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131、食事の作法と少しの休息

「お嬢様、本日はここまでといたします」


 その言葉が聞こえた瞬間に、身体中に入っていた力を思わず抜いてしまう。


「……い、痛い」

「美しい姿勢というのは、それだけで筋力を使うものなのです。これからはできる限り本日お伝えした姿勢で過ごされてください。そのうちに慣れて、意識せずとも姿勢を保てるようになるでしょう」

「分かりました……頑張ります」


 でも今日はもうグダっとしたい。ソファーに横になりたい、ベッドで寝たい。そんな気持ちが湧き起こる中、フィス夫人が告げた言葉は――


「では昼食へと参りましょう。お嬢様からの要望にお応えして、昼食をとっていただきながら食事の作法をお教えいたします」


 ――非情なものだった。


 昼食も見てもらいたいとお願いした朝の自分、ちょっと殴りにいきたい。初日の授業なんて疲れるのが当たり前なんだから、昼の時間ぐらい休めるようにしておけば良かった。


 でも自分から頼んだことを、やっぱり良いですって断るわけにはいかないよね。


「よろしくお願いします」


 それから私はフィス夫人と侍女、護衛と共に勉強部屋から私室へと戻った。部屋に入るとすぐに昼食の準備がされることになり、私はテーブルについて、フィス夫人は斜め前に待機している。


「お嬢様、胸を張りすぎています。もう少し自然に肩を落としてください」

「分かりました……このぐらいでしょうか?」

「ええ、とてもお綺麗です」


 未だにすぐ崩れる私の姿勢について話をしていると、屋敷の使用人が昼食が載ったワゴンを運んできてくれた。そこからパメラに頼んで取り分けてもらう段階で、すでに三度のダメ出しだ。


「お嬢様、カトラリーの持ち方は良いのですが、肘をもう少し自然と下げてください」

「自然と下げる……こうですか?」

「いえ、それではぎこちないです」


 フィス夫人は私の後ろに回り込んで、胸を自然と張った姿勢をもう一度作ってくれた。そしてその姿勢のまま私の腕を操ると、肉を切ってフォークで口元まで運ばされる。


「今の動きを覚えてください。カトラリーに顔を近づけるのはいけません。カトラリーを口に運ぶのです。またお嬢様はできておられますが、お皿を持ち上げるのもいけません」

「はい。気をつけます」


 それからも細かい指摘をもらいつつ、全く味わえなかった昼食は終わりとなった。全然ダメだったな……と落ち込んでいると、私の様子を紙に書き記していたフィス夫人が、紙から顔を上げて笑みを浮かべる。


「お嬢様、そこまで落ち込まれなくとも大丈夫です。色々と指摘をしてしまいましたが、正直なところどの指摘も細かく上級者向けのものでした。お嬢様の作法は基本はできております」

「え……本当ですか!」

「はい。先日まで平民だった者に、貴族の作法を短期間で教えなければならないと聞いたときには先が思いやられましたが、お嬢様ならばすぐに他の貴族子息子女と同程度まで作法を身につけられるでしょう」


 フィス夫人のその言葉は、私に大きな勇気を与えてくれた。ノルバンディス学院への入学は正直なところ憂鬱だったけど、頑張れるかもしれない。


「フィス夫人、本日はとてもたくさんのことを教えてくださり、ありがとうございました。明日からもよろしくお願いします」

「こちらこそ、明日からもよろしくお願いいたします」


 私の言葉にとても優雅な一礼をすると、フィス夫人はパメラに誘導されて部屋を出ていった。


「はぁ……」


 部屋の中にパメラとヴァネッサ、レジーヌしかいなくなったところで、思わず大きなため息が溢れてしまう。


「お嬢様、こちらで少し休憩なさってください。今はお寛ぎくださって構いません」

「……良いの?」

「もちろんでございます」

「お嬢様以外の貴族子女も、私室ではのんびりとしていますよ」

「私はよく長椅子に寝転がっていました」


 パメラに続いてレジーヌとヴァネッサも声をかけてくれて、私は安心してソファーに向かった。そしてふかふかのソファーに深く腰掛けて、体の力を完全に抜く。


「綺麗な姿勢を保つのが、こんなに大変だなんて思わなかったよ……」

「最初は皆がそう思うのです。適度に息抜きをしつつ、慣れていけば良いと思います。ハク茶を飲まれますか?」

「うん。お願いしても良い?」

「かしこまりました」


 パメラがお茶を淹れ始めてくれたのを横目に、机上に置かれたたくさんの資料に目を向けた。十冊を超えるこの本は、フィス夫人が学院に入学する人たちが学んでいる基礎知識だと渡してくれたものだ。


「これ、皆は全部覚えてるの?」

「そうですね……細かい部分は忘れているところもあるかと思いますが、基本的には頭に入っております。学院ではそちらの教材の中身は身についている前提で授業が進みますので、お嬢様もできる限り頭に入れられると、ご入学後の生活が楽になると思います」

「やっぱりそうなんだ……」


 一番上にあった本を手に取って中を確認してみると、到底覚えきれないほどの情報が載っている。これを短期間で覚えるのはさすがに不可能だから……この教材は学院に持ち込むとして、どこにどの情報が載っているのかすぐに調べられるぐらいには読み込んでおきたいな。


「パメラ、まずはどれから読むのが良いと思う? ……あっ、そういえば口調が普段のものに戻ってたかも」


 パメラに視線を向けたところでふとお嬢様言葉を忘れていたことに気づき、思わずそう呟いた。するとパメラは淹れたてのハク茶をテーブルに置きながら、優しい声音でありがたい提案をしてくれる。


「リラックスされている時には、無理に口調を変える必要はないと思います。先ほどの様子を拝見させていただきましたが、お嬢様は口調を場面に応じて切り替えられるようでしたし、その場に相応しい言葉遣いに気をつけられれば良いかと思います」

「……良いのかな?」

「よろしいと思いますよ」

「私的な場では気を抜かなければ、体が耐えられなくなってしまいます」


 首を傾げた私にレジーヌとヴァネッサも頷いてくれたので、これからは場面に応じて口調を変える作戦でいくことに決めた。


「ありがとう。そうするよ」

「はい。では教材の話に戻りますが、私の意見としてはまず王国史を学ばれるのが良いかと思います。王国史は他の分野でも基礎となっておりますので、最初に概要は掴んでおくと今後が楽になるでしょう」

「王国史……これだね」

 

 教材の中でも一、二位を争うほどに分厚いやつだ。私は一ページ目を捲ってさっそく中身を読み始め、その合間にハク茶を口に運んだ。


 そうして王国史の教材を読み進めることしばらく。少しずつ飲んでいたハク茶がちょうど飲み終わったところで、パメラから声が掛かった。

いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます!


新作の投稿を始めましたので、こちらでもお知らせさせていただきます。

「婚約破棄された可憐令嬢は、帝国の公爵騎士様に溺愛される」という作品です!


評価欄の下のところにリンクを貼っておきますので、少しでも興味を持ってくださった方は、読みに来ていただけたら嬉しいです。

レーナの物語は甘い雰囲気に全然なってくれないので、こちらの新作で甘さを摂取していただけたらと思います笑

(実は異世界恋愛の長編を投稿するのは初めてで、かなり緊張しています。読んで評価や感想など、反応をいただけたらとても嬉しいです……!)


よろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言] >お嬢様ならばすぐに他の貴族子息子女と同程度まで作法を身につけられるでしょう  これは罠の気配。  公爵……貴族家最高位なんだから、そこらの子息・息女と同じ程度の礼儀作法では品位に〜とか言…
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