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死の茸

 街の片隅の診療所。


 中心地から少し離れたその建物はお世辞にも立派とは言えず。

 民家を少し改造しただけの外見からはとても名医の居るようには思えない。


 その待合室には現在、俺を入れて四人。


 その内一人はかなり体調が悪そうな男で、うつろな目をして看護師の質問にかろうじて答えていた。

 残る一人は老婆だ。


 彼女は既に診察を終え、今は薬が準備されているのを待っているといった所だろう。


「サンテアちゃんのお兄さん」


 待合で他の患者を眺めていると、診察室からお呼びの声が掛かる。


「中へどうぞ」

「はい」


 診察室の中は前世とあまり変らないイメージだ。

 机と医者と患者が座る小さめの丸椅子。

 微かに香るヨモギのような臭いは消毒液のようなものだろうか。


 診察室の片隅には清潔感のあるベッドが一つあり、その上でサンテアが横になって眠っていた。

 その寝顔はやつれてはいるが、連れてきたときと違って苦しそうには見えない。


「えっと……サンテアは寝ちゃったんですね」


 椅子に腰掛けながら目の前の医者に話しかける。


 かなり高齢に見える白衣の医者は微かに頷くが、その表情はかなり険しい。

 すやすや眠るサンテアの姿に安心しかけた俺だったが、それは間違いだと彼の表情が告げている。

 

「確認したいことがあるので聞かせてもらいたいのだが」


 俺が腰をかけた途端に医者はそう切り出した。


「なんでしょうか?」

「君たちが住んでいた所で、この子以外の子供に同じ症状は出ていないか?」

「大丈夫だと思います」


 俺の返事に医者は一瞬だけホッとした顔をしたがすぐに厳しいものへ戻る。


 逆に俺の心に湧き上がったのは不安だ。

 今の質問からすると、もしかしてサンテアの病は伝染病か何かなのだろうか。


 だとすると他の子供たちも同じように――


「彼女の病は『幼熱病』といってね。10歳前後の子供にだけかかる病なんだよ」


 俺の思考を遮る様に医者はサンテアの病名を告げる。

 彼女はたしか10歳。

 ピッタリ当てはまる。


「非常に珍しい病気でね。私は過去に一度だけ別の街で患者を診たことがあるから気がついたんだが」


 予想していた様に幼熱病は伝染病の一種で、土の中に原因菌は潜んでいるという。

 主に野菜などについた菌が口に入ることで伝染するのだが、その菌自体はかなり弱いらしい。

 なので普通であれば摂取したとしても体内で繁殖する前に死滅してしまうのだが。


「彼女の場合は元々かなり衰弱していて体力が無かったのだろう。だから菌が死滅せずに彼女の中で繁殖を始めてしまった」


 そして彼女は発病した。


「ということはまさか……他の子供たちにも感染してるってことですか?」

「その可能性はある。だがまだ発病前で余程体力が落ちてでも無ければ大丈夫のはずだが」


 俺はスラム街の子供たちの顔を思い浮かべる。

 初めて会ったときから痩せてはいたが、そこまで体力が落ちている様子は無かった。

 それに今は俺が毎日食事を運んでいるからか血色も良くなっている。


 サンテア以外は。


「もしかしてサンテアは他の子たちのために我慢して食事を減らしたりしていたのかもしれないな」


 俺は眠るサンテアの顔を複雑な気持ちで見つめる。

 今は咳き込むことも無く、穏やかな表情だ。


「それでサンテアは治るんですか?

「……治す方法があるかと聞かれれば特効薬はある。だが、それは非常に稀少で硬貨な薬でな」

「いくらですか? お金なら持ってます」


 良かった。

 金で解決するなら今持ってる全財産を出しても構わない。


 無くなってもどうせまた森で魔石を狩ってこればいいだけだ。

 俺には痛くもかゆくも無い。


「稀少だと言っただろう。多分売っているとすれば王都の、それも貴族御用達の店にしかない」

「王都って、この街から急いでどれくらいで付きますか?」

「早馬を乗り継いでも十日。普通はひと月はかかるだろう……往復だとその倍だ。とてもこの子がそれまで持つとは思えん」


 医者はそう答えると眠るサンテアを見る。


「そんな……その薬は先生は調合できないんですか?」

「調合自体は簡単だ。だが問題はその素材なのだ……」


 机の引き出しを開く医者の手を視線で追うと、中から一冊の紐でとじた立派な本が出て来た。

 どうやらそれはこの世界の医学書らしい。


「この本は私の恩師から受け継いだものでね。様々な病に効く薬と諜報合法が書かれているものだ」


 そう言いながら医師はページをめくっていく。

 一枚一枚大事なものを扱う様に開く姿は、この世界での本の貴重さを物語っている。


「これだ。幼熱病の特効薬――正確には他の数多くの病に効く薬なのだが」

「ここに書いてあるのが材料ですか?」


 そのページには読みやすい文字といくつかのイラストが描かれていた。

 柔らかな筆跡は女性を思わせるが、それは今はどうでもいい。


「他の材料はこの病院と近くの薬草屋で手に入るものなのだが、こいつだけは手に入らない」


 医者が指さしたのは素材リストの一番下。

 それだけ太い文字で名前と共にイラストまで添えられていて。


死の茸(デスマッシュルーム)……」

「森の中で数年に一本だけ見つかるという幻の茸だ。そしてその名の通り見つけたとしても採取するのにかなりの危険を伴う茸でな。下手に触れば――」


 医師がいかに死の茸(デスマッシュルーム)が珍しく危険かを語っている。

 だがすでに俺は彼の話よりも本に書かれた死の茸(デスマッシュルーム)の絵の方に意識を奪われていた。


「かつて王族が難病を煩ったことがあってな。その国の軍隊が死の茸(デスマッシュルーム)の捜索のために森中を探し回ってやっと見つけたらしいのだが、その時、喜びの余り迂闊に触った兵士のせいでその部隊は全滅してしまったという――」


 間違いない。


「俺、この茸のこと知ってます」


 俺は医師の話を遮る様にそう言った。

 この絵と医師の今の話で確信をもてたのだ。


 そう。

 この幻の茸こと死の茸(デスマッシュルーム)

 それこそ俺が魔瘴の森の中で便利に使っていたあの『きのこ爆弾』に違いないのだった。



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