115、これからの動き
あまりにもあり得ないダスティンさんの告白に、皆は私の指輪を見た時以上に理解できない表情で固まった。
最初になんとか口を開いたのは、ギャスパー様だ。
「だ、第二王子殿下、ということでしょうか?」
「そうだ。まあ私に騎士や王家を動かせる力があるということを理解してもらえれば、肩書きは気にしなくて良い」
その言葉に躊躇いながらもギャスパー様が頷いたところで、ダスティンさんは私の家族に向けて口を開いた。
「驚いていると思うが、私ならばレーナを王家で保護して貴族にすることは可能だ。レーナもそれに同意している。そして皆さんのこれからだが、ご家族も一緒に貴族街に向かってもらいたい」
「私たちも、貴族街に……」
「レーナの力を利用しようと考えた者が、真っ先に狙うのは家族なのだ。なので皆さんにも安全な場所に移動してもらいたい」
「お母さん、お父さん、お兄ちゃん。皆が嫌じゃなければ私と一緒に来てくれたら嬉しい……んだけど、どうかな」
断られたらどうしようと緊張しながら問いかけると、まず動いたのはお父さんだった。
「もちろん一緒に行くに決まってるだろ」
お父さんは私の頭を強めに撫でながらニッと笑って、嬉しい言葉を発してくれる。
「そうね。街での生活は楽しいけれど、それは家族が一緒にいるからだもの。貴族街に行くのは少し怖いけど、皆で行けば楽しいはずよ」
「俺も一緒に行くぜ! 街中に入れたと思ったら今度は貴族街とか、俺の妹は凄いな!」
お母さん、お兄ちゃん……。
私は皆の優しい言葉に思わず泣きそうになり、溢れそうな涙を指先で拭ってから笑みを浮かべた。
「皆、本当にありがとう」
それからは皆で貴族街へと移動することが決まったので、今後の流れについて話をすることになった。
「現段階では貴族街に向かった後のことについては何も分からないので、これから数日の流れを話し合いたいと思う。まず騎士が迎えに来るまでの数日は、身の危険を避けるためにも絶対に一人での行動は避けてほしい。というよりも、できれば外出せず私の工房に籠っていてくれたらありがたい」
ダスティンさんのその言葉にお母さんとお父さんはすぐに頷いたけど、お兄ちゃんだけは少し困り顔で口を開いた。
「職場にだけは連絡に行きたいんだが、その時だけ外出してもいいか?」
「そうだな……家族三人でまとまって動けば大丈夫だろう。しかし用事が終わったらすぐに帰宅し、できる限り大通りを通るように」
「分かった」
「そうして数日は基本的に工房で過ごし、その後に騎士の迎えで貴族街に向かってもらう。レーナだけでなく家族も一緒に行くことになるので、そのつもりでいてくれ。迎えは自宅に行くよう調整するので、迎えの少し前に工房から自宅に戻ってもらう。持っていきたい荷物はその時に準備をして欲しい。アパートの管理人への話は騎士がするので心配はいらない」
荷物をまとめる時間は少ししかないってことか……今から何を持っていきたいのか考えておこう。
「数日の大まかな流れはこんな感じだが、何か疑問点などはあるか?」
「……いや、大丈夫だ。というよりも、まだ混乱しててよく分からねぇ」
「それも仕方がないか。まあこれから数日は工房にいるのだから、そこで聞いてもらえれば良い。他の者も質問はないか?」
ダスティンさんのその言葉に、ゆっくりと手を挙げたのはギャスパー様だ。
「あの、一つだけ聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「もちろん構わん」
「なぜこの場所で話し合いを行なったのでしょう。私に第二王子殿下の素性を明かす必要はなかったのではないでしょうか」
確かに……よく考えたらそうだよね。私がギャスパー様のところに報告に来て、金の指輪を得て王家に保護されることになったので仕事を辞めなければならないと、そう伝えるだけで良かったはずだ。
「そうだな。しかしあなたはレーナからその報告を聞き、さらに私が姿を消したとなれば、確実に何かしら勘づくだろう? そして探りを入れるはずだ。それをされるぐらいならば自ら明かしたほうが良いと判断した。……それから話を聞く限り優秀そうだからな。これから使えるだろうと思っている」
ダスティンさんのその言葉を聞いて、ギャスパー様は少しだけ顔を驚きに染めてから、すぐに口角を上げて楽しそうな笑みを見せた。
「第二王子殿下にそう言っていただけるなど、光栄でございます。ご用命があれば王城までも参りましょう」
「ああ、期待している」
「レーナも貴族の養子になったら、ぜひ我が商会を贔屓にして欲しい。呼び寄せてくれればジャックやニナ、ポールを共に連れて行こう」
私はその言葉を聞いて思わず苦笑を浮かべてしまった。ギャスパー様って、やっぱり優秀な人だよね。そして機を逃さない熱意を持っている人だ。
「もちろんです。もし私が商会を呼べるような立場になれたら、色々と買いますね」
「楽しみにしているよ」
「ギャスパー様、今まで本当にありがとうございました。せっかく私のことを拾い上げてくださったのに、こんなにすぐ辞めてしまう形になって申し訳ありません。もうここで働けないことは寂しいですが、これからは別の形でお会いできることを楽しみにしています」
最後にしっかりと挨拶をして頭を下げると、ギャスパー様は優しい笑みを浮かべて今までの働きを労ってくれた。