風の島
海は荒れていた。小さなボートなら簡単に転覆するような波が何度も襲ってきたが、コチが覆いかぶさってくる波を睨み据えるだけで、ふわりと凪いだ。気のせいか、ドームの中にいた時よりも体が膨らんでいる気がする。
コチは猫の姿をしている。よくホゥジュの肩に乗って移動しているが、姉が妖精と称するだけあって、その体は予想よりもずっと軽い。ふわふわの白い毛皮が時々頬をかすめて、くすぐったいというよりも柔らかい感触だけが伝わる。
そのコチの体が、大きくなっている。青い目も、心なしか飼い猫のような大人しさが消えて、野性味を帯びたきらめくものに変わっているような。
[お前も外が好きなのね、コチ]
首元を撫でると、ぐぅぐぅという音を立てながらも、顔つきは凜として波を見据えている。なんとも心強い同乗者だった。
[島までは一日もあれば着くって、母様が言ってたけど]
出発したのは朝だから、到着も恐らくは朝だろう。この小さなボートで夜を明かすと思うとぞっとしないが、予算上致し方ない。
[……でも、普通のボートならもっとかかるわよね? ならもっと早く着くんじゃ……いえ、違うわね]
母の情報である。母もミタマを持っていた。母のミタマもコチのような生き物だったが、あれを持っていた母のボートならば、今のホゥジュと同程度のスピードは出ていただろう。つまり、一昼夜決定。
[サンドイッチなら充分あるもん。大丈夫よ]
ぶつぶつ呟きながら、昼食用のサンドイッチを取り出す。母が肉を食べない人だったので、ホゥジュもあまり肉が得意ではない。よって、豆を挟んだサンドイッチである。それとチーズ。
[にゃう]
肩に乗ったコチが軽く鳴いた。コチは妖精と称されるだけあって、食事は摂らない。ホゥジュの食事を欲しがることもないのだが、と怪訝に思ってコチを見ると、彼は爛々とした目で前方を見つめていた。
[うっわぁ]
かろうじて視界に入る程度の距離に、ひときわ泡立つ海があった。まるでそこで何かにせき止められているかのように、見えない壁があって、そこに波が打ち寄せぶつかっているかのように、激しい波飛沫が飛んでいた。ちなみに、進行方向である。
[コチ、あれ、行ける?]
できるならば迂回したいのだが、前方一帯がそうなのだ。本当に壁があるように、そこら一帯が泡立つ波飛沫で白くけぶっている。
[がう]
コチが低く唸った。まるで、誰に向かってものを言っているのだとでも言いたげな、尊大な態度だった。
[かわいくない]
ぼそりと呟くと、なぁんと鳴いて体を擦りつけてきた。明らかに営業用の態度だ。やはり野生に目覚めたのだろうか。
[じゃあコチ、あの壁よろしく]
[なぅん]
きりっとした顔でそう鳴いたコチは、近づく不可視の壁に向かってぎらついた目を向けた。コチの視線の範囲内だけ、波がゆっくりと静かになっていく。打ち寄せて弾ける波飛沫も、ずいぶん穏やかになった。これならば近づいてもボートは転覆しないだろうし、体もせいぜいずぶ濡れになる程度ですむだろう。いそいそとサンドイッチを一囓りだけして、鞄にしまい込む。
[……あれ]
間近まで迫ってからホゥジュは気づいた。もし不可視の壁が物体としての存在を持っていたら、このままぶつかったらボートが壊れるんじゃないか、という危惧にである。いやでも、もし万が一海の真ん中に忽然と壁が現れたとして、物理的な障壁となりうるのならば、コチが警告してくれるのではないかと思うのだ。たぶん。だがコチは余裕の態度である。ならば大丈夫……かも、しれない。
風がボートを押し、ぐいぐいと壁に近づいていく。近づいてホゥジュは気づいた。
[……かあ、様……?]
母の気配を、濃厚に漂わせた壁だった。近づけば近づくほどに、壁の向こうが透けて見えるのが分かった。
[……これ、結界だわ]
これほど広大な範囲にわたる結界を見たのは初めてだ。母の農園の周囲にも結界は張ってあったが、あれと比べると広さにも、力強さにも格段の違いがある。
ボートはその前だけ収まった波をすいすいと渡り、ついにその結界をくぐった。弾かれる可能性もあったのだと、くぐってから気づいたが、直前まで受け入れられるとなんの根拠もなく信じていた。母の張った結界が、自分を弾くはずがない、という親子の情愛が原因でもあったが、その結界に敵意がないのも伝わっていたからだ。
そして、結界をくぐったその先には。
[--なに、これ……!]
光る海があった。
海が、青い。初めて見る色合いに、ホゥジュは目を見開いた。
ホゥジュが知っている海は、いつも暗い。淀んだ緑色をしていて、太陽は雲に隠されていることがほとんどだ。それなのに、この海はどうだ。痛いほど眩しい太陽の光が降り注ぎ、その光が海中にまで届いて、海は青とも緑ともつかない、不思議で、それでいて透明な色に溢れていた。
風が吹く。塩の匂いを濃く蓄えたその香りは、爽やかながら暖かく吹いた。じっとり湿った、底冷えのするドーム周辺の風とは全く違う。
[すごいわ、コチ……コチ!?]
たった一人の同乗者にようやく目を向けて、それからホゥジュは瞠目した。
肩の上にいたはずの子猫は、その場所を尻尾に譲り渡していた。ふわふわとした尻尾はこれまでと同様白いが、その大きさは全く異なっていたのだ。
[……ライオン……?]
ライオンのような、だがたてがみのない巨大な動物が、宙に浮いていた。尻尾が動いてホゥジュの頬をくすぐり、それからその獣はくるりと体を入れ替えて、大きな顔を寄せてきた。
『ホゥジュ』
[コチ、なの?]
疑問に満ちた声を出しつつも、その気配が同じ存在なのだと肌で感じている。
『ホゥジュ!』
ごろごろと機嫌の良さそうな喉音を出しつつ、コチがホゥジュの襟首をそっと掴んで宙に放り投げた。
[っっっ!]
もっと慌てると思っていた。だが息をするのと同じように、ミタマの操り方が分かった。
風のミタマを操り、コチと同様宙に浮く。水のミタマを操って、海から波をうねらせ、その上に立つ。水と風のミタマが力を合わせて、空気の入った丸い水の球を作り、その中に入って海の中に沈む。見たこともない魚が、群れを成して泳いでいた。豊かな海。これが豊かということなのか、と初めて思い知る光景。
[っ、あははっ]
腹の底からこみ上げてくる、満たされた笑い。生きている。ただそれだけでどうしようもなく幸福なのだと、世界の全てが語っていた。
海の上に出る。
コチは巨大な体を器用に動かして、小さなボートの端に座っていた。
[コチ!]
呼ぶと、くしゃりと顔を歪ませて、飛んでくる。獰猛な笑顔に見えるが、それが彼の心底からの笑みなのだと伝わるから、その肉食めいた獰猛ささえ愛おしい。
あの結界からこちらが、母が生まれ育った、島の世界なのだと、ホゥジュは悟った。母の作った結界が、大陸を食い尽くして進んできたドームの世界から、海を、大気を守ってきたのだと。
[--ただいま!]
大声で、叫んだ。ここがきっと、ホゥジュの生きるべき世界なのだ。この世界に招くために、母は遺言を遺したのではないかと思った。死の床で母が呟いた言葉。
『さぁ、かえりましょう』
母は、こちらに帰ってきたかったのだ。きっと。
母が、そして娘が帰ってきたのだ。そう思うと心から笑いが零れる。出来損ないの王女は消え、ただ母の娘という事実だけが残る。
海の上を歩き、海の底で眠り。爽やかな風に導かれて着いたのは、高い山々がそびえ立つ、島だった。
ボートをどこに係留しようか迷った挙げ句、ホゥジュは島を一回りした。そして港らしき場所を見つけ、そこにボートを寄せる。港には浅黒い肌をした男女が何人もそこかしこにいて、身に纏っているのは天然繊維らしき穏やかな色合いの、貫頭衣のようなものだった。帯が腰に巻いてある。男も女も、半袖から覗く腕は逞しい。髪の色は、黒。ホゥジュと同じ。
島の民だ。母と同じ。
[こんにちは!]
高揚した気分のまま叫ぶと、彼らはそれぞれに怪訝そうな顔をした。そうだった、と慌ててホゥジュは言い直す。
「こんにちは」
島とドームの言葉は違う。支配階級であれば知っているかもしれないが、彼らがそうだとは思えない。母から教わった言葉で挨拶をやり直す。
島の民は、ホゥジュの言葉におずおずと頭を下げた。お互いに目配せをし合い、それから輪の後ろにいた何人かがどこかへ駆けていく。見知らぬ異邦人の対処ができる、誰かを呼びにいったのだと思われる。手間が省けてよいと思ったホゥジュは、それらに気づかぬふりをして、ボートからロープを取りだし、岸にある石でできた突起に巻きつけた。
母からの情報によれば、この高い山のある島は『風の島』だ。母の故郷でもある。母は昔、この島で巫女をしていたらしい。巫女というのはミタマを祀り、崇めつつ使役する存在だという。もう二十年ほど前のことらしいが、誰か知っている者もいるだろう。
ボートから風のミタマを操って、とん、と岸に飛び移る。娘が飛び移るには段差があって遠い距離を、優雅にワンピースをはためかせて飛ぶ姿に、なにがしかの感銘を与えられたのだろう。見守る島の民達の中から、おぉぉ、という声が聞こえた。
その感嘆が混ざった声に、良い気がしないはずがない。王女としては相応しくないとたしなめられるようながさつさだが、今のホゥジュは王女ではない。巫女だった母の、娘である。
「――道を開けろ。異人はどれだ」
輪の向こうから、男の太い声がした。そちらを見ると、背の高い老人が、後ろに何人もを引きつれて、こちらの方をぐるりと見渡していた。輪が割れて、老人達とホゥジュを隔てる壁がなくなる。老人の鋭い目がホゥジュを見据え、やがて驚愕に揺れた。
「――楓樹林様……?」
ホゥジュは胸を押さえた。母の名は、フゥジュ。だが、本当の名前は楓樹林という。ホゥジュやハァルにもう一つの名前があるように。
「私はホゥジュ。楓樹林の、二番目の娘」
母から教わった、母だけの言葉を、母以外の誰かが口にしているというのが不思議だった。ミタマと心を通わせるための、大切な言葉を、母とハァル以外の誰かが話しているなんて。しかも意思疎通をするための、一般的な言語としてだ。
「では、あの男の……!」
老人の目が、一瞬にして殺気を露わにした。背後にいる老人達の目も、怒りと憎しみを露わに、ホゥジュを見つめている。
がう、とコチが、ホゥジュを守るようにして前に出た。ぐるる、という音は威嚇音だ。
「なんと、ミタマまで……」
「穢れた白き民の血を引くのに、何故……」
「見よ、あの白すぎる肌を」
老人達の声を、ミタマが囁き声でさえ伝えてくれる。
「――ははっ」
ホゥジュの喉から、乾いた笑いが洩れた。
ドームでは母の血が、ホゥジュを蔑んだ。島では逆に、父の血がホゥジュを蔑み、憎むというわけだ。一方ではその黄色の肌を蔑まれ、他方ではその白い肌を蔑まれる。あれほどなりたいと思っていた白い肌が、ホゥジュにはあると、彼らは言う。
[……うるさい]
結局、違う存在が疎ましいだけだ。自他との差異が大きければ大きいほど、侮蔑に繋がる。ただそれだけが基準ならば、ホゥジュにとってはドームの人間も目の前にいる人間も、等しく違う。世の中のルールに従うならば、ドームの人間も彼らも、ホゥジュにとっては等しく侮蔑の対象だ。違うから。自分とは。
「私は母の遺志を叶えに来た。聖域に案内しなさい。拒否するというならば、無理を通すまで」
腹の底から声を出す。ドームで好まれる、囁くような声ではない。己の意志を通し、威圧する声だ。その声を出す己が好ましい。老人達の敵意に満ちた目さえ、こうなっては愉快でさえあった。
「――楓樹林様の……では、長姫はもう……」
「断れまい」
「だが、異人だ。それも白き民の」
再び老人達は囁き交わす。苦悩さえ聞いて取れるほど、彼らは母の訃報と異人の襲来に衝撃を受けているようだった。
「案内するの、どうなの」
もし彼らがホゥジュを友好的に迎え入れてくれたのなら、母の死に様を話しただろう。母の生き様も。だが、彼らは敵意を向けた。ホゥジュに、そんな彼らに親切にしてやるつもりは毛頭ない。ミタマを操る力がこれほど強大だと知った今となっては、なおさら。
老人達は互いに目を向けあい、頷いた。
「こちらだ。ついてくるがよい」
そう言って、踵を返す。どうやら案内はするつもりらしい。ホゥジュはコチを連れて彼らの後を追った。
木舟の中、繊維強化プラスチックでできたボートは明らかに目立ちつつ、ゆらゆらと浮いていた。
老人達の後を追って、山を登る。
風の島は三つもの高い峰を持つ山でなっていた。そのうちの中央の山に向かって歩いていく老人達は、その裾野にある魔法陣の上に立った。顔をしかめつつ、一人の老人がホゥジュを手招く。大きな一枚岩に刻み込まれた魔法陣を見て、ホゥジュは目を和らげた。母が農園に刻んだ魔法陣を思い起こさせたからだ。ドームの人間には解読できない、島の言葉。島の民の中でも、これを自在に操れる人間はごく少数なのだと、穏やかな母がその時だけは誇らしげにそう言っていた。
光となりて、風の祠へ。そう読み取れる。移動を簡便にする魔法陣なのだろう。ヘリコプターを使うよりもよほど経済的だ。とはいえ、ミタマの力が必須だ。コチのような存在さえ子猫ほどの大きさしか保てないドームでは、ミタマの力など電池の一つにも満たないだろう。
「先に行って」
老人達と肩を並べて乗るつもりのなかったホゥジュはそう言うと、彼らは揃って顔をしかめた。指示を聞かない若い娘に苛立っているのが分かる。だが彼らよりも自分の方が、ミタマを使う力は格段に強いのだと、見ただけで分かる。彼らの小さな力に頼って、魔法陣を起動させる気にはならなかった。途中で事故でも起こったらどうしてくれる。
「好きにするがよい」
老人達はそう吐き捨てて、魔法陣を起動させた。刻まれた文字が淡く光り、老人達を包み込む。それがふっと消えた時には、彼らの姿はどこにもなかった。
「あぁ、鬱陶しい」
拒絶と侮蔑が鬱陶しい。だがドームと違うのは、ホゥジュに力があるかどうかだ。今のホゥジュには、力がある。だからこそ、傷つかないですむ。
すたすたと魔法陣に乗り、それからミタマの力を借りる。魔法陣は強く光り、ホゥジュを包んで姿を消した。
次にホゥジュが現れたのは、洞窟のような場所だった。周囲に誰かがいるのは分かる。先ほどの老人達や、それ以外の男女の気配も分かっているのだが、それよりももっと気になる気配に気を取られていた。
ほぅぅぅ、とも、ぽぉぉぉ、ともつかぬ音が洞窟内に響いていた。耳を柔らかく包むような優しい響きで、それがホゥジュの心を奪う。直感的に、あの音の源が聖域なのだと感じた。胸元が温かくなるのを感じる。母の遺髪が、還りたがっている。あの場所に。そう思う感覚は、恐らくは正しいはずだ。
「――聞いておるのか白き民の娘よ!」
怒声が、柔らかな音を切り捨てるような不快さを伴って耳に届いた。
「うるさい」
寄越される以上の怒りをかき立て、老人達を見据える。
「なんと無礼な娘だ。とても楓樹林様のご息女とは思えぬ。おおかた国王からしか学びを得ておらぬのだろう。なんとお気の毒な長姫様じゃ」
吐き捨てるような言葉に反論しようとするが、口を閉じた。彼らにホゥジュの真実を知らしめることに、なんの意味がある。彼らに分かってもらう? そんなことにどんな意味がある。知らせようとした真実を汚されるのが落ちだ。
「聖域は、どこ」
一切を無視してそう問うと、いっそ滑稽なほどに老人達は顔を真っ赤にした。小娘にそう馬鹿にされることなどないのだろう。端から小娘を馬鹿にした己らの非礼など、省みもしないに違いない。
ドームも島も、権力を持った老人達は変わらない。そう知っただけで、今までの期待が瓦解していくのを感じる。母の故郷ならば、何かが違うと、変わると思っていたのに。
「長の血を引く娘ならば己で探すがよい!」
老人達の一人が、拳ほどの大きさの水晶らしき珠を掲げた。そこからごう、と風が吹く。
「っっっ!」
思わず腕を上げて頭を守る。ミタマの力でベールのようにして空気を挟み、己の身を守る。
強風に体は簡単に浮き、そして川に流されるような容易さで洞窟内を流される。ミタマの力でようやく踏みとどまった頃には洞窟内の深部にいて、思わずホゥジュは声を上げていた。
[くっそじじい!]
母が教えてくれた島の言葉に、罵声はない。汚い言葉もない。ゆえに、ドームの言葉でしか罵ることはできなかった。
薄暗がりに苔が生え、そこがぼぅ、と光っている。ものの輪郭が見分けられる程度の明かりだが、ないよりはましだ。
ほぅぅぅ、ぽぉぉぉ、という音が先ほどよりも近い。
[……余裕で探せるわよ、間抜け]
音の方へ足を向ける。枝分かれしている洞窟を、音が強い方へ何度も折れる。そうして行き着いた先は広場になっていた。その中心に、ぽっかりと大きな穴が開いている。そこから、ほぅぅぅ、ぽぉぉぉ、と音が響いていて、周囲の壁に反響して波のように引いては寄せていた。
「……母様」
胸のポケットから箱を取り出す。母の遺髪が入った箱だ。髪は四つの房に分けられている。四カ所の聖域に捧げるよう言われた遺髪だ。その一つを取りだし、箱の蓋を閉める。取りだした遺髪は青い紐で括られていた。それが、風に揺れている。
ホゥジュは穴に歩み寄った。穴から風が吹き出していて、捧げても遺髪が飛び散るだけだと容易に想像できる。
[……まぁ、死なないでしょ]
ホゥジュは軽く地を蹴った。そのまま穴に、飛び込む。暗い穴がホゥジュを飲み込み、暗い昏い場所へと引きずりこんでいく――。
「――コチ」
すっとコチがホゥジュの体を支えた。真っ暗闇の洞穴が、一瞬にして光を放つ。光の中に、幾つもの筋が見えた。コチに導かれるまま、その一筋に触れる。ぶわりと景色が変わり、一人の女性が見えた。
『穢れから島を守らねば』
結界を描く。大陸からの潮の流れを遮り、風を食い止める結界。それの構築の道半ばにして彼女は力を使い果たす……。
次の一筋に触れる。
『わたくしこそ、結界を完成させてみせましょう』
そう意気込む女性。その女性も力尽きる。三つ目の筋に触れ、そこで聞き慣れた声が響く。
『結界が完成したとして、それで解決できるのでしょうか。もっと根元から解決する方法は、ないのでしょうか』
歴代最強と謳われた彼女は、それまでの長達がなし得なかった結界を、ついに完成させる。だが彼女はそれで満足していなかった。彼女は、知ろうとする。解決するために。そして、恋をする。間違った恋を。
『わたくしを、許して……』
他ならぬ己が作った結界を、恋に屈した彼女は己の意志で越える。そうして、この島から長は去った。
「……母様……」
間違った恋だと、記憶が告げていた。母にとって、父に恋したことは間違いだったと、そう自覚していた。それでも、恋に逆らえなかった。そうしてドームにやって来て、お飾りの王妃となり、あんな死を死んだ。
「母様……っ」
悔しい。父がああでなければ、もしかしたら母の恋は、過ちにはならなかったかもしれないのに。間違いの果てに誕生した王女二人は、その生はやはり、間違いではないのか。それを母は知らしめるために、あんな遺言を? 死の床で、かえりましょうと囁いた声は、間違いに満ちた人生を捨て去るためのものだったのか。
『ホゥジュ……よく来てくれたわね』
不意に、暖かい風がホゥジュを包んだ。
「母様……?」
手に握った母の遺髪が、ぼぉっと温かい。聞こえた母の声は、そう言われたいと願ったがゆえの、幻聴だろうか。
濡れた頬を拭う。間違いで生んだ娘を愛してくれたのは、母だ。あれすらも間違った行為だったとは、ホゥジュだけは、言わせない。うるさい。何が正しかろうが誤りだろうが、ホゥジュはホゥジュの価値観で決めるだけだ。母は愛してくれた。ホゥジュは母を愛している。だからこそ、母の最後の願いを叶えるのだ。
「母様。還って」
掌を、開く。青い髪紐に括られた遺髪が宙に浮いて、それから光った。光の中、髪はさらさらと流れて消えていった。
『ありがとう、ホゥジュ』
そう聞こえたのが幻聴だったとしても、ホゥジュはそれが母の声だったのだと、決めつける。母が喜んでいるのだと。
「……ありがとう。生んでくれて」
母が産み、育ててくれた。だから、ドームや島の人間が何を言おうと、ホゥジュという存在は正しいのだ。正しい、はずだ。
息を吐き、それからコチに導かれるまま、出口を目指して降りていった。
洞穴は最後まで垂直に降りていき、最後のその場所の真横に穴が開いていた。その底にホゥジュはふわりとコチの背中に跨がって舞い降り、出口からさし込む光に目を細めた。コチから降りて出口を進む。
「――おい、本当に生きてるのか。死んでると思ってたのに」
洞穴から出た先は山の裾野で、振り返って山頂を見上げ、近すぎて見えないことに気づいて視線を下ろしたホゥジュに、その不躾な言葉は投げられた。
「……はぁ?」
気配がしなかった、ように思う。少し離れた岩の上にその青年は座っていて、こちらを見下ろしていた。長い黒髪を頭上で束ねている。衣服は老人達のものに似た、島の民にしては豪華なものだ。色がついているし、模様もある。青と白の混じった模様が、山頂にかかる雪景色を模しているような絵が、腹から胸の辺りに描いてあった。
「そこから無事に生きて出た者だけが、長になる資格を有する。けど、なんでお前が。ミタマもいったいどうして、お前みたいな混ざりものを認めたんだか」
「実力でしょ」
あの場所は、信仰を司る長になるための、試練の場所だったのか。下手な人間が挑んだら、落下の衝撃で即死だ。なんて危険な罠なのか。
「穢れてる」
[死にたいの]
きつく睨みつけると、その青年は言い返した。
[事実だ]
思いもよらず、ドームの言葉で言い返されて、ホゥジュは言葉に詰まった。どうして彼らが、ドームの言葉を知っている。いや、母はドームの言葉も流暢だった。それはつまり、ドームの言葉が喋られるよう、幼い頃から教育された人間もいるということではないか。
[どうして……]
[風の民は情報に早い。情報を得るためには、言葉の習得は必須だろ? 馬鹿じゃないのか]
[はぁ!?]
母国語ではない言葉を操る青年が、ドームの言葉で罵ってきたことに、想像以上に腹が立った。ホゥジュはまだ、島の言葉では罵れないというのに!
[技術の遅れた田舎者にそんなの言われたくないわよ! だいたい、ドーム出身の私にミタマの使い方でも敵わないじゃないの、あなた達!]
「それは先代の長姫様のおかげだろ。先代様の血が遺伝しただけだ。お前の力じゃない」
母の血筋のおかげだと言われ、ホゥジュは拳を握った。ああ言えばこう言う。全く腹立たしい男である。しかもそれほど間違った情報でもない。ミタマの使い方を母から教えられ、母の才能を受け継いで育ったことは否めない。ただし、ホゥジュだって努力して習得してきたことである。言葉の習得も含めて。
言い返そうとして、その青年と同じ精神年齢まで下がるのがいやになり、ホゥジュは踵を返した。海岸の方である。
「どこ行くんだよ」
青年の呼びかけを一切無視し、歩を進める。
「おい!」
後ろから聞こえていた声が、一瞬をおいて前方からした。この青年は身が軽いようで、後ろからホゥジュを跳び越えて前に下り立ったらしい。
「海岸。次の島に行くから」
母の遺志では、遺髪は四カ所に捧げなければならない。風の島は終わったから、次は水の島だ。
「なに言ってんだよ。お前、もう風の長だろう?」
「はぁ?」
長の試練を突破したから、長にしてやる。ありがたく思えなんて言われて、畏まりましたなんて言える性格では決してない。そんな性格ならそもそも、海岸で老人達と衝突なんてしていない。
「長になったんだから、風の民のために働けよ」
青年のその言葉に、青筋が浮いた。
[どうして勝手に死ぬかもしれない試練に挑戦させられた上に、あなた達のために働かないといけないのよ。散々穢れた血だとか馬鹿にされておいて、どうしてそんなことしないといけないの? あなた達に、いったいどんな義理があるのよ?]
ドームの世界で王女と扱われ、育ってきたのとは違う。もちろんドームでだって、王女とは言いながら侮蔑に満ちていた。が、それでも母の庇護下で、儀式の時に王女が立つべき場所に立ってきたのは事実だ。一方で、風の島でホゥジュが扱われてきたのは、異人という拒絶の言葉と、汚れた血という侮蔑の形容だ。これでいったいどうして、彼らに対する義務が芽生えるというのだ。
しかも、長にさせてください、試練を受けさせてくださいと言ったわけでもないのに放り込んでおいて、だ。
「それが責任だろ、巫女に生まれた人間としての」
青年は、その浅黒い顔を純粋な疑問に溢れさせていた。恐らく、意味が分からないのだろう。彼にとって、当然のことをホゥジュがしない。そのことの意味が分からず、またその意味を探ろうとも思わないのだろう。
「汚れた血の娘が巫女になってもいいの」
「巫女に生まれたんなら仕方ない」
仕方ないから使ってやる、とでも言わんばかりの顔だった。
[ふざけないで。絶対にお断りよ]
言葉を吐き捨て、ミタマの力で突風を吹かせる。
「うわっ」
青年を吹き飛ばし、それからコチに乗る。コチが宙を跳ねて、ボートに向かう。山麓を跳び、海岸に向かう方向に、ミタマが集まっているのが分かった。
「なに、あれ」
『ホゥジュ』
コチが足を止め、首を振った。
「なぁに、コチ」
『いかない』
いかない、と言いつつ、行けないみたいだった。避けて行こうと岩の上に立って周囲を見渡すと、同じようにミタマが集まる場所が幾つかある。避けることは可能だが、これはもしや、ホゥジュが海岸へ行こうとするのを妨害しているのだろうか。ミタマを使って。なんて小癪な。
だが、コチが嫌がるというのが気になる。コチが気にも止めない力ならば蹴散らすまでだが、コチの動きさえ左右するというのならば、その力はかなり大きいのでは。
ホゥジュは、目を細めてそのミタマの集団を見つめた。
ミタマは、御霊だ。自然界に溢れる力を凝縮した存在。精霊のようなものだ。ミタマに意志を伝え、その意志が正しく伝わるほどに行使者のふるう力は強力になる。
たとえるならば、ホゥジュの声は大きいのだ。大きいから、ミタマに意志がはっきりと伝わる。老人達はその声が小さい。囁くほどの声だから、ミタマは意図がよく分からず、ぞんざいな対応しかしてくれない。
だが、目の前に点在するミタマの群れは、どこか不自然だ。そこに集まっているというよりも、何かから逃げてきて、だからこそそこに逃げたものが溜まっている、かのような。
ミタマの群れ以外の場所に目を向ける。だが、うまく情報が拾えない。ミタマがいないからだ。そう気づいて、ぞっとした。
ミタマは自然界に偏在している。彼らがいない場所なんて、ないはずだ。それなのに、この一帯、ミタマが逃げ込んだ場所以外の広い敷地に、ミタマが不在の場所がある。
「……なにこれ……」
背筋がざわりとした。
ミタマのいない場所では、ホゥジュは普通の少女だ。ドームでホゥジュが出来損ないの王女だったように、ミタマなしではホゥジュは、ドームでのホゥジュと同じ存在に戻ってしまう。
「逃げよう、コチ」
コチを逆の方向に誘導する。コチは喜んでその誘導に乗った。コチは逃げるような切迫感を滲ませつつ、来た方の海岸とは逆の方向へ走った。山と山の合間の峠を越え、そこから下って別の海岸に出る。西の海岸に着いたのだから、こちらはきっと、東の海岸だ。
人気が少なく、岩だらけの使いにくそうな海岸には、一艘の木のボートが繋いであった。
「おい」
先ほど聞いたばかりの声を聞いて、ホゥジュは眉をしかめた。返事をせずに声の方を向く。
「お前、どこに行くんだ。ドームに帰るのか」
何かを試すような声だと思った。今度こそホゥジュは油断なく青年を見据える。あの、ミタマを散らす技。あの広大な土地のミタマを散らす技を、老人達は、そしてこの青年も知っているのだろう。そしてホゥジュをこの海岸に追い立てた。彼らは有利不利をよく心得ているのだ。自分に有利な戦いを仕掛けようとしている、のではないだろうか。
「帰らない」
「じゃあ、どこに向かうつもりだ」
刺すような青年の視線に、ホゥジュの目もきつくなる。
「答える筋合いはない」
[なら、殺す]
なんの気負いもなく、青年がそう言った。青年は腰に刀をつけている。その柄に手を置いてはいるが、すぐ抜くような仕草には見えない。ホゥジュがミタマを使うのと、いったいどれくらいの時間差であの刀は抜かれるのだろうか。ミタマを散らしたあの技を、この男は今もすぐふるうことができるのか。
脅迫に屈するのか。ここまで来て。母の生まれた島で。
「ははっ」
乾いた声で嗤い、ホゥジュは身構えた。誰が屈するものか。ここにまで来て。ようやくミタマの力を自在に使い、ようやく呼吸の仕方を思い出せたというのに。
「おい、待て。別にお前の行動を阻害しようとしてるわけじゃない。ドームに帰らないならそれでいい。せっかく現れた次代の長を、再びドームに奪われるつもりがないってだけだ。だが、ドーム以外にお前、いったいどこに行くつもりなんだ。当てなんてないだろ?」
青年がホゥジュの警戒を解こうとしているかのような口調で、そう尋ねてきた。その意図を図りかねて、じっと見つめる。ホゥジュの疑惑に満ちた目に、男は肩をすくめた。
「島の世界なら、俺が案内できる。食料はあるのか。それに向かう方向は分かってるのか。会いたい相手がいるとして、その相手がいる場所は、正確に分かるのか」
[殺すとか言ってくる相手を案内役にしろって?]
[お前が信頼できる気がしないからだ。風の民を害する存在になるつもりなら殺す。そうじゃないなら生かしてやってもいい。お前には監視が必要だというのが、長老方の意見だ]
[くそじじい]
分かってはいたが、老人達の差し金であることにやはり腹は立つ。
「なんだ、[くそじじい]って」
ドームの罵声が分からなかったらしく聞かれたが、そっぽを向いておいた。
考える。メリットとデメリットをだ。
今ここでこの男と殺し合いをして、勝てるかどうかは不明だ。しかも相手はそういう戦いに慣れていそうだが、ホゥジュはそういう荒事とは無縁に生きてきた。人の悪意にはさらされてきたが、直接的な危害には、遭遇していない。それはやはり、庇護があったからだ。母の、そして父の。口惜しい。あんな父に守られてきたということを、ここに来て知るのが。
だが今は、それはいい。とにかく、戦って勝てるとは限らない相手だ。しかもミタマを散らすなんらかの術を使われたら、負けることは確実でもある。
一方で、では彼らの監視を受け入れたとしたら。
腹は立つ。それはもう。だが、確かに案内役がいた方が、メリットは大きいのだ。なにせこれから水の島、土の島に行かねばならない。しかも行くだけではなく、それらの聖域に遺髪を捧げねばならないのだ。明らかな異邦人から聖域を案内せよと言われて、はいそうですかと話が運ぶ、と思うほど楽天家ではない。
「……他の島でも、あなた分かるの」
「俺は風の次期頭領だ」
「頭領? 王じゃなくて?」
青年は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。全く腹立たしい男である。
「風の民は長を大切にする。長と並ぼうとする王って称号は、好まれない。他の島と交渉する時は使うけどな」
「大切、ねぇ」
さっき殺そうとか言ってなかったか。嫌みったらしく繰り返すと、青年は片頬を歪めるような笑みを浮かべた。
「義務を果たすつもりのない長は、長じゃない」
うるさい、という言葉をひとまずは収める。
「じゃあ、水の島も案内できるの? 聖域にも?」
今度は片眉を上げた。
「どうしてそんな場所。けどまぁ、俺の身分なら水の長姫にも目通りは叶うだろう。そこから交渉するのはお前の自由だ。けど、長老達を相手した時と同じ調子なら、追い出されるのは確実だぞ」
「先に穢れただの異人だの言ってきたのはあっちよ」
ホゥジュは応戦しただけである。
「爺の頭が固いのは常識だろ。懐柔しろよそんぐらい。崇拝してる先代の長姫の娘なら、そう悪いことにはならなかったかもしれないだろ」
馬鹿じゃないのかこいつ、という顔をされ、ホゥジュの血管が切れそうになった。
[その先代の娘を殺していいの、あなた]
「どうしようもない愚物なら、討つのは当然だろ」
馬鹿じゃないのかこいつ、という顔をそのまま固定して言ってくるので、ホゥジュは大きく息を吐いた。これと同行するのか。すごく嫌だ。メリットを最大限重視しても、いやなものはいやだ。
胸に手を当てる。掌に、母の遺髪が入った箱の感触が伝わる。かえりましょう、と母は言った。還してあげたい。母が生まれ、育った場所に。母を奪った男の娘に本気の殺意を向けるほど、慕われた場所に。
「……ホゥジュよ」
ぼそりと呟くと、青年は瞬時にその意図を把握したらしい。
「飛嶺だ」
青年も名乗り、こちらに背を向けてボートのロープを解き始めた。ため息をつき、ボートに跳び乗る。
まぁまぁの広さである。屋根がついていて、その下に二人が並んで眠れる程度の広さがある。屋根のない場所はもう一人分が眠れる程度の広さだ。そこには大きな蓋がついていて、恐らくその下が食料や水の貯蔵場所になっているのだと思われる。
「じゃあ、水の島へよろしく」
「おう」
指示を出せば特に文句を言うでもなく、帆を広げて返事をした。その帆に、飛嶺と名乗った青年がミタマを操り、風を当てる。ボートは電動でもないのに、まるで自動で運転しているかのような滑らかさで発進していった。
水の島へは一日の道のりだった。本来はもう少し遠かったらしいのだが、ホゥジュが風の力を目いっぱい帆に当てて、速度を増したのだ。少しでも飛嶺と二人だけの時間を縮めたいという意図があったのは間違いない。
飛嶺は呆れたようにそれを見守っていたが、すぐにミタマの操縦を諦めた。ホゥジュが操った方が効率がいいことに気づいたのだろう。
「お前、なんのために水の島に行くんだよ」
沈黙を通してやろうとも思ったが、どうせ現地に行き、水の長と会えば知られることでもある。不承不承、ホゥジュは口を開いた。
「……母の遺髪を捧げるためよ。母の遺言なの」
「先代の。そりゃ大切だな。土にも捧げるのか」
「えぇ。それと、大聖域にも」
「……そこにまで」
つかの間、沈黙が落ちた。
大聖域というのは、三つの島が特に大切にしている、小さな島だ。風と水と土、それぞれの中央に位置している島の、さらに中央にある。各島の長や王が代替わりした時くらいにしか上陸を許されないほど神聖化された島でもある、と母が言っていた。そこにも髪を捧げてくれと頼まれたのだ。ならば、ホゥジュに行かない理由はない。
「……まぁ、お前は長の試練に合格してるから、長の挨拶をするって意味じゃ、行けなくはないが」
飛嶺はそう呟いた。そして、沈黙が続く。
水の民の次期頭領だというこの男は、ホゥジュが害になるなら殺すと言っていた。そうでなければ見過ごすと。つまりこの男のお眼鏡に叶わなければ、ホゥジュは処刑されるということなのだろう。
つまり、この男に命を握られているということだ。ミタマの力を使って先制攻撃をして、それが成功すればホゥジュの勝ちだ。だが彼がミタマを封じるなんらかの行動を起こすのを阻止できなければ、ホゥジュの負けになる。
ただ、彼は母を尊重する風の民の一員だ。母の遺志を妨害することはない、気がする。彼にそのつもりがあったとしても、禁じられているような気がするのだ。老人達に。
ということは、母の遺志を遂行している間は、ホゥジュの身は安全……かも、しれない。最も危険なのが、遺言を遂行し終えたと、あの男が判断した時だ。決して油断するなと己に言い聞かせる。暗殺者と同行しているようなものだ。いつ凶刃がこちらに向くか分からない。つまり、睡眠などは安全な場所で取るべきだと判断する。
「――おい!?」
不意にボートのへりに跳び乗ったホゥジュを見て、飛嶺が声を上げる。振り返らずにホゥジュは言った。
「眠い。寝るから。ボートは勝手に進めておいて」
それから海に飛び込む。あのボートの上で、あの男の隣で眠りにつく? ありえない。睡眠は安全な場所で取らないと危険過ぎる。風の珠に包まれて、海の底で眠る方が絶対に安全だ。彼のミタマ使いの能力では、海底までくることは不可能だろうし。
『ホゥジュ』
風の珠に入り込み、ゆったりとホゥジュの側に横になるコチを撫で、その柔らかな毛皮を抱きしめて、ようやく彼女は安堵の息をついた。




