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第九話 私の必殺技?


 学園への復帰は私から言い出したことだった。

 

「ヴィクトール様、私、そろそろ学園へ戻ろうと思うのです」

 

 テオディール殿下が視察へと旅立たれてから二ヶ月が経とうとしていた。もう彼らが帰ってきたということは父から教えてもらっていたが、殿下からは連絡の一つもなかった。

 

 殿下の出発の日から私は体調不良で学園をお休みしている。両親からそれを勧められ、授業の内容は王子妃教育で全て履修済みであったし、行ったところで誰とも話すことが出来ないのであれば……と私も積極的に行きたいとは思わなかったのだが。

 

 ヴィクトール様が学園に通われているとなれば、少しばかり……いえ、かなり、学園での彼を見てみたいという欲望が湧いてきた。

 これまで彼への想いは我慢しなければならないものであった反動だろうか。今の私はとにかくヴィクトール様が好きすぎて、彼に関することならとても意欲的になっている。


 学園の制服は紺色を基調としたシンプルなデザインで、女性はワンピース、男性はブレザーだ。

 きっとヴィクトール様の赤い髪は紺に映えるだろうし、彼のたくましさは制服の上からでも分かるだろう。

 絶対に、素敵に決まっている。

 

「……そうか」

「心配ですか?」

「そうだな。いくらでも根回しは出来るが……してほしくはないんだろう?」


 私が前向きに考えられるようになったことを喜んでくれているのが伝わってくるような口調だった。

 彼の問いかけに頷くと、そうだろうな、と呟かれる。

 

「戻ろうと思った理由は何かあるのか?」

「ヴィクトール様の制服姿が見たくて」

「俺の制服姿を?」

「はい。我が邸に来られる時は制服姿ではありませんから、私はまだ一度も見たことがありませんの」

「確かにそうだが……そんな理由なのか?」

 

 そんな、などと言うヴィクトール様に、私は少し口調を強くする。


「ヴィクトール様は、私の制服姿には興味はございませんの?」

「あるに決まっているだろう。絶対に可愛いんだから」

「それと同じです。ヴィクトール様があの制服を着ているところは、きっととても素敵だと思うのです。他の皆様が見ているのに、私が見ていないのも、悔しいじゃないですか」 

「確かにな。俺もレティと学園で会いたいとは思っていたんだ。じゃあ、昼は俺と食べよう。朝と帰りも馬車を出すから、一緒に行こう。そうすれば話す時間も取れる」

「お迎えなんて……よろしいのですか?」

「俺にとっては褒美だからそうさせてくれ。しかしヴァンドールには黙っておかないと、馬車についてくると言い出しそうだな……」

 

 そこでは朝のお迎えの時間と、お昼の待ち合わせ場所を決めた。お昼に関してもヴィクトール様がクラスまで迎えに来てくださることになった。

 

「それとヴィクトール様……私、学園での私はどんな人間だったのか、知りたいのです」

 

 その言葉に、ヴィクトール様の眉がぴくりと動く。私は彼の手に、自分の手を重ねた。


「テオディール殿下が旅立たれた日、私は自分が何者なのか分からなくなりました。鏡を見ても、人形のように自分が見えていたのです」

 

 鏡を見れば、無表情でこちらを見ているレティシオンがいた。今の私からは考えられないが、あれも大切な私の過去だ。

 

「しかし、そんな私にヴィクトール様が手を差し伸べてくださり、私は自分が何をしたいのか、何を望むのか、考えられるようになりました。けれど……それもきっとまだヴィクトール様の前でだけ。私は、学園での私自身を取り戻したい。だから……出来ることなら、クラスメイトとお話をしたり、笑いあいたい。そのためにも私を知りたい」

「……すごいな、レティは。いや……あなたはずっとそうだった。強くて美しい、俺の目標だった」

 

 そう言いながら、空いた手で私の頬を撫でる。その指先が温かくとても優しくて、この手が大好きだと心から思う。

 

「レティのしたいようにすればいい。傷付くこともあるかもしれないが、俺が癒やしてみせる。何かあればすぐに話してくれ。俺にも出来ることがあるかもしれない」

「ありがとうございます。頼りにしております。ヴィクトール様がいてくださらなければ、このように思うこともありませんでしたから……本当に、あなたがいてくださることで、私は強くなりたいと思うのです」

 

 優しい微笑みと、頬へのキスを受ける。

 それは彼からの愛情と激励のようで、私は更に心強さを感じた。

 

「ぼんやりとでも、どうしたいとかはあるのか? クラスメイトに話を聞くとか」

「そうですね、まずは声をかけるところから始めたいです。皆様、お話ししてくれるか分かりませんが……」


 殿下が私に口を開くなと言っているところは皆が知っている。そんな私が自ら話しかければきっと驚くだろうから、どうしたものかと考える。

  

「……じゃあ、絶対に答えたくなる、とっておきの技を伝授しよう」

「まぁ、そんな技が? 是非教えてくださいませ」

「ただし、これをするのは女生徒にだけだ。間違っても男にはしてはだめだから、それは覚えておいてくれ」

「承知しました。それで、どのような技を?」

「上目遣いで、教えてほしい、とお願いするだけで大丈夫だ」

 

 上目遣いで……?

 

「それだけ……ですか?」

「レティは自分の美しさをやはり理解しきれていないようだな。ちょっとあの鏡に向かってやってみよう」

 

 言われて席を立ち、私は鏡台の前に座る。

 後ろにはヴィクトール様が立って、鏡を覗き込んでいる。

 

「ほら、レティ、やってみて」

「……教えて、いただきたいです」

「もう少し顎を引いて。上目遣いだ。首を傾げてもいいな」 

「教えて、いただきたいです」

「語尾はもう少しくだけた感じで」

「教えていただき……たいの」

「うん。可愛い。俺の方を向いてやってくれ」

 

 さすがにこの特訓は、恥ずかしすぎて倒れそうになった。

 ついでに、とのことで他にもなぜか泣いたり怒ったりする練習もした。

 

「ここまでするなら、笑う練習もしなくていいのですか?」

「笑顔は俺にのみでいい。今でも惚れ惚れするほど美しいから練習なんて必要ない。まぁそうだな、普段は王子妃教育で受けたような淑女の微笑みで十分だ」

「あれで……? 人形のようだとは思いませんか?」

「そんなこと思うはずがない。あの優しく皆を包み込むような微笑みは、あなたの努力の証だ。俺に向けられる笑顔も好きだが、俺はあの笑みを見ると国のために何が出来るかを考えなければという気持ちが自然と湧き上がる」

 

 この言葉に、私は堪えきれずに泣いてしまい、ヴィクトール様を困らせた。彼のためにもっともっと努力を重ねたいと思った。

 

 ヴィクトール様の特訓のおかげで、私は見事に、私に関する情報収集に成功する。

 お守り代わりに以前ヴィクトール様からいただいたリボンをしていたのも良かったのだろう。彼の赤と、私の紫。その二色が混じり合うようなデザインは、私のお気に入りだ。

 お迎えに来ていただいた馬車の中で、それに気付いたヴィクトール様が嬉しそうに笑い、よく似合うと褒めてくださったことも私の力になった。

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