107、ダスティンさんと散策
工房を出た私たちは、熱い日差しから逃げるように急いで近くのカフェに入った。カフェの中は精霊魔法で空気が冷やされているので、とても快適でスーッと汗が引いていく。
「ここは私が奢ろう。好きなものを頼んで良い」
「分かりました。ありがとうございます」
最近は奢ってもらうことにも慣れてきて、私は素直に頷いてメニューを手にした。カフェに入る前には暑いから冷たい料理を頼もうと思っていたけど、お店の中は涼しいのでどれにしようか悩んでしまう。
「……ラスタのミリテ煮込みにします」
最終的に選んだのは熱々な料理だ。ラスタのミリテ煮込みとは、日本にあったものに例えるとトマト味のドリアみたいなやつ。
「この暑い日にそれで良いのか?」
「はい。なぜか熱いのが食べたい気分になりました」
私のその言葉にダスティンさんは微苦笑を浮かべ、自分の料理を選ぶためにメニューへと視線を戻した。
「私はステーキにしよう。甘いものは食べるか?」
「そうですね……今日は止めておきます。屋台の料理もまだ食べたいので」
「確かにそうだな。では飲み物だけ選ぼう」
それから注文を終えた私たちは、先に運ばれてきた冷たい飲み物を飲みながら一息ついた。ダスティンさんの表情はいつもより緩んでいるように見える。
やっぱりお祭りって楽しいよね。
「この後はどこに行きますか?」
「そうだな……舞台は観に行きたいと思っている。それ以外はレーナに任せよう」
「舞台! 凄く楽しみにしていたんです。絶対に行きましょう。七の刻から始まるんですよね?」
「ああ、ここから少し距離があるから早めに向かおう」
舞台は私たちがいる第二区と、高級店が多い第一区のちょうど境目のところに設置されているらしい。誰でも見られるけど、早く行かないと良い場所はなくなってしまうのだそうだ。
「演目はこの世界の成り立ちですよね?」
「今年はそうみたいだな。いくつかの演目が毎年順番に上演される」
「凄く楽しみです。ではまず舞台を見に行って、他の場所に行くのはその後ですね。私はロペス商会の屋台を見に行きたいのですが、良いでしょうか?」
「もちろんだ」
そこまで話をしたところで食事が運ばれてきて、私たちは美味しい食事を楽しんだ。
そして少し休んでから、さっそく舞台を目指して大通りを歩いていく。お兄ちゃんと屋台を巡っていた時よりは、少しだけ人の波がおさまっているようだ。多分皆が暑さに室内で休憩しているのだろう。
「飲み物を買っても良いか?」
「はい。私も冷たい果物を買いたいです。ダスティンさんはどうしますか?」
「そうだな……レントを頼んでも良いか?」
「え、レントですか!?」
レントは緑色だけど、味はレモンみたいな酸っぱい果物だ。レモンよりはまだ甘さがあるとはいえ、私は酸っぱくてそのままで食べようとは思えない。
「暑い日にはあの酸味が良いんだ」
「そうなんですね……分かりました。じゃあ買ってきますね」
二人で違う屋台に向かって、この暑さを凌ぐものを手に入れた。冷たい果物を口に含むと、一気に体が冷えてまた元気が戻ってくる。
「あっ、もしかしてあれですか!」
しばらく歩みを進めていると、目の前に優美な舞台が姿を現した。舞台を見ることができる場所に椅子はないけど、日差しを遮る布は設置されているようだ。
「まだそこまで混んではいないな。前の方に行けそうだ」
「良かったです。私は後ろだと確実に見えなさそうなので」
「いや、一応台の貸し出しがあるみたいだぞ」
ダスティンさんが指差した先には、小さな持ち運び可能な台がいくつも置かれていた。子供の体になって改めて思うけど、こういう配慮って本当にありがたいよね。
「前に行ってみて、見えなさそうなら借りに行きます」
「そうだな」
それから空いている場所に向かうと、前の人の背が高くて明らかに前が見えなかったので、私は台を借りに戻ってその上に乗った。
するとちょうどダスティンさんよりも少し背が低いぐらいになり、新鮮な目線が楽しくてキョロキョロと辺りを見回してしまう。
「楽しそうだな」
「やっぱり背が高いって良いですね」
瀬名風花はこのぐらいの身長だったかもしれない。地面までの距離感が、なんだか凄く見慣れた感じだ。
「私としては少し変な感じだがな」
「そうですか? あと数年でこのぐらいまで身長が伸びる予定なので、慣れておいてください」
「……数年ではここまで伸びないだろう」
「いや、これから成長期が来るんです」
というか来てくれないと困る。できれば早めの成長期が来て欲しい。
ダスティンさんとそんな馬鹿な話をしながら舞台が始まるのを待っていると、いつの間にか観覧場所は人でいっぱいになり、舞台が始まるのかどこからか音楽が聞こえてきた。
「始まるな」
「みたいですね」
音楽が途切れたところで舞台に上がってきたのは、一人の美しい衣装を身に纏った男性だ。話を聞いていると、創造神様の役みたいだった。
この国の宗教は神を演じたりしても良いんだね。
創造神様が何もない空間に大地や海を作り、五柱の神を作り出す。新たに出てきた五人の女性たちは、煌びやかな衣装を身に纏っていてとても綺麗だ。
五柱の神はそれぞれの属性に合わせた精霊を作り出し、精霊の力を借りて世界を豊かにしていくみたいだ。
「とても綺麗ですね……」
話の内容はありきたりなものだけど、何よりもその衣装や音楽が綺麗で幻想的で目を奪われる。さらに世界を豊かにしていく場面では、実際の精霊魔法を使うので臨場感も抜群だ。
目を離せずにずっと舞台上を見つめていたら、精霊のパートナーとして人間が作り出されたところで話は終わった。
「どうだった?」
ダスティンさんに声を掛けられて、ハッと我に返った。完全に創世の世界に入り込んでたよ……凄かった。凄く完成度が高かった。
「とても素晴らしかったです」
「そうだな。私も楽しめた」
「衣装とかとても素敵でしたよね」
「ああ、デザイナーは腕が良いな」
口元に笑みが浮かんでいる様子を見るに、ダスティンさんもかなり楽しめたみたいだ。
「これは人がたくさん集まるのも分かります」
それから観覧していた人たちが一斉に出口に向かって動き出したので、その波に置いていかれないように台から降りて、私たちも場所を移動した。