117、特別な精霊魔法
どの魔法を試してみよう。詠唱を覚えているものが良いから、お父さんが使っていた体を温める温暖魔法を……
そう思って自分の体が温まるイメージをしたその瞬間。何も言葉を発していないのに、私の体がポカポカと温まった。金色の精霊は、先ほどと変わりなくふわふわと周りに浮かんでいる。
「…………」
どういうことだろう。もしかして、詠唱が必要なかったりする?
「レーナ、どうしたんだ?」
「何かあったの?」
私が黙り込んでいたら、お父さんとお母さんが心配そうに顔を覗き込んでくれた。
「……詠唱しなくても、魔法が発動するかも。あの、ダスティンさん、桶を借りても良いですか?」
目に見える魔法を使ってみようと考えてそう問いかけると、私の言葉に瞳を見開いていたダスティンさんはすぐに頷いて持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
――この桶を水で満たして。
心の中で金色の精霊に話しかけるようにすると、一瞬で桶が水でいっぱいになる。
「レーナ、どういうことだ?」
「ダスティンさん……精霊に心の中で起こして欲しい現象を伝えると、詠唱なしで魔法を発動してくれるみたいです」
「……信じられんな」
ダスティンさんは困惑の表情で私と精霊を交互に見つめ、しばらくしてから宙に視線を向けた。
「――魔力はどれほど消費しているのだろうか」
「確かにそうですね。たくさん魔法を使ってみれば分かるでしょうか」
「ああ、この水を熱して冷やしてと何度も繰り返してみてくれ」
その言葉に従って魔法を行使すること数十回。全く魔力が尽きているような様子はなく、問題なく魔法を発動できている。
「レーナ、もう良い。普通ならばここまで連続で魔法を行使すれば、魔力が尽きるものだ。レーナは詠唱なしで魔法を発動できるだけでなく、魔力の消費量もかなり抑えられるらしい」
「凄いですね……」
なんだか自分のことだと思えなくて、他人の話を聞いているみたいだ。
「レーナ、他の魔法はできるのか? 空間を操るとか、他人の力を向上させるって話があったよな?」
「そういえばそうだったね。ちょっとやってみようかな」
お兄ちゃんの言葉に、空間を操るという言葉の意味を考えてみた。すぐに思いつくのは、ワープや転移などと呼ばれるものだ。
――私を工房の端に移動させて。
遠い空間と今いる場所を繋ぎ合わせるイメージで精霊にお願いをしてみたけど、特に何も起こらない。精霊はふわふわと浮かんでいるだけだ。
別の場所に一瞬で移動するのは難しいのかもしれない。それなら異空間収納はどうだろう。この空間を弄るのが無理なら、別の空間に干渉できる力という可能性もある。
――この桶を別の空間に収納してくれる?
「あっ……消えた」
「どういうことだ? どんな魔法を使ったんだ?」
ダスティンさんは研究者としての好奇心が刺激されているようで、私の肩を掴んで顔をずいっと覗き込んできた。珍しく瞳が輝き、口角が上がっている。
「別の空間に桶を仕舞ってとお願いしたんです。その前にこの世界の空間を歪めて一瞬で別の場所に移動できないかを試してダメだったので、他の空間に干渉できる力なのかもと思いまして」
「レーナ、これは凄いことだ! 他にも検証をしよう。検証結果は私が書いていく。次はその別の空間から桶を取り出せないか試してみてくれ」
「分かりました」
それからは私も楽しくなって、ダスティンさんといつもの魔道具研究のように、創造神様の加護による魔法の検証を進めた。
それによって分かったことは、創造神様の加護を得た者だけが使える特別な魔法は、大きく分けて全部で四つということだ。
一つ目は空間魔法。今回の検証で分かったのは、異空間収納と異空間との狭間を用いる防御魔法のようなものだった。収納に関しては検証しきれてないけど、とりあえずかなり気温が低い空間に収納されるということは分かった。
熱いお湯がすぐに冷えていたので、この世界の水の月に相当する気温だと思う。収納できるものは大きさに制限があるらしく、私が両手で抱えられる程度のものまでしか成功しなかった。
防御魔法の方はこの世界と異空間の狭間、繋ぎ目とでも言うのかな。その部分が透明な板のような感じで宙に現れて、その板が全ての攻撃を打ち消すことが分かった。
ただこの板は少し出現させているだけで工房内の魔力が尽きたので、実用にはあまり使えないかなと思う。
二つ目は治癒魔法だ。これは偶然に発見できた。工房内の魔力がなくなったので皆で庭に移動していると、金色の精霊をじっと見つめていたお兄ちゃんが転んだのだ。その怪我が治ったらいいのにと願ったら、怪我が光に包まれてゆっくりと治っていった。
どれほどの怪我まで治るのかは分からないので、これから要検証だ。
そして三つ目は身体強化魔法。これは私自身の基礎能力を上げてくれるものだった。ただ現段階で私の能力がそこまで高くないので、底上げしてくれても一般的な鍛えている大人程度だ。
これから鍛えていけば、もっと凄い力を発揮できるようになるかもしれない。
最後は補助魔法。付与魔法とも言えるかなというもので、先ほどの身体強化を他人にも付与できた。一人だけに魔法を掛けるとかなり強く強化されたけど、同時に強化する人数が増えるたびに強化の度合いは下がってしまうらしい。
「本当に凄いな……」
ダスティンさんが今回の検証結果をまとめた紙を見つめながら、ポツリと呟いた。思っていたよりも多様な魔法が使える金色の精霊に、圧倒されてばかりだ。