数枚の紙をテーブルに並べてくれた。
「お嬢様のご要望に沿ったドレスデザインですが、こちらはどうでしょうか。このように裾が広がる形の大人っぽいドレスにこちらの布はよく合うと思います。それからお嬢様が仰ったワンポイントにこちらの布を使うドレスですが、この三つのデザインはいかがでしょうか?」
女性が提案してくれたドレスはどれも可愛いというよりも綺麗寄りのデザインで、私好みだ。確かにレーナの容姿にはこういうドレスが似合うよね。
「とても素敵ね。ではこちらのデザインでお願いするわ」
「かしこまりました。ありがとうございます。他にも気になる布や服がございましたら、仰ってください」
それから私が布を指差すごとに女性が最適なデザイン画を提案してくれて、さらにルーン服飾店では靴や小物も扱っているらしく、ドレスに合ったものをいくつも選んだ。
注文した私服は二十着を超えて三十着に迫り、室内着も十着、夜着は五着ほどになったところで、やっとパメラがそろそろ十分でしょうと止めてくれた。
予定よりも多めに注文したよね……もう最初の頃に選んだドレスは詳しく覚えていないぐらいだ。