5話
終了!!
「きの、うち、さ……」
首は絞めたはずだ。実際首に跡がある。
「桜屋敷君優しいもんね。私、分かってるよ。私の事庇ってくれようとしたんだよね」
手には、真っ赤に染まったカッターナイフ。そうだ、おかしいんだ。もし他人の家に行って、逆上してきた人間に襲われた時、武器として刃物を調達しようしようとしたとする。カッターナイフと包丁、どっちが分かりやすい位置にある? カッターナイフは分かりやすければ机の上の文具入れだけど、机の引き出しの中とか、段ボールとかまとめる紐と一緒に棚の奥とかだ。本当にいろいろ考えられる。包丁なら台所一択だ。それにカッターナイフと包丁なら絶対に殺傷能力は包丁が勝る。
だから、大抵の人は包丁を選ぶはずだ。僕だってそう。けど、徹はカッターで刺されていた。
包丁よりもカッターナイフを使うとしたら、相手に隠したいときとかくらいだ。最初から殺意を持っている人間の手だ。そして、徹を油断させられる相手。
「私たちは、悪くないんだよ。悪いのはお父さんたちだよ」
彼女は、僕の目の前に来た。あぁ、人を殺したから、精神的に不安定になっていたんだ。そして、彼女が徹を殺さねばならなくなった原因は、きっと僕なのだ。
「このクソガキ、今まで誰が育ててきてやったと思って……!! 」
「黙れクズ」
木ノ内さんが、腕を振りかぶったので全力で止めた。
「やめ、止まって、木ノ内さん!! 」
「お前が、お前があああああ」
女のものとは思えないような力で暴れている。
「私を売ろうとしやがって!! ごみクズがああああああ」
半狂乱の彼女の叫び声が頭に響く。そうだ、聞いたことあるぞ。そうだ、そうだった
「お前のせいだああああ」
「さぁくらやしきくん、あはははっはは」
「死ぃんじゃぁえええええ」
そうだ、この不安定な叫び声を僕は知ってる。ああ、そうだ、思い出した。
僕のことを殴って、ドラッグを打ち込んだのは、彼女だ。
そうだ、僕と彼女は、恋人だったんだ。多分、彼女が首を絞められて気絶しなかったのは、無意識のうちに僕が手加減してしまったからだ。恋人だから。けど、今度こそ僕は彼女を恋人として守るために気絶させなきゃ。今度こそ、本当に、力を込めて、首を絞めた。
私の親は、小学校に上がる前に離婚した。
お母さんが新しく恋人を作ったことが原因らしかった。新しい恋人との暮らしに邪魔だった私は、父親のもとに置いて行かれた。そこから先は地獄だった。直接的な暴力はないけれど、毎日毎日怒鳴られて、物を壊されて、ご飯をくれなくて、外に放り出されたり、押し入れに閉じこめられたり。
「ささっと皿洗えよ、誰が養ってると思ってんだよ」
「あ、修学旅行? ガキが生意気言ってんじゃねぇよ」
父親は、それなりに母親が好きだったらしく見る見るうちに荒れていった。運悪く母親に似ていた私は、父親にとって憎悪の対象となった。それでも手放さなかったのは母親への未練からだろうか。他の子のように自由に使えるお金もなく、父親に逆らえないから遊ぶ時間も取れなかった。友達なんてできる訳がなかった。
小学生、中学生、ずっと楽しいことなんてなかった。体が大きくなっても父親には力で勝てる筈もなくて、毎日怯えていた。
「お前の娘、最近女らしくなってきたよなぁ」
「姪だろうがよぉ」
「いいじゃねぇか、禁断の関係ってやつだ。なぁ、お前もどうだぁ。あの糞女への復讐になるぞ」
「……確かに」
たまたま、本当にたまたまトイレに起きた時、叔父と父親の吐き気を催すような会話を聞いた。私の体に女性らしい丸みが十分についてきた、中学2年生の冬だった。それ以来、毎日叔父と父親に怯え続けた。高校生になるときの恐怖なんて言葉には表せない。
私は自分を守るために、家にお金を入れるためだと言って無理にバイト漬けの生活をするようになった。それだけが、自分の体を守る手段だった。
いつまでこんな生活がもつのか、もう諦めてしまおうかな、と思っていた時に桜屋敷君と同じ図書委員になった。
「顔色悪くない? チョコいる? 」
私のことを心配して、こっそり校則違反のお菓子を私に分けてくれたのが始まりだった。彼は私を気にかけてくれて、私はあっという間に彼のことを好きになってしまった。
「お父さんが、ひどいの」
彼なら、このことを打ち明けても大丈夫な気がした。彼なら、言いふらしたりしないって思った。
「ひどいな、それ」
彼が支離滅裂な私の話をしっかり聞いてくれた。嬉しかった。だから、
「桜屋敷君、私、傍にいてほしいよ」
こうして、私と彼が付き合うのに一月もかからなかった。それからの日々は素晴らしいものだった。父親にばれないように。連絡の仕方も工夫して、万が一、面談のときとかに教師に告げ口されないように同級生にも悟られないようにして交際するのは背徳感があって、「なんだかいけないことみたい」って盛り上がった。一人じゃない、そう思えるだけで頑張ろうと思えた。
そして、父親に対する意識も変わった。
コイツは小物だと思った。優しくて強い桜屋敷君とは違って、女の私を常日頃から脅さないと安心できない小心者のクズだと思った。いざとなっても、私から攻撃すればビビッて動けないんじゃないか、そう思って家では常にカッターナイフを携帯するようになった。
私にしては、少しだけ穏やかな日々が少し続いた。けど、長くは続かなかった。
「なぁ、今日おじさん来るからな」
嫌な予感がした。桜屋敷君の電話番号は知っている。ほんとにピンチになったらワン切りしてくれと言われている。
「きれいになったからな」
気色の悪い目線が私を這っていった時
ブスリ
そこからのきおくがあいまいになって、あぶないなっておもって、わたしはかったーないふでクズをさして、さして、なんか、たおれたはずのくずがしんぱいそうにむかってきたからいすでなぐって、ざまぁみろって、わたしとおんなじようにブスリとちゅーしゃして
「桜屋敷君? 」
「木ノ内さん起きた? 大丈夫? 」
「大丈夫、ちょっとやな夢を見た」
僕は全部思い出した。ワン切りされて木ノ内さんの家に行ったら、薬を打たれて徹をカッターナイフでめった刺しにした彼女がいた。僕はとても情けないことに彼女を傷つけるのを躊躇して、ラリって僕が分からなくなった彼女に殴り倒されドラッグを打たれたんだ。
「お父さんは? 」
木ノ内さんの精神が不安定なのは、ドラッグの後遺症だ。多分、僕よりも多量に摂取させられたから、長期間影響が出ているのだ。けどきっと、桜による治療でよくなるはずだ。それには材料がいる。
「大丈夫。もうじきいなくなるよ。全部思い出した、僕たち恋人だったよね。大丈夫、大丈夫だから」
僕はスコップを持って、穴を掘っていた。人が一人眠れるくらいの穴を。彼女が起きた頃に、丁度掘り終えたので、まだ意識がふわふわしている様子の彼女を埋める。彼女は抵抗しない。
「怖くないの」
「桜屋敷君だから」
彼女の顔には微笑みが浮かんでいた。僕は、その上に土をかけた。
「こ、これで、助けてくれるのか」
僕の家の桜には、不思議な力がある、ある程度の体があれば何でも直してくれる。その方法を具体的に言うと、直したい人を桜の根元に埋めて、その横に肥料に入れる。そうすれば、桜が自らを人間に接ぎ木してくれて、それが馴染めばきれいさっぱり治るのだ。しかも、桜の力を一部使えるようになるおまけがたまにつく。僕の場合だと、背中から桜の木の枝を出して自在に操れるようになった。回復したてでは上手く仕舞えなくなっちゃうのが玉に瑕だけど。父親は桜の花びらを使った肥料探しが得意になった。僕ら一族が桜守になる前は、それで罪人を探して、幻影で惑わして食べていたらしい。父親は花占いと呼んでいる。
「なぁ、充を、兄にとどめを刺したら、助けてくれるんだろ? 」
良い肥料になるのは罪のある人間や、誰かに強く恨まれている人間。その罪が重ければ重いほど、その恨みが強ければ強いほど強い効果を発揮する。
「なぁ、どこに行ってるんだ。なぁ」
僕は腕を伸ばして徹を拘束した。僕の一族の中で●は、クズだが桜の肥料になるほどではない。だから拘束して一時保留。〇は、人殺しに近い罪をすでに起こしているため餌にすべし。なんなら●の人間のストックがあれば、さらにそれを殺させて罪を重ねてより桜好みにしようって感じだ。
「ば、ばぁぁぁぁけものぉぉぉぉ!! 」
僕は、腕を伸ばして乱暴に桜の根元を掘り起こす。こいつには、木ノ内さんみたいに丁寧に穴を掘ってやんない。
「お願い申し上げます、木ノ内凛を直してください」
僕は人差し指を切って桜の木に血を塗りながらお願する。こうやって、桜守の家の人間ですよと示しながらお願いすれば、桜は願いを叶えてくれる。
「ぎゃあああああああああああ」
べきべきと音を立てながら、徹が食われていった。
「終わったか」
「分かってたでしょ」
夜、祖父母が帰ってきた。
「そりゃな、けどお前が蒔いた種だ。お前がなんとかしねえとな」
ごもっともだ。
「どうかしら、大丈夫そう? あの子」
「多分、けどダメだったとしても、僕手伝うから優先的に治してもらえない? 」
「あぁ、父さんたちがオージービーフ連れて帰ってくるから探偵業も再稼働だ」
「はぁい」
探偵業のいいところは、結構恨みを持ってコイツを探せって依頼が多いことだ。行方不明の依頼なら、悲しいことなんだけど殺人であることが多く、警察がまだ捕まえられていない肥料が見つかる。
ぼこっ
土が押し上げられる音がする。
「木ノ内さん!! 」
「桜屋敷君」
僕は彼女を抱きしめた。彼女も、僕を抱きしめ返してくれる。
「私、私、ごめん」
「いいんだよ、これからも一緒にいてくれれば」
僕が彼女のことを好きになったのは、単純に可愛かったのや、読書の趣味があったのや、ちょっとのんびりで抜けてる僕のことを優しく助けてくれるのもあるけど、やっぱ一番は度胸があるところだ。
「桜屋敷君の事傷つけるのなら、お父さんのこと、絶対に許せない」
そういった彼女の横顔は、僕の家で生きていくのに必要な強さを感じさせた。
「僕の方こそごめん、早く助けて上げられたらよかった」
きっと、彼女は治るだろう。もしかしたらもう治ってるかもしれない。どっちでもいい。どうせ何とかなる。僕がきちんと桜守りを全うすれば。
きっとこれが、ハッピーエンドだ。
ありがとうございました!!