113、レーナの今後
これから私の身に起こるかもしれないことを聞いて落ち込んでいると、ダスティンさんが確認するような様子で口を開いた。
「レーナは大聖堂に行かなくとも、教会には入りたくないのか? 神々への祈りの儀式を受けた教会の司教は例外で、基本的には高待遇を受けられるだろう」
「……でもその高待遇って、私の自由を保障されるわけではないですよね。うちの近くの教会にたまに通うだけで、後は自由なんてことは」
「さすがにそれは、厳しいだろうな」
やっぱりそうだよね。さっきの司教様の雰囲気とダスティンさんの説明からして、教会に入ったら籠の中の鳥になりそうだ。
美味しいご飯と豪華な部屋や服を与えられて、皆に敬われる。でも自由に外出はできないのだ。
そういう生活を望んでいる人もいるだろうけど……私は全く惹かれない。豪華な部屋や服なんていらないから、人並みで良いから自由に生きたい。
「教会には入りたくないです。何か方法はないでしょうか……? ずっと断り続けるしかありませんか?」
ダスティンさんなら良い解決策を知ってるんじゃないかと思って縋るような視線を向けると、ダスティンさんはしばらくじっと黙り込んでから、ポツリと呟いた。
「あるにはある」
「本当ですか!」
「ああ、しかしその方法でも、レーナの望みを全ては叶えられない。この街から離れなくても良いという部分のみ、叶えられるはずだ」
「それでも良いです!」
少しでも最悪の未来に抗いたいと思って身を乗り出すと、ダスティンさんの言葉から発されたのは信じられない言葉だった。
「レーナが貴族になれば良いのだ」
「……貴族に? それって、あの貴族ですよね? 領地とかを治めてる」
「そうだ」
「……なれるんですか?」
貴族になるには貴族家に産まれないといけないんじゃないかと首を傾げると、ダスティンさんは私の指にハマる指輪を示した。
「それがあれば貴族家の養子になれる。創造神様の加護を得た者を国で保護するため。そう理由付けすれば、反対する者はまずいないはずだ」
そうなんだ……この金色の指輪って、予想以上に凄いんだね。大聖堂に連れて行かれるなんて現実感のない話よりも、こっちの方が素直に驚ける。
「万が一貴族になれたとして、大聖堂に行かなくて済むのはなぜなんでしょうか」
「国や貴族は教会に多額の寄付をしているんだ。だからこそ、貴族家の者に手を出すことはしないだろう。教会から要望が来るとして、せいぜいこの街の教会にたまに顔を出す程度になるはずだ」
そういうことか……私の目の前にある二つの選択肢が、どちらも選びたくない。でもそれは許されないんだよね。
教会に入って大聖堂に行くか、貴族になって貴族街に行くか。
その二つなら……やっぱり後者かな。この街にはたくさんの大切な人たちがいる。貴族街に行ったら容易には会えなくなるかもしれないけど、物理的に距離が離れてしまう大聖堂に行くよりはマシなはずだ。
それにさっきの司教様の様子を見てしまっているから、教会に入るのは少し怖い。ああいう手段に出るような人が、あの司教様一人だけってことはないだろう。
「貴族に、なりたいです」
ダスティンさんの瞳をしっかりと見つめ返して自分の気持ちを口にすると、ダスティンさんは僅かに微笑んで頷いてくれた。
「分かった。では私が諸々の手配をしよう」
「……良いのですか? 身分を隠してここにいるのに、ご迷惑なんじゃ」
「いや、構わない。……実は兄上から、そろそろ王宮に戻れと言われていたのだ。王妃が心を壊して、父上より先に療養のため別荘地へ行くことになったらしい。だからこれは良い機会だ」
「そうだったのですね」
初めて聞いた情報に驚いていると、ダスティンさんは苦笑を浮かべつつ工房に視線を向けた。
「ちょうど研究が良いところだからと戻るのを先延ばしにしていたが、そろそろ兄上もうるさいからな」
「それは、ちゃんと戻ってあげたほうが良いと思います」
ダスティンさんの研究にキリがつくまで待っていたら、普通に半年ぐらい先延ばしになるだろう。
「クレールにもそう言われている」
「そういえば、最近はクレールさんと遭遇することが多かったですが、戻る話をしていたからなんですか?」
「そうだな」
クレールさん、絶対に喜んでるだろうな。また近くで毎日ダスティンさんの世話を焼けるのだから。ダスティンさんは……ちょっと迷惑がってるかもしれないけど。
「話が逸れたが、私が手配をするので良いか?」
「はい。よろしくお願いします」
「分かった。ではまず私からクレールに手紙を出し、それから兄上にも相談だな。レーナの加護のことは他の者も見ているか?」
さっそく紙とペンを準備してさらさらと手紙を書き始めたダスティンさんは、たまに手を止めて私に質問をしてくる。
「はい。その場にいた司祭と子供たちは見ています」
「それならば、すぐに金色の指輪を得た者が現れたと噂になるだろう。それが王の耳にも入り、創造神様の加護を得た者を保護する目的で騎士を派遣したという筋書きにしよう」
「では、私のことは騎士が迎えに来るのですか?」
「そうなるな。できる限り迅速に動いて……明日の午後か明後日だ。それまでレーナはこの工房にいると良い。騎士が来る直前に自宅へ戻る方が安全だからな」
「分かりました。あの、家族はどうなるでしょうか」
一番気になっていた部分について緊張しながら質問すると、ダスティンさんはほぼ迷いなく、一緒に貴族街に来てもらうことになると言った。
「家族は人質などに使われやすいため、こういう場合は共に来てもらうことになるのだ。よほど本人たちが抵抗しなければな。市井に精霊魔法の圧倒的な才を持つ者が現れた場合なども、王宮で雇う時には家族もその者の近くに呼ぶ」
それなら家族とはこれからも普通に会えるってことだよね。家族と離れることも覚悟していたので、凄く嬉しい。
皆は貴族街に一緒に行ってくれるかな……せっかくここでの暮らしに慣れたところで申し訳ないけど、一緒に来て欲しいって頼もう。
「家族には私が話をしようと思います」
「そうだな。これから手紙を出しつつ家族を呼びに行けば良い。それからロペス商会にも話をしておいた方が良いだろう。騎士の迎えで貴族街に行けば、しばらくここには戻って来られないだろうからな」
「確かにそうですね……」
ギャスパー様には本当に良くしてもらったのに、こんなに早く商会から離れるのは申し訳ない。ちゃんと話をして謝ろう。
ジャックさんやニナさん、ポールさんにも話をしたいな。
「よしっ、これで良い。レーナ、確かこの工房にもいくつか服があったな? それに着替えてそこにあるフード付きの上着を羽織るんだ。指輪が隠れるように手袋もしよう」
「分かりました」
それから素早く準備を整えた私は、少し緊張しつつダスティンさんと工房を後にした。