110、信じられない出来事
「神々の加護を賜るべく集まりし子供たちよ」
そんな言葉から始まった男性の話は、神々と精霊、そして人間が共に歩んできた歴史についてだった。どこまで本当のことなのか分からないけど、初めて聞く内容も多くて引き込まれる。
話は十分ほど続き、男性は話し終えたところで枝の横に置かれた豪奢な椅子に腰掛けた。
そして次に口を開いたのは、端で待機していた真面目そうな若い男性だ。司会進行役みたいな感じかもしれない。
「此度の見届け人は司教様です。皆さんは神々へ祈りを捧げてから枝に触れ、司教様にも感謝の言葉を伝えてください」
この男性って司教だったのか。確かジャックさんが教えてくれた序列によると、司祭が大多数の教会で働く人たちで、司教がその上に立つ人だったはずだ。
「ではそちらの方から順番にお願いいたします。加護を得たら席に戻ってください」
最初に指名された女の子は緊張の様子で立ち上がり、カチコチとぎこちない動きで枝の前に向かった。跪いて手を組んで祈りを捧げ、ゆっくりと立ち上がってから枝に触れる。
するとその枝はうっすらとした光を放ち、数秒で光は消えた。思っていたよりも弱い光だったけど加護を得ることはできたようで、女の子は嬉しそうに左手を掲げて満面の笑みだ。
左手の中指に出現した指輪の宝石は……青色に見える。
「し、司教様、加護をいただきました。ありがとうございます!」
「水の女神様からの加護ですね。これからも神々への感謝を忘れないようにしてください」
「もちろんです!」
女の子が頬を赤く染めて嬉しそうに戻ってきたところで、すぐに次だ。次は男の子で、緊張よりも楽しみが勝っているのか足取り軽く前に歩いて行った。
そうして大きな問題はなく順番に皆が加護を授かり、ついに私の番がきた。前の男の子が風の女神様から加護を得てベンチに戻ってきたところで、立ち上がって神様たちの前に向かう。
私はどの女神様からの加護を得られるのだろう。やっぱり水の女神様が良いかな……ダスティンさんがたびたび使う魔法がとてもカッコいいし、水魔法ならダスティンさんに詠唱を教えてもらえるかもしれない。
そんなことを考えながら跪いて神様たちに祈りを捧げ、少し緊張しつつ枝に手を伸ばした。
枝に手が触れて全体が僅かに光を放ち、私も無事に加護を得られそうだと安堵したその瞬間、思わぬ事態が発生した。
枝が今までにないほど強く発光を始めたのだ。その光は目を開いているのが難しいほどで、咄嗟に瞼を閉じて腕で瞳を隠した。
それからしばらくして恐る恐る目を開くと……枝は元の状態に戻っていたけど、問題は私の指にハマる指輪だった。
――指輪の色は、金色だ。
どういうことなんだろう。金色って創造神様の色だよね。私は四人の女神様じゃなくて、創造神様からの加護を得られたってこと?
でもなんでそんなことに……私が前世の記憶を持っていることと、何か関係があるのだろうか。
「き、金色だ!!」
私が困惑していると、近くにいた司教様が指輪を凝視して叫んだ。そして瞳をこれでもかと見開いて私と指輪を何度も往復して見つめ、徐に私の手首を握る。
「君、名前は?」
「……レ、レーナです」
「レーナの加護は少し特殊なようだ。これからについて話があるから別室にいてくれるかな? 他にいない加護だ、魔法の使い方も分からないだろう?」
司教様は笑顔だけど目が笑っていない表情で、有無を言わせぬようにそう言った。私が帰りたいと言いかけると、手首をキツく握られて言葉を遮られる。
「そこの君、別室を準備するんだ」
「か、かしこまりました……!」
「司教様、他の子どもたちの見届け人はどうされますか?」
「あとは君に任せた」
司祭の人たちも何が起きているのか把握しきれていない様子で、とりあえず司教様に従うみたいだ。
これってちょっと、ヤバいかな。もしかしてこのまま帰してもらえないとかある? あんまり考えたくないけど、この人の血走った瞳を見ると不安になる。
「あ、あの……別室で何をするのですか?」
「大丈夫。別に怖いことではないよ」
私を安心させるためなのか司教様は口角を上げたけど、目が必死なのでより怖い。全く安心できません!
それから私はよく分からないまま司教様に小さな会議室のようなところに入れられて、部屋から逃げ出さないようになのか、司祭の二人を見張りにつけられてしまった。
これからどうなるんだろう。司教様が目の色を変えたのはこの金色の指輪のせいだよね。これが創造神様の加護だとして、私を確保しておくことで司教様になんのメリットがあるんだろう。
例えば、創造神様に自分も加護をもらいたいとか? いや、でもそれなら軟禁みたいにしないよね。そもそも私は加護を得たかもしれないだけで、創造神様に対して何かアプローチをできるわけじゃないんだから。
そうなると他に考えられるとすれば、教会内での地位向上だろうか。私がいることで有利に働く何かがあるとか、私をもっと上の人に献上して便宜を図ってもらうとか。
……あり得そうかも。最悪な予想だけど当たってそうで嫌だ。
そもそも教会全体としては、私の存在って喜ばしいものなのかな。もしかしたら、疎ましいから閉じ込めて消そうって考えられてる可能性もあり得る……?
いや、さすがにそれはないと信じたい。自分で言うのは嫌だけど、創造神様の加護を持つかもしれない人なんて、教会としては何にでも使えるだろう。
でもどちらにしたって、私にとって良い結末にならなそうなのは同じだ。どうしよう、このままここにいても良いのかな。逃げ出した方が良いだろうか。