122、謁見
皆ですぐ近くの大扉前に向かうと、扉の前に待機していた騎士服の男性が何かの操作をして扉がゆっくりと開いていった。
少しずつ開いていく扉の隙間から中が見え、玉座に座る陛下が視界に映る。しかしジロジロと視線を向けるのは不敬らしいので、少し目線を下げて扉が完全に開くのを待った。
玉座があるのは謁見室の奥にある数段の階段を登った先の壇上で、陛下の後ろには護衛と数人の側近が控えているのが見える。
王族の方々は壇上の右下に設置された椅子に腰掛けていて、左下に立って控えているのが公爵家の方々だろう。
私たちは謁見室の中をまっすぐと歩いていき、絨毯が途切れる手前で立ち止まって礼をした。
男性は右手を胸に当てて軽く頭を下げ、女性はどちらかの足を後ろに引いて軽く膝を曲げながら顎を引く。両手は組んで体の前だ。これが正式な礼らしい。
跪くのは神に対してのみで、どんなに身分が高い人にも跪くということはしないようだ。
「面を上げよ」
この言葉を陛下にかけられたら、姿勢を正して顔を上げる。そしてこの時から陛下の顔を見ても良いらしい。
「私はエマニュエル・アレンドール。この国の王である。此度はレーナが創造神様の加護を賜ったとのこと、とても喜ばしく思う。しかし稀有な存在は往々にして危険も伴うものだ。そこで王家では其方とその家族を保護することとした。この決定に異論はないか?」
「はい。ありがたき幸せにございます」
事前に教えてもらっていた返答をすると、陛下は僅かに表情を緩めて頷いた。
ダスティンさんから「王に向いていない」が口癖の陛下だって聞いてたけど、それにしては威厳があって堂々としていて、国王と言われてもすぐに納得できる雰囲気だ。
「ではレーナはそちらに控える公爵家の養子として我が国の貴族に迎え入れ、丁重に保護することにしよう。公爵、其方も異論はないか?」
「もちろんでございます」
陛下よりは若く見える男性が頭を下げてそう発したところで、私の養子に入る家が正式に決まった。
「して、レーナ。其方は公爵家子女となったことで、我らとの関わりも増えるだろう。そこで我が家族を紹介しておこう。王妃は体調を崩しており本日は欠席のため、まずは我が息子でありすでに立太子しているベルトランだ」
その紹介に従って一歩前に出たのは、ダスティンさんに少しだけ似てる……気がするぐらいの爽やかな男性だ。この人がダスティンさんのお兄さんで、第一王子殿下ってことだよね。
いや、さっき立太子してるって言ってたから、もう王太子殿下なのか。それならこの人が王を継ぐのはほぼ確実だし、ダスティンさんを排除しようとなんてしなくても良いのに……王妃様、思い込みが激しい人なのかな。
「ベルトラン・アレンドールだ。我が国に創造神様の加護を得た者が生まれたこと、心から嬉しく思う。これから貴族として国に貢献してもらえたら嬉しい」
王太子殿下の奥さんも紹介してもらい、この場にはいないけど子供が二人いることも伝えられた。三歳と一歳のお子さんは二人とも男の子なんだそうだ。
それから王妃様のもう一人の子供として第二王女殿下、そして第二妃殿下とダスティンさん、さらに第三妃殿下とそのお子さんが三人紹介され、王族の方々の紹介は終わった。
「公爵家の者たちとはこの後に顔合わせの機会を設けているので、紹介は省略しよう。――では、最後に一つ頼みがある」
陛下は今までの柔らかい雰囲気を引き締めて、真剣な表情でそう口にした。
「創造神様のご加護と共に金の指輪を賜り、そちらに漂う金の精霊と契約を交わしたと聞いた。それによって使えるようになった精霊魔法を見せてほしい」
「……かしこまりました」
魔法を見せるなんて話は事前に聞いてなかったので戸惑ったけど、断るという選択肢はないのですぐに頷いた。
この場で見せるのに攻撃系の魔法は絶対にダメだから、とりあえず四柱の女神様によってもたらされる魔法を、それぞれ一つずつ使えば良いかな。特殊な魔法は陛下の反応を見てから使うか判断しよう。
そう考えてまずは水球を作り出そうとしたその瞬間、発動の寸前で詠唱の問題に思い至った。
無詠唱で精霊魔法を使っても良いのだろうか。ダスティンさんはどこまで報告したのかな……無詠唱ってこういう場でも詠唱なしに一瞬で攻撃魔法を放てるから、危険人物扱いされる恐れもある。
そう不安に思ってダスティンさんにさりげなく視線を向けると、こちらをいつもの無表情でじっと見つめていたダスティンさんが僅かに頷いたのが見えた。
あれは無詠唱も使って良いってことだよね。
「ではまず水球を作り出します」
ダスティンさんからの承諾がもらえて安心したところで、さっそく魔法を発動させた。水球の次はその水を温めるための火を作り出し、さらに風魔法で水球を波立たせ、土魔法で作り出した桶型の器にその水を入れる。
一連の魔法の流れを見ていた陛下は、驚きに瞳を見開いてから私のことをじっと見つめた。
「……実際に目の当たりにすると信じられんな」
その言葉が出てくるってことは、私が得た力については全て報告されてるってことかな。それなら何も隠す必要はなくて楽だと、緊張していた体の力が少し抜けた。
無詠唱で魔法が使えることも分かった上でこうして直に謁見を許可してくれたということは、私は信頼されているのだろう。いや、私がというよりも創造神様の加護が、かな。
「特殊な魔法も使えると聞いているが、それもこの場で披露できるか?」
「はい。しかし相手がいなければ分からないものや、客観的な変化が分かりづらい魔法が多いので、分かりやすいものだけを使うのでよろしいでしょうか?」
「ああ、それで構わない」
「かしこまりました」
分かりやすいのは異空間収納と異空間を用いた防御魔法のみなので、まずは防御魔法の方を発動した。すると私たちと玉座の間に大きな透明な板が出現する。
「こちらは防御に使えるものでして、あらゆる攻撃を打ち消します。しかしかなり周囲の魔力を消費しますので、少しの間しか展開できません」
魔力を残すために板はすぐに消して、次は異空間収納を見せることにした。中に入れるものは何も持っていないので、ダスティンさんとの検証で仕舞っておいた桶を取り出してみる。
すると……桶は収納した時のまま、変質などもせずに取り出された。長い時間異空間に置いておくとどうなるのかの検証も兼ねてたけど、数日なら変化することはないみたいだ。
「このように異空間に物を収納することができ、いつでも取り出すことが可能です。また……こうして仕舞うこともできます」
「本当に、凄いな」
「信じられませんわ……」
「やはり創造神様のご加護とは凄いのですね」
陛下の言葉の後に、今まではずっと静かに謁見の場にいた王族の方々の言葉も聞こえてきた。かなり驚いて戸惑っている様子だ。
御伽噺や伝承として残っていた創造神様に関すること。それが目の前で起こっていたら戸惑うよね。私だって未だに自分がこの力を得たことが不思議だ。
「レーナ、稀有な魔法の披露、感謝する。その力を国のために正しく使ってくれることを望む」
「もちろんでございます」
陛下の言葉にすぐ頷くと、陛下は少しの間だけ無言で私を見つめてから、謁見の終わりを告げて玉座を後にした。
貴族社会に入ることを決めた時にはほぼ一択だったから深く考えなかったけど、私の力は怖がられるし欲しがられるものだ。
創造神様の加護を持つから下手なことはされないだろうし、ダスティンさんもいるから大丈夫だとは思っているけど、これから先の人生が今までと同じように平穏とはいかない予感がして、思わず溜息が溢れそうになる。
――強すぎる力は、争いを生むよね。
「レーナ様とご家族様、退室をお願いいたします」
色々と考えている間に王族の方々と公爵家の方々は謁見室を後にしたようで、私たちも使用人に促されて広間を出た。