104、報恩祭開始
ダスティンさんに連れて行ってもらった買い付けの旅から月日が経過し、現在は火の月の一週だ。あの旅で衝撃の事実を知ったものの、特に今までと変化はないまま穏やかな日々を過ごしていた。
「レーナ、早く行くぞ!」
「ちょっと待って。そんなに早く行っても、まだ屋台とか開いてないんじゃない?」
今は三の刻の四時。まだ日が昇ってそこまで時間が経っていない頃だ。いつもなら家族皆で朝ご飯を食べている時間だけど、今日はお父さんとお母さんはすでに出掛けていて、お兄ちゃんは準備を済ませて私のことを待っている。
なんでこんなに朝早く動き出しているのかというと――
――今日が報恩祭だからだ。
報恩祭とは火の月一週の最終日に開催されるお祭りで、神々と精霊に感謝を告げる祭りらしい。スラムではそんなお祭りはなかったので、私たち家族は初参加だ。
人々は自分が加護をもらった女神様の色を身に纏い、街のそこかしこには精霊が好むといわれるものが設置される。そしてとにかく一日を賑やかに過ごすのだそうだ。
そのため、お父さんとお母さんは朝から屋台を開こうとまだ薄暗い時間に家を出て行った。私とお兄ちゃんは、おめかしして街中を散策だ。
午前中はお兄ちゃんとお祭りを楽しみ、午後はダスティンさんと屋台を回る約束をしている。ちなみに私とお兄ちゃんの職場は報恩祭当日限定の屋台を出店するけれど、お祭りに初参加の私たちは休暇をもらえた。
「おおっ、凄いな。似合ってるぞ」
「そう? ちょっと派手じゃない?」
まだ女神様から加護をもらっていない子供は、より良い加護を願って創造神様の色と言われている金を身に纏うのが通例なのだ。
そこで私はこのお祭りのために金色のワンピースを仕立てたんだけど……着てみると予想以上に派手で少し恥ずかしい。
「いや、レーナは可愛いから似合ってる」
お兄ちゃんがニカっと満面の笑みを浮かべて私の頭を撫でてくれたので、私は乱れた髪の毛を直しながら頬を緩めた。似合ってるって言われると嬉しいよね。
「お兄ちゃんもその服似合ってるよ。赤はちょっと暑そうだけど、その色は意外と爽やかだね」
「ああ、着心地もいいぞ」
お兄ちゃんとお父さんは火の女神様の加護を得ているから、気温が高い火の月には暑苦しい感じの赤い服装だ。ただ今朝見たお父さんの服よりも、お兄ちゃんの方がまだ爽やかさが保たれた色合いな気がする。
土の女神様の加護を得たお母さんは茶色の服で、大人っぽい感じの服装だった。今の季節に着ることを考えると、風の女神様の白や水の女神様の青色の服が涼しげで良さそうだよね。
「金は持ったか?」
「うん。いつもより多めに持ったよ」
「じゃあ行くか」
私はお兄ちゃんと並んで、カラッと晴れた外に出た。路地を通って大通りに出ると、そこにはたくさんの人が既に行き交っている。
「凄いね。こんな時間から賑やかなんだ」
「めちゃくちゃテンション上がるな……!」
お兄ちゃんは頬を赤く染めて瞳を輝かせ、たくさん並んでいる屋台をぐるりと見回した。今日は朝ご飯も屋台で食べる人が多いのか、そこかしこから良い香りが漂ってきている。
「何か食べようか」
「そうだな! あといろんな展示も見に行こう!」
展示というのは、精霊が好むと言われているもののことだ。水の精霊のために噴水や池が作られていたり、火の精霊のためにキャンプファイヤーみたいな感じで暑い日をより暑くする展示があったり、土の精霊のために土で作られたモニュメントが飾られていたり、風の精霊のために木々が生い茂るちょっとした林が作られていたり。
そういうものが街のそこかしこにあるらしい。国が作った大規模なものから個人で作った簡易的なものもあって、それぞれが考える精霊のための展示が楽しめるそうだ。
「あっ、お兄ちゃん。あれ凄く綺麗じゃない?」
大通りに面している大きなお店の店頭に、拳大ほどのガラス球がたくさん吊るされているのが見えた。ガラス球の中には水が入れられていて、日の光でキラキラと輝いている。
「本当だな! ガラスってあんな形にもできるのか」
「凄いよね。暑いけど見てるだけで涼しくなりそう」
「おっ、あっちは土で作られた壺みたいなやつから火が吹き出してるぞ」
「本当だ……あっちは暑いね」
せっかく綺麗なガラス球で涼しい気分になったのに、一気に暑さを思い出した。でも火って人が生きていくのに必要不可欠だから、嫌っちゃダメだよね。
「うちのラスート包みは美味しいよ〜」
「ハルーツのヒレ肉を使った串焼きはどうだい?」
「冷製スープで体を冷やせるよ〜」
たくさんの屋台から勧誘の声が聞こえてきて、どこで食べるのか迷ってしまう。
「俺はラスート包みを買ってくる。レーナはどうする?」
「うーん、私は冷製スープにしようかな。あとはあっちで冷やされてる果物も食べたいかも」
「あの果物か。確かに美味そうだな……俺にも一つ買っておいてくれるか?」
「了解。じゃあそれぞれ買ったら合流しようか」
それから私たちは美味しそうな料理を購入し、賑やかな通りを歩きながら朝食を食べることにした。