124、公爵邸へ
「これからのレーナの予定だけど、一番大きなものはノルバンディス学院への入学だ。この学院のことは知っているかな?」
お養父様の言葉に聞き覚えがあり少し前の記憶を掘り起こすと、ジャックさんが教えてくれたこの国の学校のことを思い出した。
確かノルバンディス学院は――
「主に貴族様が通われる学校だったと思います」
「正解だ。学院は十三歳になる年が入学年だから、レーナにはリオネルと共にオードラン公爵家子女として通ってもらう。入学式は風の月の三週初日だよ」
風の月の三週初日って、あと十日と少ししかないよ。そんなすぐ、貴族の子供たちの中に入らないといけないなんて……今から緊張する。
「かしこまりました。精一杯、頑張ります」
「最初は大変なことも多いだろうけど、頑張ってほしい。レーナは注目の的になるから、そこは覚悟しておいた方が良いかな」
「……あの、私のことはどこまで知られているのでしょうか」
「そうだな……貴族社会に情報が回るのは早いから、ほぼ全ての人が知っていると思っていた方が良いだろう。創造神様の加護を得たことはもちろん、精霊魔法についても」
やっぱりそうなんだ。じゃあ知られてる前提でこれからは行動しよう。顔がバレてなかったとしても、金の精霊ですぐに私が創造神様の加護を得たってことはバレるし。
「そのつもりでいます」
「そうして欲しい。……では話を戻すけど、レーナにはもう一つ決まっている予定があるんだ。リクタール魔法研究院への所属だよ。こちらは学校というよりも研究機関で、身分関係なく精霊魔法が得意な者が推薦などで所属する場所なんだ。レーナはすでに所属が決まっていて、週に一度はこちらにも顔を出すことになっている」
「リクタール魔法研究院にも……分かりました」
公爵家で慣れない暮らしをしながら貴族たちの学校であるノルバンディス学院に通って、週に一度はリクタール魔法研究院にも顔を出す。
これからの生活、かなり忙しくなりそうだね。
「直近の大きな出来事はそのぐらいかな。とりあえずレーナにはノルバンディス学院の入学式までに、できる限り貴族子女としての礼儀作法を身につけてもらう。大変だと思うけど、頑張って欲しい。貴族社会で生きていくには必須だから」
お養父様のその言葉に私が頷いたところで、応接室での顔合わせは終わりとなり、このまま公爵家の屋敷へ移動することになった。
ちなみに謁見のために着飾った服装や装飾品は、全てこのままもらえるらしい。いくらするのか聞くのも怖いドレスをポンっとプレゼントしてくれるなんて、どれほど王家は裕福なんだろう。
屋敷に戻ったらこれから私たちが生活する場を案内してもらい、さらには私に付く侍女と護衛も紹介してもらえるそうだ。
侍女と護衛がつくなんて、想像できないよね。だって侍女は基本的に貴族家出身の女性なのだ。そんな女性に世話をされる私って……うん、全くイメージが湧かない。
「レーナ様とご家族様は、こちらのリューカ車にお乗りください」
公爵家の使用人さんに促されて豪華な車に乗り込み、王宮を後にした。
王宮から公爵家の屋敷は、景色を楽しむ暇もないほどに近くだった。王宮の門を出たらすぐ目の前にある広大な敷地が公爵家のものだ。
立派な門を通ってしばらく綺麗に整えられた庭園の中を進み、大きな屋敷のエントランス前にリューカ車が停まる。
「レーナ様、ご家族様、ドアをお開けいたします」
使用人の方に開けてもらったドアから降りると、屋敷のエントランスにはずらっと公爵家の使用人が並んでいた。お養父様やお養母様を出迎えるために集まっているのだろう。
「皆、ただいま戻った。本日は事前に伝えている通り、創造神様の加護を得たことで我が家の養子となったレーナとその家族が来ている。レーナに対しては、私の正式な娘として接するように。家族は我が家の使用人となる予定なので、色々と教えてやってほしい。ジャメルはいるか?」
「はい、ここに」
お養父様が呼んだのは、この中でも一際目を惹く使用人服を着ている壮年の男性だ。
「ジャメル、これからレーナとその家族に屋敷の案内をして欲しい。それからレーナの侍女と護衛の紹介も頼む」
「かしこまりました」
「レーナ、この者は執事のジャメルだ。何かあったらジャメルに伝えてほしい。分からないことも溜め込まずに聞くように」
「分かりました」
それからお養父様とお養母様、さらにはリオネル、アリアンヌ、エルヴィールも各自の使用人と共に屋敷の中へ入っていき、私たちはジャメルさんに中を案内してもらうことになった。
ジャメルさんはお養父様たちを綺麗な礼で見送ってから、私たちの方に視線を向けてくれる。
「レーナお嬢様、私はオードラン公爵家で執事をしております、ジャメルと申します。以後お見知り置きを」
「ジャメルさん、ですね。私はレーナと申します。よろしくお願いいたします」
ジャメルさんが丁寧な自己紹介をしてくれたので私も慌てて頭を下げると、ジャメルさんに首を横に振られてしまった。
「レーナ様はもうこの家のお嬢様なのですから、使用人に対して頭を下げてはいけません。私のことはジャメルとお呼びください。それから丁寧な言葉遣いは良いですが、敬語はいけません」
「分かりまし……あっ、分かった、わ?」
「その場合はどちらでも問題ありません。貴族子女としてのお言葉遣いも、これから身につけていきましょう。レーナ様のご家族様は、本日はお客人として接させていただきますね」
そうしてこの先が思いやられる挨拶を済ませ、私たちはまず本邸にある私の部屋へ向かうことになった。