第七話 私からの初めてのお誘い
ヴィクトール様と隣同士でソファに座り、本を読んでいる時。私はなるべく緊張していることが伝わらないように、彼に声をかけた。
「ヴィクトール様……あの……侍女が話題のカフェを教えてくれて……王都にあるのですが、ご一緒出来ませんか?」
私の質問に、ヴィクトール様は手に持っていた本を床に落とし、勢いよく立ち上がった。
「行こう。すぐに行こう。今から出よう。馬は俺が出す。レティは馬に乗れるか? ああ、乗れなくてもいいんだ。俺がいる。初めは少し恐いだろうが、そのうちすぐに楽しくなる。ところで、店は貸し切るか? それとも買い取ろうか?」
「落ち着いてください! 買い取るなんて望んでいません!」
「落ち着いてなどいられない。初デートなんだ」
「デ……!?」
「夢を見ているみたいだ。まさかレティからデートに誘ってもらえるなんて」
「ヴィクトール様、落ち着いてください」
「無理だ。今すぐにでも叫び出したいし、駆け出したい。嬉しすぎる」
「落ち着いてくださらなければ、デートに行けません!」
「分かった。落ち着いた。もう大丈夫だ」
扉まで歩いて行っていたのに、すぐに戻ってきてソファに座り直したヴィクトール様。
私達のやりとりを見ていた侍女のうち、一人が吹き出して、一人は私達から目を逸らして肩を震わせていた。
「ヴィクトール様、レティお嬢様、当日のお召し物は、私共にお任せいただけませんか?」
デートの日程を決めていた私達の話に、侍女達がそう提案してきた。
「服を? ああ、そうか。いつもの服だと、視察のようになってしまうな」
「はい。折角の機会ですので、訪問先に馴染むお召し物を私共でご用意いたします。当日、殿下には客室にてお着替えいただき、玄関ホールでお待ち合わせにいたしましょう。そうすれば、よりデートというかんじがしませんか?」
「名案だ! 服にはいくらかけても構わない。絶対に遠慮はするな。かかる費用は全て俺が持つ。公爵殿にも俺から人員の協力をお願いしよう」
「お任せください!」
「早速今から打ち合わせだ。手が空いている侍女を集めてくれ。意見が聞きたい」
「かしこまりました!」
ヴィクトール様は侍女に囲まれ、私のワンピースをどのようなデザインにするかを真剣に話し合われた。
その間、私の右手はヴィクトール様に握られており、侍女と目が合う度に微笑まれて少し気恥ずかしかった。
当日の朝、私を着せ替えていた侍女が頭を抱える。
「だめだわ……どう頑張っても町娘には見えない……美しすぎる……」
「どうすればいいの……良くて伯爵家ぐらいよ……」
そんな時に助け船を出してくれたのは母だった。
「帽子をかぶせましょう。私の使っていたものがあるわ。あれならちょうどいいと思うの」
ウキウキと話す母に、侍女達は、さすが奥様! と、言って急いで母の部屋へと帽子を取りに行って戻ってきた。
もしかすると、今回のお出掛けは母が提案したのかもしれないなと思いながら、手伝ってくれた皆へとお礼を言った。
「あなたは今日、ベルモンド公爵家の娘ではないわ。ヴィルとデートを楽しむ娘、シオンよ。思う存分、楽しんでいらっしゃい」
母の貸してくれた帽子と、ヴィクトール様と侍女が用意してくれたワンピースを身に着けた私は、母のエスコートでヴィクトール様の元へと向かう。
私を見たヴィクトール様は、片手で目を覆って天を仰いだ。
「なぜだ……なぜこんなにも可愛くなるんだ……いつもは美しいのに……頼む、もう少し帽子を目深に被ってくれ。手綱が狂ってしまう」
「……いやよ、ヴィルが見えなくなってしまうもの」
「あらあら」
「公爵夫人……俺はどうしたら……」
「大事にしてあげてくださいませ。何しろ、娘は初めてのデートですのよ。とびきり素敵な思い出にしていただかないと」
「何よりも大事にします。何があっても、無事にお嬢様をこちらまで笑顔で送り届けます」
初めて二人で乗った馬も、頬を撫でる風の心地良さも、背中に感じるヴィクトール様のたくましさも、全てに鼓動が高鳴って仕方なかった。
カフェに着けばお店の前は噂通り列を作っていて、二人で並んで話をしながら待つのもすごく楽しいことを知った。
ヴィクトール様はあまり甘いものが得意ではないので、デザートは半分を私へとくれた。
「はい、ヴィル。あーん」
小説の中にあった恋人同士の真似事をしたくなって、スプーンを差し出したら、ヴィクトール様は耳まで真っ赤になりながらもパクリと食べてくださった。
「嫌だった?」
「まさか。またしてくれ。いつもしてほしい。今すぐでもいい」
矢継ぎ早に言われて笑ってしまう。
帰り際、お店のご主人に美味しかったです、とお伝えしたところ、
「お二人共、とっても美しいから、周りのお客さんが手を止めて見惚れていましたよ。失礼ですが、恋人同士で?」
と、尋ねられた。
ヴィクトール様が口を開くよりも先に、私がそれに答えた。
「いいえ、彼は私の婚約者です。私にはもったいないくらい、素敵な方ですわ。ね、ヴィル」
「……ええ、シオンは俺の自慢の婚約者です。こんなにも可憐な女性の婚約者でいられる自分は、この国で一番の幸福な男だと思っているんですよ」
「これはこれは! どちらもごちそうさまです。お気に召して頂けましたら、また是非、お越しください」
カフェを出ても、まだヴィルでいたい、という彼に私も賛同し、私達はそのまま王都の街並みを手を繋いで歩いた。
少しの時間だったが、本当に幸せな一時だった。
それから帰ってすぐ、私は父に彼との婚約を続けたい意思を伝え、父はそれに笑顔で頷いた。
その夜、夕食の席ではまるでお祝いかのようなご馳走が並べられていた。
「あら、レティの婚約祝いと初デート成功のお祝いなのだから、このくらいはしなきゃね」
と、母にウインクされて、恥ずかしいような嬉しいような、複雑だけど幸せな気持ちで一杯だった。