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第六話 私の世界の変化


 婚約が決まってからヴィクトール様は多忙にも関わらず、本当に毎日、公爵邸へと来られて私のお話し相手をしてくださった。

 第二王子としての執務や新たな王太子教育、騎士団での剣の稽古。そして学園にも通われ始めたために授業へも出席しながらである。 

 本人は口にしていないが、私がしていた殿下の執務も、彼が受け持つようになったのだと思う。私は一切、殿下に関わることをしなくて良くなったからだ。

 どうしても執務などで遅くなってしまう時でも、一目だけでも俺が会いたいから、と言って彼は私に会いに来てくださった。

 

 そしてヴィクトール様は様々な手土産も持って訪ねてこられた。

 お花や焼き菓子の時もあれば、私の髪によく似合うと思って、と可愛らしいリボンを渡された日もあった。彼との会話の中で私が読んでみたい、とポツリとこぼした恋愛小説まで、自らの足で買いに行き、プレゼントしてくださった。

 

 私の言葉を拾って、あなたは美しい、あなたには笑ってほしいと、いつも寄り添い励ましてくださる彼に、私からも話をすることが増えた。

 

 私の部屋にあった手紙を見て、あなたが悪役令嬢というのならもっと振り回してくれないと、と言われた時は少し困ったが、心は軽くなった。

 その日はいつもより遅くなってしまったので、お話し出来たのは少しの時間だったけれど、窓に映る彼の横顔をとても美しいと思ったことを覚えている。

 

 さすがに彼のスケジュールで毎日通っていただくのは体調面が心配になり、ここまでしてくださらなくても、と言ってみたことはあるのだが、

 

「俺があなたに会えなければやる気が出ないんだ。迷惑でなければ少しでも会いたいと思ってしまうのだが……やはり遅くなるのは悪かったな。今度からはもう少し早く……」

 

と、スケジュールの前倒しを試みようとされてしまった。それでは本末転倒だと慌てて止める。

 

「十分ですわ! これ以上、私を優先させてしまっては、ヴィクトール様のお体に無理がいきます。私はいつになろうと迷惑だなんて思いません。ですからご無理をせず、お越しいただける時間でお願いしたいのです」

「そうか。分かった。俺の心配をしてくれていたんだな、ありがとう」

「ヴィクトール様、いつも私ばかりいただく一方なので、私にも何か出来ることはありませんか? ヴィクトール様のお役に立てるようなことが出来るかは分かりませんが……」

「それなら俺は、あなたの口からレティシオン自身を褒める言葉が聞きたい。そうだな、手始めに……私は美しいと言ってみようか」

 

と言われ、自分から言い出した手前、引くこともできず……恥ずかしながら、私は美しいと言ってみた。


「その通りだ。本音を言うなら、むやみやたらに笑顔を振り撒かないでほしい。あまりにも可愛いから、皆があなたに惚れてしまう。レティシオンに惚れるのは俺だけでいいんだ」

 

 だから心から笑うのは俺の前だけでもいい、なんて無茶なことを言われてしまった。

 

「もしかして……それが言いたくて私に自分を褒めろと?」

「半分正解で、半分不正解だ。本音は今の通りだが、あなたに自信を取り戻して欲しいとも思っている。それはきっと自分自身を認めて褒めることから始まると思うんだ。分かりやすいものが、あなたのその美しさだったから、まず始めに、な?」


 でもやっぱり、一番の笑顔は俺にだけ……と続いて、私は思わず吹き出した。

 はしたなくも声を出して笑った私に、ヴィクトール様は目を潤ませて、優しい眼差しで見つめ返してくれた。

 

「レティシオン、あなたは俺にとっての女神だ。昔からずっと、あなたの笑顔に俺は励まされてきたんだ。だからどうか、自分を褒めてあげてほしい。俺のためにも、お願いしたい」

 

 彼の言葉は、私の中にスウッと染み込み、溶け込んでいくようだった。

 

 

 ヴィクトール様といる間は、両親だけでなく、侍女達も彼と一緒に私を励ましてくれた。ヴィクトール様のお土産のお菓子を皆で食べて笑い合うのは、とても素敵な時間だった。

 

 

 元気を取り戻してきた私に、ヴィクトール様は外に出てやってみたいことはないかと尋ねてきた。

 

 実は私の王子妃教育は、既に王太子妃教育も兼ねられていたそうで、それらも十分なレベルに達しているという教育係の言質を取ってきたヴィクトール様。

 そのおかげで私は約十年振りにゆったりとした時間を過ごすことが出来、改めて外の世界へと目を向けるようになった。

 

 友人が作れずに人と話す機会が持てなかったと話せば、父の領地視察についていけばどうかと提案してくれた。

 公爵領の領民は皆、あなたと話したいと望んでいるはずだ、と。

 言葉通り、領民の皆様は私へとたくさんのお話を聞かせてくれた。ずっとお話ししたかったです、と何人もが手を握って笑ってくれた。

 両親の結婚の馴れ初めなども教えてもらい、父が照れくさそうに笑う姿を初めて見て、母にこっそりと報告した。

 可愛い人でしょう? と微笑んだ母も、少女のように可愛らしかった。


 

「次は孤児院にしよう。あなたは子供が好きだっただろう? 弟ばかり褒めて頭を撫でられるのが、いつも悔しかった。俺も可愛がってほしかった」

 

 孤児院に向かう馬車の中。まさかヴィクトール様からそんな言葉が出てくるとは思わなくて、くすりと笑ってしまった。

 

 孤児院で文字の読み書きを子供達からねだられた時は、

 

「俺が剣を教えるから、あなたは読み書きを教えてあげてくれ。俺は字が汚いから向かないんだ」

 

と、困ったような顔でお願いされた。

 

 二手に分かれて教えていたら、徐々に私の熱がこもり、とうとう腰を据えて教え込んでしまった。

 子供達は真剣に私の話を聞き、私の書く文字を真似た。

 自分の名前を書けるようになった彼らが、次に書きたいと言ったのが私の名前だった。それに思わず涙ぐんでしまい、子供達から必死に慰められた。

 

 外で剣を教えていたヴィクトール様も私の様子を聞いて急いで戻ってこられて、一緒になって慰めてくださった。

 しかし、お昼寝から起きてきた小さい子供達には、ヴィクトール様が私を泣かせたように見えたみたいで、ヴィクトール様がお叱りを受けていた。彼は必死に謝って、その頃にはとっくに私の涙は引っ込み、微笑ましくその様子を見守った。

 

 皆が落ち着いてから、ヴィクトール様は子供達から、この国をどんな国にしたいのかを聞いていた。

 彼らの話を一切否定せず、どんな話でも耳を傾けておられた。実現できる可能性を模索し、自分も君達のために出来る限りのことをする。だから君達は、どんな時でも諦めないで努力を続けてほしい、とその場を締めた。


 はずだった。


「お姉さん、とってもきれいだから、ぼくのおよめさんになって」

「それはだめだ」

「えーなんで? あきらめないでって言ったのはお兄さんだよ」

「俺だってお姉さんに結婚してほしいとお願いしてるんだ。これだけはいくら君でも譲れない。ここは諦めてくれ」

 

 うそつきー! と言われてショックを受けながらも、ヴィクトール様は決して譲らなかった。子供達はそんな姿に大笑いをしていて、私もつられて笑った。

 

 帰りの馬車の中、子供達に嘘つきと言われたことに落ち込んだから慰めてくれと言われ、頭を撫でてみた。

 とてもとても嬉しそうな顔をして見つめられるものだから、恥ずかしくなって頭から手を離そうとすると、

 

「離してはだめだ。レティの手は温かいから、安心する。握っていてくれ」

 

と言って、私の手を握り、邸に着くまでそのままだった。

 ギュッと握ってみれば同じ強さで握り返され、見上げれば目が合って微笑まれることに、嬉しくてまた涙が出そうになった。

 この日から、ヴィクトール様は私をレティと呼ぶようになった。



 そしてその翌朝、鏡を見た私は自然と涙が溢れていた。

 物語の英雄のように、暗闇の中にいた私を救い出してくれたヴィクトール様に愛され、幸せそうに微笑むレティシオンが鏡に映っていたからだ。

 こんなにも自分を美しい女性だと思えるなんて、一月前には想像も出来なかった。

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