第二話 私を呼ぶ、その人は
「レティシオン!」
背後から呼ばれて振り向けば、金髪碧眼の第一王子殿下と、ピンクブロンドの髪に榛色の瞳をした男爵令嬢のお二人がいらっしゃった。
一応、私は婚約者のはずなのだが、その私の前だというのにお二人は腕を組んで現れたことから察するに、随分と仲がよろしいのだろう。
そんな話題性抜群の三人がいるのはお昼時の中庭。食堂に向かう通路からよく見える位置にいるため、既に衆人環視の中での対面となった。
「お前、何やらおかしなことを聞き回っているらしいな!」
「おかしなこと……とは?」
「お前が何者なのかということや、私やコリンヌのことを、だ! なぜわざわざそんなことを聞き回る? 何が狙いだ?」
眉間にシワを寄せたテオディール・シュヴラン第一王子殿下は、とても王子様には見えない凶悪なお顔をされていた。普段は物語に出てくる王子様のように麗しいお顔であるのに、その表情はとても残念に思う。
彼はこれまでもこうして、レティシオンを邪険に扱うだけでなく、生徒達の前で蔑んできたのだろう。
王族に嫌われては貴族社会では生きていけないのだから、周りが私を避けるのも仕方がないことだと瞬時に理解する。
そして殿下の腕に自身の腕を絡めて、勝ち誇ったように笑うのはコリンヌ・ジャケ男爵令嬢。
愛らしいお顔は私とは違う人気を博しそうだと思うが、小柄ながら豊満なお胸を殿下の腕に押し付けるようにしており、どうやら淑女としての教育は行き届いてはいないことが窺えた。
お二人共、私と同じ三年生。調査によると、親密になり始めたのは一年生の中頃から……ここまでくると、もう一途なのかも? なんてことを考えていたら、正面からも周囲からも私の次の発言を待つような視線を感じた。
いつまでも意識をとばしていてはいけない。質問にお答えしなければ。
「……狙いなど何もありませんわ」
「そんなはずはないだろう! お前は今まで誰にも話しかけるようなこともせず、ただそこにいるだけの人形だったではないか!」
「そ、そんな……私は、ただ……」
ここで口元へと手を当て、不安そうな眼差しで足許へと視線を落とす。
「先日目覚めましたら……突然、自分自身が何者か分からなくなりましたの……それで、私をよく知ってくださっている皆様に、お話をお聞きしたくて……勝手なことをして……誠に、申し訳ございません……」
涙混じりに答えれば、ざわつく野次馬たち。
「私……自分を……失ったようで……不安で…………」
下唇を噛み締めて、涙が溢れるのを堪えてみせる。
肩が小さく震え一人佇む様に、私への見方が変わるのが分かった。
「レティシオン様……そんなに悩まれていたなんて……」
「私、折角ご挨拶いただいたのに、返せずにいたわ」
「私も……なんてことを」
と、同情の声が聞こえてくる。
「そもそもレティシオン様を無視しろとおっしゃったのは殿下なのに」
「常日頃から黙っていろ、口を開くなとレティシオン様におっしゃっていたのだから、レティシオン様は口を閉ざしておくしかなかったのですわ」
「レティシオン様のご意見をいただきたいと言っても、殿下が不要だ、話しかけたら退学だとおっしゃるから……」
レティシオンが無視をされていたのも、お人形のようにしていなければならなかったのも、全ては第一王子殿下の仕業という訳である。
しかし、彼らの声は聞こえていないかのように、殿下は私の姿に動揺していた。
「レティシオン……まさか……まさか、泣いているのか?」
「いえ……申し訳ございません。公爵家の娘ともあろう者が、このような、ことで……取り乱してしまい……」
「……レティシオン、顔を上げよ」
いつもよりは数段固くなった口調で命じられた言葉に、ゆっくりと顔を上げた。
目に涙を溜めたまま、淑女の微笑みを真っ直ぐに殿下へと向ける。
殿下が息を呑んで、腕に纏わりついていたご令嬢をその腕から強引に引き剥がした。
「……レティシオン、やっと昔のお前が戻ってきたのだな。これから二人きりで話をしよう。お前が忘れたということも、私なら分かる」
「ちょっ……テオ様! この後は私と過ごしていただく約束ですわ!」
「そんな約束をした覚えはない」
「テオ様!?」
「気安く呼ぶな。お前のような下位貴族など、レティシオンと比べるまでもない。あの頃のレティシオンが帰ってきたのであれば、お前はもう用済みだ」
「そんなっ! あんなにも情熱的に愛を囁いてくれたではありませんか!」
「お前など気晴らしに過ぎない! 手を離せ、無礼者!」
言い争いへと発展したお二人を前に、黙ってその様子を眺める。どちらも似たようなものだが、とりあえず、学園の皆様が見ておられますよ、という忠告は呑み込んでおく。
全くお互いに引く気配のない言い争いに、そろそろ決着をつけてくれないかとため息が出そうになった瞬間……
「レティ」
殿下とはまた違った声に呼ばれ、そちらへと顔を向ける。群衆が自然と左右に分かれ、まるで主役の登場かのように姿を現したのは、燃えるように赤い髪と瞳をした、ヴィクトール第二王子殿下だった。