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第三話 私の婚約者

誤記修正しました。


 一歩ずつ大股で近付いてくる高貴なお方の名前を呼ぶ。

 

「ヴィクトール様」

「すまない。遅くなった」

 

 彼はテオディール殿下の一歳下の弟君、ヴィクトール・シュヴラン第二王子殿下。

 顔つきは二人共似ているが、黙っていれば優しげな雰囲気で美青年という印象の殿下に比べ、ヴィクトール様は凛々しくたくましい男前といった印象を受ける。

 

 かつて周辺国から攻め入られた際に、その智力と武力で騎士団を纏め上げ、自身も最前線に立ち国を守ったと言われる三代前の国王陛下。他国からは闘神と恐れられながらも、自国では決して武力行使することなく、民からは賢王として崇められるお方と同じ髪と瞳の色を持つヴィクトール様。

 

 その姿はまさに賢王の再来とも言われ、幼い頃から何をしても優秀だと評判だった。

 友好国である隣国に留学生として招待され、この二年間は隣国で過ごされていた。

 つい二ヶ月程前に、留学期間を終えて母国へと帰ってこられたのだ。

 

 隣国は王家騎士団が非常に優秀らしく、そこで剣技に磨きをかけられたそうで、体つきは他の学生とは一回り違っていた。

 それに加え、帰ってこられてからすぐ精力的に執務に取り組まれ、学園に入学すればまたたく間に成績トップに躍り出るなど、着実に功績を残されている。


 そんな超人ともいえるお方が現れたとなれば、ザワつくのも仕方がない。ヴィクトール様自身、まだ正式に学園へと通い始めて間もないということもあり、お姿を拝見したのは初めての方もいるだろう。

 

 皆が固唾を呑んでシュヴラン兄弟が次に取る行動を見守る中、ヴィクトール様は私の正面まで来られ、片手を上げた。

 何をするのかと一瞬どよめきが上がったが、ヴィクトール様は気にする様子もなく、その手で私の頬を撫でると心配そうに言葉を発した。


「こんなところで囲まれているから何事かと思えば」

「申し訳ございません。気付けばこのようなことに」

「あなたが悪くないのは分かっているから、謝らなくていい。気分は大丈夫か?」

「ええ。問題ありません」

 

 頬を撫でていない方の手を腰に回し、私の瞳を覗き込むヴィクトール様。

 にこりと微笑めば、安心したように彼も微笑み返してくれる。

 そんな私達の様子を、先程まで言い争いをしていたお二人は口をあんぐりと開けて見ていた。 

 

「ヴィ、ヴィクトール!」

「……ああ、兄上。なかなか会いませんでしたから、お久しぶりですね」

「お前! 私の婚約者に、何をっ!」

 

 人差し指で私達を指差してきた殿下が、ぎりりと音がしそうな程に睨みつけてくる。

 その一歩後ろには、同じ顔をしたコリンヌ男爵令嬢。

 ヴィクトール様は私の横に並び立つと、腰に回した手で、私を自身の方へと軽く引き寄せる。

 

「人を指差すのはやめてください。兄上といえども無礼ですよ。それに、彼女は俺の婚約者です」

「は?」

「兄上もご存知でしょう? 兄上とレティの婚約は、二ヶ月前に兄上が視察に出られた後すぐ解消されました。その場で彼女は俺と婚約し直し、レティの卒業後に結婚式を挙げることが決まっております」

「は……はあああ!? どういうことだ!? 私は何も聞いていない!」

「視察中に通達を何度も出しておりますが……お読みにならなかったのですか?」

「何度、も……」

 

 呆然としながらこちらを見る殿下。背中に張り付いたコリンヌ男爵令嬢は、言われた内容を理解したのか、途端に顔を輝かせた

 

「テオ様! あの女との婚約がなくなったということならば、この私があなたの婚約者……いいえ、王太子妃に……」

「軽々しく馬鹿なことを言うな」

 

 彼女の言葉を素気なく遮ったのは、もちろんヴィクトール様だ。

 

「礼儀も知らぬ者が、王太子妃など務まるわけがない。そんなことも分からないのか?」

「なっ……何よ、失礼な! テオ様が王太子になるんだから、その恋人の私が王太子妃になるのは当然じゃない!」

「ああ、根本から間違っているんだな。兄上は王太子にはならない」

「……は?」

「……え?」

 

 あら、二人揃って見事にお口が開いておりますわ。

 

「それについてもわざわざ早馬を出して、使者から直接伝えるようにしたのですが……兄上、本当に執務で視察に向かわれたのですか? まさか一ヶ月もの間、遊び歩いていたということはありませんよね? そちらのご令嬢も同行したと聞いておりますが、二人して使者には会わなかったと?」

「それは……いや、そんなことより、王太子は……」

「立太子の儀は俺が十八歳を迎えたら行います。本来なら、俺が王太子となってからレティを妻に迎えるものなのでしょうが……早くレティと結婚したいので、公爵殿に頼み込んで婚姻を早めてもらいました」


 更に引き寄せられ、体の半分はヴィクトール様に密着した状態になった。私はドキドキしてたまらないのに、ちらりと見上げた彼はなんともないといった風に笑っていて悔しい。

 

「レティ、そんなに可愛い顔をしないでくれ。皆に見せたくない」

「こんな態勢では無理ですわ。ドキドキしてしまいますもの」

「そうか。じゃあなるべく下を向いていてくれ。君に惚れる者を増やすわけにはいかない」

 

 緩急がすごすぎてもう目眩がしそうです。

 ほう、とため息をつけば、周りで見ていた女生徒と目が合った。その瞬間、彼女の顔が真っ赤になり、その近くにいた学生達まで頬を赤くしてしまっている。

 

「ヴィクトール様、大変ですわ。皆様のお顔がどんどん赤らんできております」

「だろうな。だからこんなに囲まれるのは嫌だったんだ」

「申し訳ございません。まさかこんなことに……」

「レティは悪くないが……そうだな、もっと自分が美しいと自覚してくれればいい」

「ふふ。努力いたしますわ」

 

 そんな会話をしていたところ、ヴィクトール様のお腹がなる。

 

「いい加減、腹が減ったな。兄上もあの調子だから行こう。昼食の時間がなくなる」

「はい」

「兄上、聞きたいことがあればまた夜にでもお聞きします。俺がいなければ父上か宰相……は忙しいでしょうから、ヴァンドールに聞いてください。ヴァンドールも忙しいでしょうが、彼らよりはまだ優しいところがありますから」

 

 ヴァンドール様は、ヴィクトール様の三歳下の第三王子殿下である。ヴィクトール様のことを心から尊敬し、幼いながらも彼の後を追って、王子教育も剣の訓練も一生懸命に取り組まれている。

 小さい頃から私を義姉上様と呼んでくれて、とてもかわいらしいのだ。


 ヴァンドール様を思い出してつい微笑んでいたら、追い縋るような殿下の声に、現実へと引き戻される。

  

「待て、レティシオン! お前は……お前は、私を愛していたのではないのか!? 私の妻になるために厳しい教育も受けてきたではないか!」

 

 もう後ろにいるご令嬢のことなど忘れたかのような素振りに、どうしてこんな人の言うことを今まで真面目に聞いていたのかと自分が嫌になった。

 そんな私の機微を察したのか、ヴィクトール様の手が腰から離れ、背中を優しく撫でる。

 その気遣いが嬉しくて、この人がいてくれると思えた私は、自分の口から殿下へと告げた。

 

「申し訳ございません、殿下。私は自分が何者か分からなくなったために、殿下がご存知である私ではなくなってしまったようなのです」

「だから! お前が記憶を失くしたのであれば、幼い頃からお前をよく知っている私が、お前の話をすればまた思い出すと……」

「殿下、それは意味がありませんわ」

 

 先程ヴィクトール様がご令嬢へとしたように、今度は私が殿下の言葉をきっぱりと跳ね除ける。

 

「意味が……ない?」

「私は記憶を失くした、とは一度も口にしておりません。ただ、自分が分からなくなった、とだけ」

「……何? 何が違う?」

「私は過去の記憶はしっかりとございます。記憶喪失などではなく、私は、私自身の存在価値が分からなくなってしまったのですわ」

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