第五話 私と彼と公爵家
ヴィクトール様は両親と私を前に、殿下の振る舞いを真摯に詫びるとともに、殿下との婚約解消を願い出てほしいとおっしゃった。
後者の話には、両親も私も驚いた。
まさか王家の方からその話が出るとは思っていなかったからだ。
そして更に、殿下との婚約を解消した後、自分と婚約を結び直してほしいとおっしゃったのだ。
私はもう、何が何だか分からなかった。
混乱する私をおいて、両親とヴィクトール様の話し合いは続いた。
ヴィクトール様は、幼い頃に私を見て一目惚れをしたそうだ。しかし兄の婚約者であり、私も未来の王妃になるために努力を重ねているところを見続け、邪魔をすべきではないと自身に言い聞かせてきたという。
少しでも私を支え、守れる人間になりたいと王子教育も剣の稽古もやってきた。しかし私以上に心惹かれる方とは出会えず、どうしても婚約者は決めきれなかった。
そんな中で、周りからの婚約者へのアプローチが激しくなり、その煩わしさと、これを機に私への想いを断ち切れればと隣国への留学を決めたという。
結果、想いは膨れ上がる一方でどうしようもなかったと、ヴィクトール様は苦しそうに笑った。
ありえないとは思いながらも、私を妻に娶れた時のために隣国にもツテを作った。いざとなったら国外逃亡だって出来るようにした。
全て無駄になるとは分かっていながら……諦めたいのに諦められず、そんな思いを抱えたまま帰国された。
帰国後、私を見た彼は愕然としたそうだ。
あれほど美しかった私が、萎れた花のように表情を失い、今にも倒れそうな姿になってしまっていたからだ。
彼はすぐに私について調査し、そこで殿下や男爵令嬢との関係、そして私を取り巻く環境を知った。
「怒り狂いそうだった。全てを壊してやろうかと思った」
ヴィクトール様は怒っていながらも、ひどく悲しくて泣きそうな、そんな表情をしていた。
「許せなかったのは兄上ではない。自分自身だ。あなたが辛い時、俺はあなたへの想いから逃げ出し、自分だけ楽な道を選んだ。あなたを守るために力をつけたのに、何にも出来なかった……一人にして、本当にすまなかった」
隣国では私を忘れなければと、私に関する情報は敢えて遮断していたという。
それなのに、私を妻にするための準備はして……ちぐはぐな自分の滑稽さと愚かさに自分自身をぶん殴りたくなった、と彼は言った。
しかしそんなことをしても何も解決しない。
後悔ならばこれから一生し続ける。だからもう我慢などせず、私の幸せを叶えるためにだけ行動すると決めた。
「あなたをこんな状況においたのは俺だ。俺がそばにいて守らなければならなかったのに。俺にしか、出来ないことだったのに。だから許してほしいとは思わない。どうか俺を振り回してほしい。レティシオン、あなたの望むこと、やりたいこと、願ったこと……それら全てを俺に叶えさせてほしい。どうか俺にあなたのために、あなたのそばで行動する許可を与えてくれ」
真っ直ぐに見つめられ、一国の王子に膝をつかれて言われたその熱烈な告白に、私の瞳からは静かに涙が流れていた。
彼がほんの数日前に帰ってきたというのに、ここまで調べてくれていたこと。きっと寝ずに、どう対応すべきかを考えてくれたことは、目の下の隈が物語っている。
隣国にいる間も私を忘れられなかったと、私との未来を思い描いて動いてくれていたこと。
ヴィクトール様の想いからの言葉や行動は、蔑ろにされていた私の心を救うには十分なものだった。
父も、今回の殿下の行動はあまりにも目に余ると思っていたようで、ヴィクトール様が来られなくとも陛下の元へと婚約解消の手続きをしに行くつもりだったそうだ。
父はヴィクトール様とともに、王城へと向かわれた。
そしてその場で、殿下とは婚約解消をし、ヴィクトール様と私の婚約を結び直すことを決めた。
「愚息がレティシオンへと与えた仕打ちはそう易易と許せるものでもないだろう。ヴィクトールから報告は受けている。あれを野放しにしたのは私の責任だ。そこで、ヴィクトールが十八を迎え次第、ヴィクトールを我が国の王太子とする。あれに対しては、時期を見て王位継承権の剥奪と除籍処分とする方向で話をしている。これで少しは溜飲を下げることにはならんか?」
「陛下のご英断に感謝申し上げます。我がベルモンド公爵家は、ヴィクトール殿下こそ王太子に相応しく、娘の婚約者としても信頼出来るお方だと思っております」
「国王陛下、ベルモンド公爵閣下。必ずやお二人のご期待に応えられるよう精進してまいります」
三人での話し合いは、そのように進んだという。
しかし、陛下にはお話ししていなかったが、この婚約を決めるにあたり、父はヴィクトール様に二つの条件をつけた。
一つ目は、私が今後、心からヴィクトール様を望まなければ婚約は解消すること。
二つ目は、婚約解消となった場合、王家の有責を認めて二度と娘とは関わりをもたないこと。
ヴィクトール様は、反論することなくそれらを受け入れた。
父はきっと、ヴィクトール様に期待して、この条件をつけたのだろう。
ヴィクトール様の情熱が私を明るい未来へと導いてくれることを。そして……私が幼い頃に蓋をした、小さな小さな恋心を認められるようにしてほしいと。