103、お土産
「二つは皆さんで分けて食べてもらおうと思っていて、一つはギャスパー様に持っていきます」
メイカを楽しげに眺めているジャックさんとニナさんに声を掛けると、珍しい果物を食べられるということで二人の表情が明るくなった。
「ありがとう。食べるのが楽しみだわ」
「レーナは食べてみたのか?」
「ううん。試食はなくてまだ食べられてないんだ」
「そうなのか。じゃあギャスパー様のところに持っていく前に試食するか? せっかくなら、ギャスパー様にもすぐ食べられるようにして持っていけば喜ばれると思うぞ」
確かに……その方が良いかも。私は早くメイカを食べてみたいという気持ちもあり、ジャックさんのその言葉にすぐ飛びついた。
ニナさんが休憩室に置かれているナイフを準備してくれて、ジャックさんがメイカを大きめの木の板に載せる。
「どうやって切るんだ?」
「皮ごと食べやすいサイズに切り分けて、中身だけを食べるんだって」
食べ方を軽く聞いた限りでは、スイカやメロンのような果物なのかなという印象だ。ただ皮の見た目はレモンみたいな黄色で、味の想像は全くつかない。甘くて美味しいって言ってたけど、酸っぱくないと良いな。
「まずは半分に切ってみるか」
「気をつけてね」
ジャックさんはメイカにナイフを少しだけ刺し入れ、両手で上から力を入れた。すると思いの外綺麗にメイカは半分に切られ……中から顔を出したのは、真っ赤な果肉だった。
「鮮やかな色だな」
「カミュみたいだわ」
ニナさんはブドウに似た味がするカミュのような味を想像したみたいだけど、私の頭の中に思い浮かんだのはスイカだ。
タネはないからちょっと違うかもしれないけど、瑞々しい感じとか果肉の少しざらざらしてそうな感じ。その辺が私の記憶にあるスイカと一致する。
「とりあえず適当に切ってくぞ」
それからジャックさんが大きなメイカを数十に分けてくれて、私たちは一人一つ小さなメイカを手にした。
「では食べてみましょうか」
ニナさんのその言葉をきっかけにメイカを口に運び……私はその味に、その香りに、その食感に、思わず涙がこぼれそうになった。
これ、本当にスイカだ。スイカとそっくりだ。日本の夏を思い出すな……凄く懐かしい。この世界にも日本にあったものと、ここまで似ているものがあるなんて。
「美味しいわね」
「これは良いな。俺はかなり好きだぞ」
「……私もとても好きな味です。瑞々しくて甘くて美味しいです」
「ギャスパー様は確実に喜ばれるわ」
メイカを食べるためだけにあの街に行きたいぐらいだ。王都でも手に入ったら良いのに。そのうち王都まで流通してくるようになるかな。
「ギャスパー様に渡してきますね。他の方にもぜひ食べてくださいと伝えてもらえますか?」
「ええ、もちろんよ」
「ありがとうございます」
私はお皿に載せたいくつかのメイカと丸々一つのメイカを抱え、休憩室を出て商会長室に向かった。ドアに来客中などの札が掛ってないことを確認してからノックをすると、すぐに中から入室を許可する声が聞こえてくる。
「失礼いたします。レーナです。ただいま戻りました」
部屋の中に入って挨拶をすると、ギャスパー様はにこやかに迎え入れてくれて、わざわざ執務机から立ち上がってメイカを受け取ってくれた。
「ありがとうございます」
「良いんだよ。これは果物かい?」
「はい。ギャスパー様にお土産として買ってきました。よろしければ受け取っていただけますか?」
「もちろんだよ。ありがとう。知らない果物だなんて嬉しいな」
ギャスパー様は表情を楽しげなものに変えて、メイカをじっくりと観察しながらソファーに腰掛ける。
「レーナも座ると良い」
「ありがとうございます」
「この果物はなんていうものかな?」
「メイカという名前らしいです。染料を育てている畑で空いている期間に育てるのが伝統らしく、果実は食用に、乾燥させた根や葉は畑に混ぜ込むそうです」
私のその説明を聞いて、ギャスパー様は興味深げな表情で近くにあった端紙にメモをした。
「こちらが先ほどジャックさんが切り分けてくれたメイカです。皮は食べず、中の果肉だけをお召し上がりください」
フォークも一緒に手渡すと、ギャスパー様はさっそく一つのメイカを口に運んだ。数回咀嚼してから、口端を綻ばせる。
「これはとても美味しいね。似たような果物があまりないし、王都でも十分人気になりそうだ」
「私もメイカには可能性があると思います。あの街以外で栽培はされていないのでしょうか」
「そうだね……少なくとも私が知っている限りではないかな。栽培が難しかったりするのかい?」
「いえ、そのような様子はありませんでした。どちらかといえば、畑が空いている期間で気軽に育てているという感じで」
ただ可能性があるとすれば、あの街で育てている染料となる植物と相性が良い場合だ。メイカの生育にその植物が大きく関わっている場合、別の畑でメイカを育てても簡単には育たないのかもしれない。
「ふむ、興味深いね。少し私の方でも調べてみるよ。商会で取り扱えそうなら、少量から試しに仕入れてみよう。レーナ、とても素敵な土産をありがとう」
「ギャスパー様が私を快く送り出してくださったからです。こちらこそ本当にありがとうございました。おかげでとても貴重な経験を積むことができました」
私のその言葉にギャスパー様は優しい笑みを浮かべ、魔物素材の臨時市場の様子について、詳しいことを教えて欲しいとペンを握った。
それから私はダスティンさんの素性に関すること以外、今回の旅で得た知識を全てギャスパー様に伝え、話し疲れた頃にロペス商会を後にした。