127、仲を深める
私室に入ってドアを閉めてもらったところで三人のことを振り返ると、三人は突然振り返った私に少しだけ驚きを露わにしながらも、一歩下がって礼の姿勢をとってくれた。
心の中でどう思ってるかはまだ分からないけど、とりあえず三人とも私を下に見るような態度は全くない。
そういう人がいたらどうしようかって心配だったから、少し安心だ。
「パメラ、レジーヌ、ヴァネッサ、顔を上げて。改めてこれからよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「私は貴族社会のことをまだ何も知らないから、その都度教えてもらいたんだけど……良いかな? 面倒だとは思うけど、できる範囲で構わないから」
まずは三人に私の現状を正直に話して協力を仰ごうと思いそう伝えると、代表してパメラが口を開いてくれた。
「いえ、面倒などということはございません。もちろん私たちがお教えできることは全てお伝えいたします」
「本当? ありがとう、凄く助かるよ。……じゃあさっそくなんだけど、貴族の人たちと侍女や護衛がどういう関係性なのか、教えてもらっても良いかな。私は皆と仲良くなりたいと思ってるけど、適切な距離感が分からなくて」
三人にどこまで踏み込んでも良いのかを知るためにそう問いかけると、パメラが少しだけ頬を緩めて「ありがとうございます」と頭を下げた。
「貴族と使用人、護衛の関係性は、これと決まったものはございません。したがってレーナお嬢様が私たちと仲を深めたいとお思いならば、お好きなようになさってくださいませ。しかし公の場では主従関係を示さなければなりませんので、そこはご注意ください」
ということは、この部屋の中でなら友達のように仲良くしても良いってことだよね。それなら三人とできる限り仲良くなれるように頑張ろう。
「教えてくれてありがとう」
それから私はパメラに促されてソファーに腰掛け、お茶を淹れてくれているのを待ちながらもう一度部屋の中をぐるりと見回した。
レジーヌとヴァネッサは扉の近くで待機しているので、護衛はそこが定位置なのだろう。
「そういえば、皆は貴族家の生まれだよね? この仕事は自分で選んだの?」
豊かなお茶の香りが部屋中に漂いはじめた頃にふと皆の家名を聞いたことを思い出し、そんな質問を投げかけてみた。
「はい。私はミュラ伯爵家の次女でございます」
まず答えてくれたのはパメラだ。ミュラって伯爵家の家名だったんだね……思っていたよりも高位の貴族で驚いてしまう。
「貴族家に生まれた女は行儀見習いの意味も込めて、十五で学院を卒業してから親戚の家などで侍女として働くことがあるのですが、私もそのうちの一人でした。最初に侍女として向かったのは、ある子爵家です」
「最初から公爵家じゃないんだ」
「はい。お父様はその子爵家嫡男に私を嫁がせたかったようで、その家が働き先に選ばれました。侍女として働いた家の子息と結婚するというのはよくある話ですので」
それがよくある話なんだ。貴族社会、やっぱり特殊すぎて常識が分からない。
「パメラはその家の子息とは結婚しなかったってこと?」
「仰る通りです。私は侍女という仕事が好きで、嫁ぐことで仕事を辞めるのが嫌だったのです。本来ならば侍女として働く家の子息と結婚せずとも、数年で侍女はやめてどこかへ嫁ぐのが普通なのですが……どうしても侍女をやめるのは嫌だとわがままを言い、今でもこうして働いております」
「それは、認められるものなんだね」
そういう場合は本人の意思に関係なく、無理やり嫁がされるのだと思っていた。
「認められない場合もあるとは思いますが、私の場合は呆れられながらも、お父様に好きにして良いとの言葉をいただいております。したがって、私はこれからも結婚せずにこの仕事を続けていきますので、レーナお嬢様は安心なさってください」
パメラはそこで話を締め括ると、にっこりと微笑んで淹れ終わった熱々のハク茶をテーブルにそっと置いてくれた。
「こちらをどうぞ」
「ありがとう」
この話だけだとよく分からないけど、ミュラ伯爵は最終的に娘であるパメラの意思を尊重したってことなのかな。
それなら良いお父さんだよね。なんだか貴族社会にもそういう話があって安心する。
あっ、このハク茶……凄く美味しいかも。今まで飲んできたハク茶よりも、香りが芳醇で味が柔らかい。
それから私は美味しいお茶を冷めないうちに味わってから、今度は護衛の二人に視線を向けてさっきと同じ質問をした。
次に答えてくれたのは、ヴァネッサだ。
「私はラングマン侯爵家に次女として生まれました。侯爵家に生まれた女は侍女をすることもほとんどなく、ましてや騎士なんて考えもしないままどこかに嫁ぐのが一般的なのですが、私は幼少期から戦いが好きでして……婚約などには断固拒否し体を鍛え続けました」
今度は侯爵家……なんだか私の専属、高位貴族ばかりじゃない? これが普通なのだろうか。貴族社会に疎くて判断がつかない。
「刺繍の時間には針しかない場合の護身術を編み出し、お茶会の練習では茶会が襲われた場合の対処法を練習し、空き時間は私兵たちの鍛錬に混ざって体を鍛え続けていたところ、お父様が根負けして私に騎士になる道を示してくださいました。騎士試験には無事に合格し数年間騎士として働き、此度はオードラン公爵によりレーナお嬢様の護衛として選ばれたという経緯でございます」
ヴァネッサ、なんだか凄い人だね。そこまで体を鍛えることが好きなのも珍しい気がする。いや、体を鍛えるのじゃなくて戦いが好きなんだっけ。
でもそれだと、私の護衛になるので良かったのかな……騎士の方が戦う場面は多そうだけど。
そんなことを考えてしまって少しだけ眉間に皺が寄ると、それに気付いたのか気付いていないのか、ヴァネッサが瞳を輝かせて少しだけ前のめりになった。