120、陛下の側近
皆が各自の場所に落ち着いたのを確認してから、私たちの向かいに腰掛けた男性は口を開いた。
「挨拶が遅れて申し訳ございません。私は陛下の側近を務めさせていただいております、エクトル・ジェランと申します。今回はレーナ様とご家族様に、今後の流れを説明させていただくという大役を任されました。よろしくお願いいたします」
家名があるってことは、この人も貴族なんだね。ここからは貴族じゃない人と接する方が稀になるんだろうな……慣れていかないと。
「よろしくお願いいたします」
「ではさっそくですが、本日七の刻に皆様には陛下とお会いいただきたいと思っております。場所は謁見室ですが、今回は略式となりますので、そこまで緊張なさらなくても大丈夫です」
謁見……やっぱりそうなるよね。
「その場には、陛下の他に貴族の方々はおられるのでしょうか?」
「いえ、今回は王家の方々と、レーナ様が養子に入られることになりました公爵家の方々のみがご出席される予定です」
――公爵家。今、公爵家って言った!?
確かこの国の爵位のトップだった気がするんだけど、私はそんなところの養子になるの?
「公爵家って……」
思っていたよりも不安な声が自分の口から発されると、エクトルさんは私を安心させるためか、優しい雰囲気の笑みを浮かべて口を開いた。
「オードラン公爵家という家でございます。先代陛下のご兄弟が開かれた家でして、現公爵はとても穏やかで陛下の信が厚いお方です。さらにレーナ様と同い年のご子息がいらっしゃいますので、すぐに馴染めるのではないかと思います」
先代陛下のご兄弟が開いた家……なんだかもう、別世界の話で上手く頭に入ってくれない。とりあえず、オードラン公爵という名前は覚えておこう。
「教えてくださってありがとうございます」
「いえ、他にも疑問点などありましたら、お気軽にお尋ねください。では本日の予定に戻りますが、まず皆様には謁見の準備をしていただきます。そして謁見の後には公爵家の方々との顔合わせのご予定もございます。顔合わせ後は公爵邸に移動することになっておりますので、その後は公爵家の皆様に従っていただければと思います」
謁見の準備をして、王族や公爵家の方々と謁見して、改めて公爵家の皆さんと顔合わせして、その後で公爵邸に移動。怒涛の一日になりそうだ……話に聞いただけで疲れる。
「あの、家族も一緒に公爵邸へ向かうのですか?」
「もちろんでございます。そしてこれは皆様のご意見をお伺いしてから決定となりますが、ご家族様は公爵家にて使用人の立場となる予定です。ただ使用人とは言っても、レーナ様専属の使用人としてご自由に過ごしていただけます」
貴族にはできないけど宙ぶらりんにならないように、使用人という立場を与えてもらえるってことか。家族のこともちゃんと考えてもらえてありがたい。
「ありがとうございます。皆、良かったね」
私が横に座っている皆に視線を向けると、三人は安心したのか頬を緩めた。しかし少しだけ表情を曇らせたお母さんが、緊張しながら口を開く。
「あの……私たちは仕事はできないということですか?」
「いえ、働きたいという意思がおありでしたら、公爵家にて普通の使用人と同等の仕事をすることも可能であると思います。ただ平民街に働きに向かうなどということはできませんので、ご了承ください。公爵家での仕事については、そちらでご相談いただければと思います」
エクトルさんのその言葉を聞いて、三人は嬉しそうな表情を浮かべた。やっぱり働かず世話になるだけというのは嫌なのだろう。
「他に疑問点などはございますか?」
その言葉に誰も口を開かなかったところで、エクトルさんはその場に立ち上がって後ろに控えていた使用人の近くに立った。
「こちらの使用人が本日皆様の謁見準備を担当いたしますので、よろしくお願いいたします。ご昼食はそれぞれのお部屋に運ばせていただきますので、お好きなだけ召し上がっていただけたらと思います。ではさっそくですが、レーナ様はこちらの侍女が担当となります――――」
それから私たちは担当の人と一緒に応接室のような部屋を出て、テーブルセットや化粧台がある客室にそれぞれ向かった。
「レーナ様、まずはお髪を整えさせていただいてもよろしいでしょうか。お顔にも薄く化粧を施させていただきますが、そちらはご昼食後といたしましょう」
「分かりました。よろしくお願いします」
私の担当の侍女さんは、髪の毛を後ろでお団子にしていて真面目そうな雰囲気の人だ。しかし顔立ちはとても整っているように見える。
「王宮で働いている方々は、どのような経緯で働くことになるのですか?」
髪を整えてもらっている間の話題提供も兼ねて、気になっていたことを問いかけてみた。すると女性は嫌な顔をせずに答えてくれる。
「役職にもよりますが、侍女は貴族家の子女が多いです。同じく侍従も貴族子息、特に次男以降の子息が多いですね。メイドや従僕は平民を雇っているようです。しかしこちらも、平民の中では裕福な家に生まれた方々がほとんどだと聞いたことがあります。メイドや従僕として有能さを示すことができれば、稀に侍女や侍従へ昇格も可能です」
おお……なんだか使用人も複雑だった。そして使用人にも貴族の人たちがいることに驚く。というか待って、侍女は貴族家の子女がほとんどということは、この女性も貴族家出身ってことだよね。
本当に周りに貴族の人たちしかいない……ここで暮らしていくのは大変そうだ。早急に貴族社会の仕組みを学ばないと。
「レーナ様も公爵家に向かわれれば、専属の侍女と護衛が付くと思われます」
「そうなのですね……仲良くなれるように頑張ります」
思わずそう呟くと、女性は僅かに微笑みを浮かべてくれた。