118、騎士の迎え
ふわふわと機嫌が良さそうに漂っている金色の精霊に視線を向けると、凄い魔法を連発したとは思えないその様子に不思議な気分になる。
こんなに小さな存在が、異空間に干渉できるなんて信じられないよね。
「凄い魔法ばかりでしたね」
「ああ、常識ではあり得ない魔法ばかりだった。……ただ四柱の女神様の加護を得て使えるようになる魔法よりも、魔力の消費量は大きくなるな」
「そうですね。工房も庭も魔力が尽きてしまいました」
もう魔法の行使をお願いしても精霊が困ったような動きを見せるだけだし、ダスティンさんが詠唱ありで魔法を使おうとしても発動しないみたいだ。
「それでも俺が使う普通の魔法よりも、レーナが使う特別な魔法の方が魔力の消費量は少ないな」
お兄ちゃんが少し唇を尖らせつつ発したその言葉に、私は苦笑するしかできない。お兄ちゃんは魔法が苦手だからね……。
「一般的には魔法が得意な父さんでも、レーナの特別な魔法より魔力を消費してそうだ。レーナは本当に凄いな」
「本当ね。いまだに夢を見ているようだわ。レーナが創造神様の加護を得て、凄い魔法をたくさん使えるだなんて」
「レーナには驚かされることばかりだ」
お母さんとお父さんのその言葉に少し不安を感じて二人の顔を見上げると、二人は私に優しい笑みを向けてくれていた。
私が凄い力を得ても変わらない二人の笑みに、安心して体の力が抜ける。
「これからは私が魔法を使うから、なんでも言ってね」
「ええ、生活が便利になりそうね」
「水も買う必要がなくなるな」
「いろんな魔法を頑張って練習するよ」
貴族街に生活を移したら自分で魔法を使うことはなくなるのかもしれないけど、魔法を上手く使えるに越したことはないだろうと拳を握りしめた。
するといまだに紙をじっと見つめていたダスティンさんが、こちらを向いて口を開く。
「レーナ、攻撃魔法も覚えた方が良い。レーナには護衛が付くだろうが、自衛の手段はたくさんあった方が安心だからな」
「確かにそうですね。色々と試してみます」
「ああ、詠唱を覚える必要がないのなら、すぐに上達するだろう。騎士が迎えに来るまでにいくつか使えるようにしておくと良い。――そういえば、レーナが詠唱をした場合はどうなるのだろうか。魔力の消費量が減る可能性もあるか?」
ダスティンさんは後半の言葉を独り言のように呟くと、白紙にこれからの検証項目を書き出し始めた。やっぱりダスティンさんは研究者だよね。
「時間をかけて検証したいな……」
「落ち着いたら付き合いますよ。今は魔力も時間もないので難しいですが」
「本当か? では検証内容は私が考えておこう」
そこで話は一段落したので、私たちは工房にあった果物をおやつに食べながら、ゆったりとした時間を過ごした。
貴族街に行ったらしばらく忙しいだろうし、この機会に十分な休息をとっておこう。
創造神様の加護を得てから二日後の朝。私たちは工房から自宅に戻ってきた。
今日の五の刻に騎士の迎えが来ることになったので、今から約一刻で引越しの準備をしなければならない。
「ではレーナ、皆さん、私は一足先に王宮へ戻ります」
ここまで送り届けてくれたダスティンさんが、自宅の入り口から私たちに声を掛けた。
「もう行ってしまうのですか?」
「ああ、兄上からの手紙で、私はレーナを迎える側の一員に加わることになったのだ。さっそく今日から職務に復帰させられるらしい」
「大変ですね……頑張ってください」
今まで引きこもっていたことになっているのだから、いくら次期国王であるお兄さんがダスティンさんを認めたとしても、周りからは色々と言われるだろう。
「あの、私たちとダスティンさんって初対面ということになるのですよね?」
「そうだな。どこかで顔合わせをする機会が作られるだろうから、そこまでは知り合いということを悟られないようにしてほしい。クレールもだな」
「分かりました。気をつけます」
少し寂しいけど仕方ないよね……早く顔合わせできたらいいな。
「では私は行く。また後でな」
「はい。色々と手配してくださって、そして助けてくださってありがとうございました」
頭を下げて感謝を伝えると、ダスティンさんは僅かな笑みを浮かべて家を出ていった。
ここからはダスティンさんなしで、私たちだけで頑張らないといけない。かなり不安だけど頑張ろう。
「レーナ、この荷物を鞄に詰めてくれ」
「はーい。あっ、お母さん。その髪飾りは持っていきたい。後はそっちの服も」
「分かったわ」
それから皆で忙しく引っ越しの準備をしていると、アパートの外が騒がしくなった。窓から外を覗いてみると、騎士たちが来たみたいだ。
凄く豪華なリューカ車に騎士が何十人も見える。
「なんだか、凄く目立ってるわね」
「思ってたよりも大々的な迎えだね」
そんな話をしながら外を眺めていると、すぐに玄関の扉が叩かれた。
「朝早くに申し訳ございません。このお部屋に住まわれているレーナ様、そしてそのご家族をお迎えにあがりました」
騎士の言葉を聞いて扉を開けると、そこには三人の騎士がいた。なんだかキラキラしている鎧を身に纏い、兜を脇に抱えている姿はとても絵になる光景だ。
「初めまして、レーナです」
私が声をかけると、一番前にいた騎士の男性が笑みを深めて胸に手を当てた。なんだか意味深な笑顔を見るに、少なくともこの人は一連の流れを知ってるのかもしれない。
「創造神様のご加護を得たとのこと、おめでとうございます。陛下がお呼びですので、王宮までご足労いただけましたら幸いです」
「分かりました。よろしくお願いします」
それからまとめた荷物を騎士の方たちが運んでくれて、私たちは騎士に周囲を固められながらアパートを出た。アパートの前には人だかりができていて、私たちが姿を現すとざわめきが大きくなる。
「誰が連れて行かれるんだ?」
「何かやらかしたのか?」
「違うだろ。これは丁重な迎えじゃないか?」
「凄い功績を立てた人がいるんだよ」
そんな声が耳に届きながらも、騎士たちに囲まれているのでほとんど周囲を見ることはできず、リューカ車に乗り込んだ。
「凄い車だな!」
車に乗り込んだところで、お兄ちゃんが瞳を輝かせて車内をぐるりと見回す。確かにこれ以上は豪華にできないだろうと思うほどの車だ。
「少し緊張するわね」
「汚したら大変だよな……」
「確かに、靴を履いたままで良いのかな?」
床に視線を向けると、そこには毛足の長い絨毯が敷かれている。
「なんだか踏むのも悪い気がしてくるな」
「足を上げたくなるわね」
皆でそんな話をしていると外から騎士の「出発します」という声が聞こえ、リューカ車がゆっくりと動き出した。
カーテンが掛かっている窓から外をちらっと覗くと、私たちが住んでいたアパートの外観が目に入る。
スラム街からここに引っ越してきた時にも生活が一変したけど、今回の引っ越しでは想像できないほどに変わるのだろう。
これからの生活がどうなるのか全く分からず、不安はかなり大きい。でもせっかくだから、不安に思うばかりじゃなくて楽しもう。
貴族街に行けば、今までは知る機会がなかった不思議なこの世界をより深く知る機会にも恵まれるはずだ。たくさんのことを学びたいな。
それから家族皆を守るために、頑張って力をつけよう。精霊魔法を鍛えて物理的な力も、地位や身分という階級の力も。
私のことを思って一緒に来てくれる皆を、絶対不幸にしたくない。皆が楽しく過ごせるように頑張らないと。
「皆、これからもよろしくね」
私のその言葉に家族皆が優しい笑みを返してくれて、これから何があっても乗り越えていけるだろうと、不思議と確信できた。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!
ここで1章は終了となります。面白かったと思ってくださいましたら、ぜひ☆評価や感想などいただけると嬉しいです。
2章は貴族編となります。創造神様の加護を得て大きな流れに巻き込まれ始めたレーナですが、その中でもレーナらしく進んでいく様子を楽しんでいただけたらと思っています。1章でレーナの周りにいた人たちも登場する予定です!
2章の投稿は来週の後半から開始する予定ですので、続けて読みにきていただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします!
蒼井美紗