大聖域
ボートに揺られる。月明かりの中ボートは沖に出て、そこで停泊した。
「お前、馬鹿じゃないのか。風と土の関係に、楔でも打ちこむつもりなのか。それでお前、俺がお前を弑したら、土の王は喜ぶだけだぞ」
「良かったわね、土の島と仲良くできて」
土の王への態度がいかにひどかったかをとくとくと言い聞かせてくる飛嶺に、ホゥジュはやる気なく答えた。そもそも飛嶺はこれからホゥジュを殺す気でいる。それなのに、そのホゥジュがどう悪評を広めようが、殺す飛嶺の勲章にしかならないだろうに。
「親しい親族を殺さざるを得なかった王に対して、お前のしたことは残酷だと言ってるんだ」
「……ねぇ、それは、王が可哀相だって言ってるの? 桐夜を慕っていた人は、王に桐夜を殺されて可哀相よね? その人達以上に、王の方が可哀相なの?」
「お前は、王と長の関係をなにも知らないから」
「じゃあ、あなたは知ってるの?」
「……そう強制されて、そうせざるを得ない人間の苦悩は、想像できるだろ」
はぁ、とホゥジュは息を吐いた。
「じゃあ私は、桐夜の方の苦悩を想像するわよ。ねぇ飛嶺。あなたって不思議ね。いつもは冷静で公平なのに、長を殺す定めにある人間と自分を同調させてる。本当に憐れみたいのは自分? 長を殺さなきゃいけない自分が可哀相って、私に言ってほしいの?」
ごん、と飛嶺がボートのへりを拳で叩いた。怒りに満ちた目でホゥジュを見据えるかと思ったが、彼は視線をボートの底に当てたままだ。怒っている。けれどホゥジュの言葉に、真実の一端があるとでも思っているみたいだ。
「――……ねぇ、じゃあ、あなたには私のなにが分かるの? 故郷を裏切った母の娘。混血の、ドームの王女。蔑まれるべき血を継いだ王女が、あの世界でどう扱われてきたのかなんて、あなたに分かるの? あの世界では、ミタマは小さい。ミタマが生きていけない世界なんだわ。だから私もただの小娘。そういう世界で蔑まれて、父には見放されて、母と姉だけが味方だった私の世界を、あなた知ってるわけ?」
ゆらゆらとボートが揺れている。ボートの中央では、小さな小型の炉が据えてあって、そこに鍋が吊されている。ことこととスープの煮えるいい匂いがしているが、少し煮立ちすぎているようにも思える。
「姉がいるのか」
「ほら、あなたなんにも知らないじゃない。私の家族構成も、どう育ってきたのかも。そんなんでよく、この世界のために死ねなんて言えるわよね」
飛嶺は次期王のはずである。であるが、調理の腕はなかなかだ。野営料理という点に置いては格段の腕を持つ、と言ってもいいかもしれない。家庭的、と評していいのかどうか悩むが、そのような細々とした点に置いて、ホゥジュは彼を評価している。だから声をかけた。
「ねぇ、煮すぎじゃない?」
「――は?」
意味が分からないとばかりに聞き返されて、鍋を指した。
「鍋。もうできてない?」
言われてようやく気づいたのか、慌てて鍋を覗きこみ、かき混ぜている。
夜の風を感じながら、ホゥジュはこの世界でようやく、心が静まってくるのを感じた。思えばずっと、母の故郷に来たことに興奮していたのだろうと思う。ホゥジュはずっと、客人だった。珍しい光景に感動して写真を撮るような、観光客の気分だった。それがいきなりこの世界の一員として振る舞えと押しつけられて、鼻白んでいたのだが。
「――明日には、大聖域ね」
この世界とホゥジュを、母が近づけてくれている気がした。母だけでなく、一瞬の邂逅だった桐夜も。彼らがこの世界とホゥジュを繋げ、それから動かそうとしている。そういう気がする。その果てに暗殺があるのか。ミタマを封じる香をもってして。
恐ろしいと、厭わしいと感じたその瞬間を思って、今のホゥジュは微笑った。誰が摂理になど従うものか。母が逃げた意味。ホゥジュがここに来た意味。それが、明日殺されるためにあったなど、誰にも言わせない。この世界に、ホゥジュを認めさせてみせる。……それが叶わないならば、せいぜい足掻くだけだ。
大聖域は、土の島と風の島、その間にある。
というよりも、土と風、水の島の中央に大聖域があるのだった。およそ半日ほどの船旅だ。
大聖域と呼ばれる島は、いったいどれほどの大きさかと期待していたホゥジュは、実際にボートで近づいてみて驚いた。小島と呼んでいいほどの大きさだ。海岸近くに多少の草木は生えているが、中心部は小高い丘のように盛り上がっている。女性の足でも島を一周するのに二十分ほどしかかからないだろう。
近づいて、そして再び驚いた。
島全体が、聖域だと感じた。水や土、風の聖域に感じた、溢れるようなミタマの力。それがこの島一面に漂っているのを感じる。
「――ねぇ、ここ、あなたも上陸して大丈夫なの」
「長が同行してるなら、禁忌ではない」
望ましくもない、というところか。しかも彼はここで恐らくホゥジュを殺すつもりだと思うのだが、大聖域を血で汚していいものか。ボートで凶行に及ぶのかもしれないが。
彼の心配をしても始まらない、と割り切ったホゥジュは、コチに乗って小島に上陸した。海岸に立ち、コチから降りる。胸に抱いた母の遺髪が、どくどくと脈打っているかのようだ。
島の中央にある、小高い丘に向かう。そこで呼ばれていると感じるのだ。濃いミタマの気配がする。
丘に登り、その頂点に立つ。そこはぽかりと口が開いていた。まるで火山口だ。その遥か下に、蒸気をたたえた池が沈んでいた。明らかに煮えたぎっている。
胸元から母の遺髪を取り出す。赤い紐で括られた、最後の髪だ。
ホゥジュは気軽に、ひょい、とてっぺんから身を投げた。緩やかな風と共に、その熱湯の湖に飛び込む。すぐに風の膜がホゥジュを守った。
水の中を、沈む、沈む。
深く深く沈んでいくのに、水は濁らず、澄み切った透明さを守っていた。魚の泳ぐことのない、全き水。潜りきった先に、溶ける岩が待っていた。ぐにゃりと歪む岩が、ホゥジュを飲み込んでいく。触れれば一瞬で燃えるような温度が、見ているだけで予想できる。熱く光る岩が風の珠を舐めていき、その先に、空洞があった。
とん、とその場所に降り立つ。水に土、それから風。そうしてそれらを包む炎。全てが混在したその場所が、大聖域の核だと悟る。
「母様……おかえりなさい」
母の遺髪を掲げる。あまりの熱に、一瞬で髪紐が燃えて散った。それから母の髪が、きらきらと光る。光の粒になって、その細かい粒が砂浜の砂みたいにさらさらと、大聖域に舞って散っていく。
どくん、と、地が揺れた。
眠っていた母の魂が、それぞれの聖域で目を覚ます。目を覚まして、ゆっくりと流れ始める。そう、巡るのだ。この島の世界を。
「……母様……?」
巡る母の欠片が、だが焦れったいように揺れた。足りないと、まだあるはずの欠片を探すみたいに。
ホゥジュの魂が、地の底から空に駆け上がる。見下ろす四つの島。それを結ぶ、魂の回廊。母が巡り、流れる命の道を光が結ぶ。それが、風の結界で途切れている。――母が作った、島とドームを遮る風の結界。
「母様……」
母の意図を悟って、涙腺が一気に膨らんだ。痛いほどに膨らんだ管を通って、涙があふれ出る。やはり、母はそういう人だった。ホゥジュだけじゃない。島の人達だけでもない。母は、全員を救おうとしていた。
「もう、殺されてあげられないじゃない、母様」
生きて、説得しなければ。そうしないと、母の思いは未完成のままだ。母と桐夜が巡って作る道が、本当の意味では完成しない。
「……大丈夫。絶対、説得してみせるから」
あの男は、殺人は嫌いだと言っていた。嫌いだからこそ、汚れ役を引き受けたのだと。それならば、話が通じるかもしれない。そう思いたいだけかもしれないけれど。
逆の道を辿って、丘に戻る。はぁ、と息を吐いて、それから吸う。やはり溶ける岩の中を進むというのは、視覚的にけっこうな試練だった。あれ、弱い長なら燃えてたんじゃないかと思う。
そう思ってぞっとしながら丘を降りていくと、ふわりと空気が変わった。海岸を覆う低い草木の間に立ち、ホゥジュは男を見据える。コチは、いない。ミタマを封じる香を、焚かれたのだ。
「終わったのか」
刀は抜かれていない。まだ。でも、とホゥジュは思う。抜かれた瞬間に終わっているのではないだろうか。彼は残酷な人間ではない。だからこそ痛みのないよう、素早く終わらせようとするのではないだろうか。
「終わったわ」
「……そうか」
そうか、と言って彼が身じろぎする前に、ホゥジュは鋭く言った。
「私を殺しても、姉がいるわよ」
怪訝そうな顔をする飛嶺に、言葉を重ねる。
「母の後継者は、姉だっていいはずでしょ。姉もミタマを使えるもの。しかも島の世界で行方不明になった妹を探すっていう大義名分があるんだから、姉が軍隊を伴ってもあなた達、文句は言えないわね」
「その時は、水の大長姫の力をお借りする」
そういう事態も考えていたのだろうと思える、揺らぎのない声だった。
「姉の子も、風の長になる資格を持つわよね。ミタマを使えるのなら」
「拒絶する」
「できるかしら? あなた方が擁立する長の方が力が弱かったら、正統性に欠けるんじゃないかしら?」
「正統性が問題なんじゃない。直系じゃなくても長は生まれる。長の血筋だからって、必ずミタマを使う力を持つわけじゃない」
ふぅん、とホゥジュは頷いた。
「じゃあ私と姉、どちらが長になってもいいわけよね。どちらもミタマを使えるんだから」
「そうじゃなく。お前もお前の姉も、長には不要だって言ってる」
「母様から島が特別だって感情を伝えられてるのは、私達だけよ? 姉の子どもは、たぶんそういう教育は許されないと思う」
「……どういうことだよ」
ホゥジュは腕を組んだ。ちゃんと説得できる道筋にあるのか、自信はない。だが香の時間切れを狙っていない以上、説得するしか道はない。
「いい? ドームの人間は、島を狙ってる。何年過ぎようが、それは変わらない。それは大前提。分かる?」
「あぁ」
飛嶺は嫌そうに頷きつつ、刀の柄を握り直している。
「母から大切な故郷と伝えられてるのは、私と姉だけ。それも分かる? でも姉の子どもには、もうそういう情報は伝えられない。姉の故郷はドームだから。そうなったら、姉の子ども達は島を奪う大義名分があるし、それを行使する心理的抵抗がない。愛着がそもそもないんだから。それは分かる?」
「子どもに言うみたいな口調はやめろ」
苦い顔をしつつ、飛嶺は頷いた。まぁ彼なら理解できるだろう。頭のいい人間だとは思う。同時に頭が固いとも思っているが。
「だから、今しかないの、分かる? 私しか、母の跡を継いで風の長になれる人間はいない。私が長になることで、ドームからの難癖を退けられる」
「白き民からの介入も始まるだろ、それだと」
「まぁその危険はあるんだけど。でもね。逆も言えると思うのよ」
「逆?」
ホゥジュは胸を張ってにやりと笑った。
「あのね、私は王女なわけ。つまり、私も私の子どもも、ドームの王位継承権を持つわけよ。分かる? 風の長が逆に、ドームに口出しする権利も持つわけ。あなた、その絶好の機会を、潰そうとしてるわけよ」
今しか、そしてホゥジュしか風の長になれる人間はいない。利用されるかもしれないけれど、利用もできる。干渉されるかもしれないけれど、逆に干渉することだってできる。ホゥジュを殺してしまえば、そのチャンスは潰え、ただドームから長を強要される未来がやって来る。
さぁ、未来の王はどうする。どちらの未来を選ぶ。
「私、子どもを産むわよ。何人も。母の血を継ぐ子どもを。それにその子達は、ドームの国王の血をも継ぐ。もし万が一、姉の直系が絶えることになったら、風の長の血こそがドームを継ぐ最も高貴な血筋になるわけよ。あなた、この千載一遇の機会を、本っ当に潰しちゃってもいいわけ? 言っておくけど私、それなりに学習能力はあるわよ? あの老人方とも……まぁそれなりに、上手くやってけるかもしれない」
自信はないが。だが相互不可侵とかやりようはいくらでもあるかもしれないじゃないか。
「…………」
すとん、と飛嶺は砂の上に腰を下ろした。柄からは手を離し、腕を組んで難しい顔をしている。いい傾向だ。ホゥジュの言葉が彼の中に入っている証拠だから。
同じように砂に腰を下ろした。よくよく見ると、飛嶺の腰には小さな香炉のようなものが吊されていて、そこから細い細い煙が漂っている。すん、と鼻に意識を集中すると、ごく僅かに苦いような酸っぱいような、そんな臭いが感じ取れた。
「それに、私を殺すとまずいのがもう一つあってね」
そう言うと、飛嶺が顔を上げた。ちょっと悔しそうな顔をしているのが笑いを誘う。
「母様は、島の世界を巡らそうとしているのよ。島の世界は今、別々に分断されてる。水は水だけ、風は風だけ、みたいに。それを今、それぞれの力を巡らせて、島中にミタマを巡らせようとしている。そうすればミタマを使える人間だけじゃなくって、普通の人も豊かさを享受できるでしょ? 島が富んで、実り豊かになれば人も苦しまずにすむ。……ねぇ、それは大丈夫よね? それが許せないとかいう、選民思想な暴君じゃないわよね?」
「お前……お前の中で、俺はいったいどういう人間に見えてるんだよ。そりゃ皆が豊かな方がいいだろ」
飛嶺をどう見ているか? 頑固で視野の狭い猪突猛進タイプに見えているのだが、やはり口を噤んでいる方がいいだろうか。
「それでね、母様はそれだけで終わりにしようと思ってないらしいのよね。ドームにもその流れを巡らせようとしてる」
「なっ!?」
飛嶺は立ち上がった。柄に手を伸ばし、裏切られたような顔をしている。
「座って。あのね、よく考えなさいよ。ドームがどうして島に手を伸ばそうとしてるのか。ドームは世界を食いつくして前に進もうとしている。それは、ドームの[エネルギー供給事情]がそうなってるからなの」
「[エネルギー供給事情]って、なんだ? [エネルギー]って?」
どう答えるか考えて、ホゥジュは口を開く。
「[エネルギー]っていうのは、ミタマみたいなものかな? 誰でもミタマみたいな力を使えるように、[エネルギー]を作り出してるの。だからドームの人間は夜でも明かりを持ってるし、ボートも自動で動かせるし、働かなくても生きていけるの」
伝わるかどうか怪しんでいると、どうやら飛嶺も混乱しているらしい。
「ミタマを、普通の人間が……!?」
と、相当困惑した様子で呟いている。
「でも、その[エネルギー]を生み出す方法っていうのが問題でね。その生み出し方に問題があるから、世界を汚してるんだと私は思ってる。……ここからが大事なんだけど、いい? とりあえずミタマは置いといて。ドームの人間が便利に生きられるために、世界を汚してるって事情だけ理解してくれればいいから。分かった?」
ホゥジュの言葉に、飛嶺は覚束ない様子で
「分かった、と、思う」
と頷いた。
「それでね、本題。母様は、その[エネルギー事情]を解決しようと思っているんじゃないかと思うのよ。つまり、ドームが世界を汚さなければ、島も汚れない。子どもは無事に産まれるし、漁も問題ない。そうやって島と世界とドームを繋ぐことで、母様は世界を浄化させると同時に、人間が住める場所を広げようとしてるんじゃないかと思うのよ。そう、母様はミタマになってるんじゃないかな。この世界を良い方向に広げようとする、ミタマに」
「先代様が、ミタマに……」
「でもね、そのためにはドームに帰らないといけない。ドームの[エネルギー供給施設]に母様の遺髪を捧げて、どうにかして母様の支配下におかないといけないわけ。そしてそれができるのは、私だけなのよね」
話しながら、ホゥジュは不安になってきた。どこまで飛嶺が理解できているか心配だったのだ。さすがに馴染みのないエネルギーの話を、そうすぐに飲み込めるわけではないと、そういう風に思うからだ。
飛嶺は再び座りこみ、がしがしと頭をかいた。後ろで括った黒い髪が乱れて、まるで寝起きみたいに見える。まぁ彼の寝起きを見たことはないのだが。
がしがしと頭をかいた後は、膝に肘を置き、その掌の上に頭を乗せて考え込んでいる。
「……つまり、白き民の都に戻って、主要施設に先代様の髪を捧げて一体化させる仕事が、まだお前には残ってるってことだな?」
ホゥジュは驚いて目を瞬いた。
「あぁ、うん。そう」
「そうすることで白き民の穢れって問題を、根本的に解決しようとしてるって解釈で合ってるか」
「……合ってます、ね」
思わず敬語になってしまう程度には充分に驚いた。さすがは次期王。時々驚くほど老成していると思うことがあるが、今がまさにそうだった。
「お前を殺したら、なにも変わらない。今のまま、もしかすると今より悪くなる。でもお前を生かしておけば、白き民の穢れは祓われる。そうなったら……たとえ白き民の侵略に屈したとしても、島は汚れない。……民は、せいぜい圧政に屈するだけですむ……」
圧政、という下りを否定できないのが辛い。
ふと、臭いが減っていることに気づいた。
「ねぇ、いいの」
「あぁ?」
ホゥジュは指さした。飛嶺の腰についている、香炉に。
「それ。もうすぐ消えそうだけど」
「あぁ……」
飛嶺は香炉を見下ろした。じっと見下ろし、迷うように香炉にそっと触れては、離した。それから再びがしがしと頭をかいて、深く息を吐いた。
「……これだけ迷うってことが、答えなんだろうな」
「んん?」
首を傾げると、飛嶺は不意に顔を上げてくしゃりと笑った。
「俺の、負けだ」
両手を広げ、それから砂に座り直す。居住まいを正した飛嶺は、香炉を外してその上に砂をかけた。それから頭を下げる。以前水の島で、蛙が這いつくばったよう、と思った例の仕草で頭を下げる。
「あなたを風の長にお迎えする。これまでの無礼をお許し願いたい。これから俺の刀は、あなたのためだけにふるわれるだろう」
いきなりの豹変に、ホゥジュは困った。
「あのね、別にお試し期間でもいいと思うのよ。もう少し様子を見る期間を延ばすとかでも」
「仕えるべき長の命を狙うとか、そういう試練はもうごめんだ。どうしてもあなたを生かしておけないというのなら、爺達が自分でやればいい。俺はもう充分だ。これからはあなたを守る、本来の仕事しかしない」
「おおぅ……」
今までお前呼ばわりだったのが、あなた、である。豹変ぶりが気持ち悪い。しかも演技でもなく本気なようなのがさらに気持ち悪さを増した。
「とりあえず詫びの印として、髪を献じる」
いきなり抜刀して、自分の括った髪の根元に押し当てて、ばさりと切った。これになにがしかの意味合いはあるのだろうが、ホゥジュにとっては髪型変わったねとしか言いようがない。
「えぇと……短いのも似合うわね……?」
「短髪は罪人の証だ」
「おっもいわよ! 何よ罪人って!」
端然とした様子で――というよりも、単にマイペースなだけのような気がするが――飛嶺は乱れた髪を刀で整えている。長い切っ先が肩を抉らないか、見ていてどきどきする。
「長に刃を向けるのは罪人だろう。正直、あなたがそこまで長として考えているとは思っていなかった。考えの足りない短慮な小娘だと思っていたのだが」
[それこそギルティな言葉よね]
「ん? ぎる……?」
「なんでもない」
確かに風の島で観光客然として訪問した時の、自分の態度はあまり感心したものではなかったかもしれないが、罪人とか言いつつ、平気でこき下ろしてくれるのはいかがなものか。そういう態度の方がこそばゆくなくてちょうどいい、と思ってしまうのもなんだかしゃくに障る。
「えぇと、とにかく。殺さないって結論でいいのよね? それからドームにいったん帰るけど、また風の島に戻ってくるから老人達に上手いこと言っといて」
「それは無理だな」
「はぁ?」
ちょっとどういうことだ。これまでの言葉からすると、飛嶺はホゥジュの配下になったという解釈で合ってると思うのだが、早速命令違反とはこれいかに。
「俺も同行する。ドームは危険だ。しかもあなたはドームではミタマの力が使えないと言っていただろう。ならばあなたは小娘程度の力しか持たない小娘に過ぎない。俺がいた方が戦力として多少は当てになるだろう」
「その小娘っての、どうにかならないの……?」
「あぁ、多少の憂さ晴らしだ。気にするな」
なんだそれ。
根暗な憂さ晴らしに辟易としつつ、ドームに飛嶺を同行する時の姉の反応を考える。
「うーん」
驚くだろう、それは。だが、姉のことだ。島の情報源とか、そういう前向きな方向に考えそうな気もする。
「ま、いいか。じゃあ来る? 正直、いいところよとはとても言えないんだけど」
「覚悟はしている」
きりっとした顔に、一抹の危機を感じる。
「……あのね、言っておくけど、ドームで私と姉を殺して解決ってしようとしても、無駄だと思うわよ。むしろ王位継承者を殺した犯罪者を撲滅するためって名目で、島に攻め込まれるわよ?」
「俺は決してあなたに、刃は向けない。無論これからそれを証明するつもりだが、そういう危惧は不要だと言っておく。それから。大義名分を作らせるつもりも毛頭ないからな」
強く主張する目に肩をすくめて、ホゥジュは飛嶺の同行を決めたのだった。




