109、神々への祈りの儀式
報恩祭が終わってからはまたいつも通りの日常に戻り、穏やかな毎日を過ごしていた。エミリーたちとも一度だけ会うことができて、クレールさんとも二回ほど工房で遭遇した。
そんな毎日の中で、今日は重要な行事が開催される。水の月の最終日である今日は……神々への祈りの儀式が行われる日だ。
「レーナ、ついに今日が来たな。帰ってきたらお祝いをしよう」
お父さんが綺麗にセットした私の頭を崩さないように優しく触って、なんだか泣きそうな表情だ。
「ふふふっ、お父さんなんで泣きそうなの?」
「だって今日はレーナが大人になる日だろう? もちろん嬉しい日だが、少し寂しくもあるんだ。もっともっとゆっくり成長していいんだからな」
「私は早く大人になりたいよ。それに成人はまだ先だからね?」
苦笑しつつそう伝えると、お母さんがお父さんの背中を少し強めに叩いた。
「ほら、あなたがそんな感じでどうするの?」
「父さんはレーナが好きすぎるんだよな。レーナ、街中の神々への祈りの儀式がどんな感じなのか、帰ってきたら教えてくれよな」
「もちろん! ちゃんと加護をもらってくるね」
私は皆に満面の笑みで手を振って、家から駆けるように外に出た。ついに今日、私も加護がもらえるのだ。加護をもらったら魔法が使えるようになる。
ふふっ、ふふふっ、魔法を使うのが楽しみすぎる。私に魔法の才能があったら良いな。どの女神様から加護がもらえるんだろう。
テンションが上がった私は自然と緩む頬を抑えられず、ニヤニヤしながら家の近くにある広場に向かった。
今日は各地域にある広場から、教会までリューカ車が出ているのだ。市民権を見せて十二歳であることを証明すれば無料で乗れる。
「おはようございます!」
「おはようございます。神々への祈りの儀式を受けられる方ですか?」
「はい。これ市民権です」
広場にいたのは教会の祭司服を着ている男性だった。物腰柔らかなその男性は市民権を確認すると、私を一つのリューカ車に案内してくれる。
「あと一名が来られたら出発しますので、もう少しお待ちください」
「分かりました。ありがとうございます」
車の中にいるのは緊張している様子の子供たちだ。男の子も女の子もいて、皆がおめかししていてとても可愛い。
私もこの子たちと同じように見られてるってことか……少しは成長したと思っていたけど、やっぱりまだまだ子供だね。
そんなことに落ち込みつつ、でも今日はそれ以上に嬉しいことが待っているので、すぐに気持ちは持ち上がった。
「リューカ車が動きますので、立ち上がったりしないようにお願いします」
数分で追加の一人が来て、リューカ車はゆっくりと動き出した。この街に教会は何ヶ所かあって、この広場から一番最寄りの教会までは十分ほどだそうだ。
「俺はどの女神様から加護がもらえるかな」
「風の女神様がいいな」
「俺は火の女神様だな!」
「私はどの神様でも嬉しい!」
車の中のあちこちでそんな会話がなされていて、教会が近づくにつれて皆のテンションが上がっているようだ。
それからしばらくリューカ車に揺られ、車は教会の前にピタッと止まった。止まった車から順番に降りると、司祭たちによって中へと案内される。
いつもは一般に開かれている教会だけど、今日だけは神々への祈りの儀式のために閉じられているらしい。礼拝堂の中には数人の司祭がいるだけで、何だか神聖な雰囲気だ。
「皆さん、右前から順番に座っていってください」
私は司祭に席へと案内されながら、新鮮な気持ちで礼拝堂の中を眺めた。実は教会に来たのは今日が初めてなのだ。
一度は行こうと思いつつ、機会がなくて今日になってしまった。
雰囲気は地球にあった教会に似てるかな……ただそれぞれの女神様や精霊が好むものがたくさん供えられているのが、この宗教特有だろう。
壁面に等間隔で設置されたグラスのようなものには、火、水、土などが順番に入っている。何も入ってないグラスは風ってことなのかな。
「こちらにお座りください」
「ありがとうございます」
ベンチに腰掛けて前を見ると、大きく視界に入ってくるのは創造神様と四人の女神様たちの像だ。創造神様の像が一番上の段に置かれ、その一つ下の段に四人の女神様がいる。
ただ一番気になるのは、神様たちの像の下にある一本の小さな木だ。木というよりも枝かな。金色に光っているその枝は、話に聞いていた加護を授かるのに触れる枝かもしれない。
そんなことをつらつらと考えながら礼拝堂の中を眺めていると、全員揃ったのか礼拝堂の扉が閉じられた。それと同時に横にある小さな扉が開き、そこから豪華な衣服を見に纏った壮年の男性が現れる。
教会の偉い人なのだろうその男性は、ゆっくりと私たちの前まで歩みを進め、綺麗な笑みを浮かべて口を開いた。