11、自分の宣伝
「レーナ、騎士の人達は凄くカッコ良かったよね!」
朝起きて朝食の準備をしていると、エミリーが近所の女の子を引き連れて私のところに来た。外門を見に行ってから二日が過ぎたけど、エミリーの興奮はまだまだ収まっていないみたいだ。
「うん。凄い迫力だったよ」
「そーなんだ! どんな人がいたの?」
「うーん、どうだっただろう。顔はあんまり見えなかったんだよね」
全員が同じ兜を被ってたから、同じような印象しか残っていない。それに人じゃなくてノークに注目してたからね……
「え〜、私も見に行ったら会えるかな?」
「多分かなり運が良くないと見れないと思うよ。私達は幸運だったの」
エミリーのその言葉に残念そうな顔をする女の子達。今この辺では絶賛騎士ブームなのだ。男の子達も騎士になりたいとか兵士になりたいって夢を語っている。
その夢が叶う可能性が限りなく低いことを考えると、ちょっと悪いことをしたかなーと思っている。多分今までの人生でお母さんやお父さんから外門の話が出なかったのは、より豊かな生活を私たちに知らせないって目的もあったんだと思う。……そう、外門から帰って来てから気付いた。
私の前世の知識みたいに、知らない方が幸せってこともこの世にはたくさんあるからね……まあ皆はまだ騎士を見て一時的な憧れが強くなってるだけだから、大丈夫だと思うけど。
私はもう前世の知識でがっつり豊かな暮らしを知っちゃってるから、時間と共に諦めるなんてことはできない。どうにか街中に入れるように考えないと。
とりあえず市民権はないし銀貨一枚を貯めるのも現実的ではないことが分かったので、何か他の方法を見つけるしかない。
このスラム街で街との関わりがあるのは市場にお店を出している人たちだけだから、やっぱりそこを攻めるしかないかな……今日は市場に話を聞きに行ってみよう。もしできるなら、どこかのお店で雇ってもらえたら最高だ。
私はこの世界の知識はほとんどないけど、この世界は数字と計算だけは日本と同じなので、私の知識を活用できるのだ。私の暗算技術が火を吹く時! ってほど計算が得意でもないんだけど、この辺にいる人たちの中では頭ひとつ抜き出てると思う。
皆は簡単な足し算引き算を間違えたりしてることもあるからね……私は二桁の計算ならさすがに間違えることはないし、暗算で素早く答えが出せる。掛け算も割り算もお手のものだ。
「レーナ、ポーツを茹でてちょうだい」
「もうやってるよー」
それから私はいつものルーティンである仕事をこなして、午前中の畑仕事が終わってから素早く昼食を食べて市場にやって来た。午後はお母さんと一緒に保存食を作る予定なので、それに間に合うために早く帰らないといけない。
情報を集めるにしても時間がないんだよね……もしどこかのお店で雇ってもらえるってことになったら、お金をもらえるのなら家族は喜んでくれると思うけど、お金にならないことには厳しいのだ。
「いらっしゃーい。新鮮な野菜があるよー」
「服を新しくするならうちがおすすめだよ〜」
市場に並ぶお店を観察しながら歩いていると、そんな宣伝の声がそこかしこから聞こえてくる。どのお店が良いんだろう……情報を得るだけなら優しそうな人を選べば良いけど、雇って欲しいなら人手を必要としてるお店を選ばないとだよね。
とりあえずお店に二人以上の人がいるところはダメだろう。一人でやってるのにお客さんが多くて忙しくしているお店。さらには計算が大変な方が良いから、一人のお客さんがいくつも商品を購入するほうが良い。
そうなるとやっぱり食品を売ってるところかな。重さによって量り売りとかしてたらなお良いかも。
「いらっしゃいませ〜。新鮮な野菜があるよ〜!」
少しでもたくさんのお店を見て回ろうと駆け足で市場を移動していたら、突然聞いたことのある声が耳に入った。足を止めてそちらに視線を向けると、そこにいたのは数日前にエミリー達とミリテを買ったお店のおじさんだ。
おじさんって一人でお店をやってたんだ……さらに目に入るだけでも三人のお客さんが商品を見ている。お会計は……あっ、ちょっと手間取ってるっぽい? 黒い板に白いチョークのようなもので数字を書いて、必死に計算してるみたい。
――もしかしたらおじさんのお店って、私が求める条件にピッタリと合うんじゃないだろうか。雇ってくれるのならこういうお店だ。とりあえず……話をしてみようかな。
私はそう決めるとお客さんの波が収まった時を見計らい、おじさんに近づいた。
「こんにちは」
「いらっしゃい! お? お嬢ちゃんは……確かこの前ミリテを買ってくれたよな? 今日は一人か?」
「覚えててくれたの?」
「ああ、随分と嬉しそうだったからな。今日は何が欲しいんだ?」
「実は今日は買い物じゃなくて……おじさんのお店で私を雇ってくれないかなーと思って来たんだけど」
おじさんの反応を伺うように顔を覗き込みながらそう言うと、私の言葉を聞いたおじさんは理解できなかったのかゆっくりと首を傾げた。
「雇う……?」
「そう、あの……私って計算が凄く得意なの。だからおじさんの力になれると思うんだけど」
「すみません。そこのミリテを一籠とポーツを三つ、それからラスートを二袋もらいたいんだけど」
私がおじさんと話をしていたら、さっそく大量注文のお客さんだ。
「お、おう。ちょっと待ってな」
おじさんは私のことは放ってとりあえずお客さんの対応をしようと思ったのか、頼まれた商品を一箇所に集めて黒い板に値段を書いていく。
ミリテが一籠銅貨三枚でポーツが一つ小銅貨八枚、ラスートが一袋銅貨九枚だ。ポーツが三つで銅貨二枚と小銅貨四枚、ラスートが二つで銅貨十八枚だから、全部足すと銅貨二十三枚と小銅貨四枚。銅貨は十枚で小銀貨一枚だから……
「小銀貨二枚と銅貨三枚と小銅貨四枚だよ」
私がすぐに頭の中で計算しておじさんに教えると、おじさんはギョッと目を剥いて私を凝視した。しかし信じられないのか黒い板で何度も間違えながら計算をして、かなりの時間を要して私と同じ答えを導く。
今日はもう1話投稿します!楽しみにしていただけたら嬉しいです!